新型コロナウイルスにともなう不安定な経済状況や人々の消費動向の変化、個人情報保護の規制強化、継続する国内市場の縮小を受けて、マーケターは戦略の再考を迫られている。本企画では、チーターデジタル ジャパンが荒波を航海するマーケターたちをナビゲートすべく、実践マーケターとの対談・Webセミナーなどを通じて、戦略シフトに役立つゼロパーティデータや顧客ロイヤルティといったアイデアを提示していく。
2:8の法則がより極端に
安成:新型コロナウイルスの感染拡大にともなう緊急事態宣言が発令され、刻々とビジネス環境や消費傾向が変化しています。MarkeZineでも新型コロナウイルス感染拡大がマーケティングに与える影響を調査しているのですが、多くの方が「売上が減少する影響が出ている」と答えるなど、厳しい状況に置かれていることが見え始めてきました。企業はこれまでの戦略や事業自体を見直す必要が出てくると思うのですが、加藤さんは日本のマーケティング業界にどんな影響が起こると予想されていますか?
加藤:様々なマーケターの方と日々話をしていますが、どの業界にも共通して言えるのが、新規顧客の獲得が難しくなり、「2:8の法則」がより極端になっているということです。“不要不急”のもの以外は手放されてしまうシビアな状況だからこそ、既存顧客、さらにはブランドへのロイヤルティの高いお客様が売上を支えてくれる傾向が一層強くなっています。
加藤:だからといって、残りの8割のお客様を無視しても良いのかというと、そんなことはありません。顧客の割合に関しては、スタジアムビジネスを例に挙げると状況を理解しやすいと思います。売上の8割を2割のお客様が占めているのですが、その方たちだけでは、スタジアムは満員になりませんよね。つまりブランドをサポートする総人数が足りません。そういう意味では、売上への影響は小さくとも、ブランド作りに寄与してくれている8割のお客様にも、しっかり付き合っていく必要があるのです。
先が見えない状況におけるマーケティングのスタートラインは、それぞれのお客様がどういうふうにブランドに貢献しているかを理解すること。「売上を徹底的に支えてくれるロイヤルカスタマー」と「ブランドを広めてくれる一般層」の把握も、その一つです。
ブランドを信じるファンの存在が資産になる
安成:こういう状況になってみて、自社のブランドが“なくてはならない”と感じてもらえているのかどうか、真剣に考えている企業は多いと思います。
加藤:そうですね。ブランドの理念をサポートしてくれるファンを持っていること、またそうした顧客がどのくらいいるかを把握しておくことが、生き残りの鍵になってくると思います。
ところが従来のRFM分析だけでは、その人たちがなぜブランドにロイヤルティを感じてくれているのか、継続して購入してくれるのかまでわからず、長期的な顧客育成が難しいことが課題となっていました。そこで購入意向や現在の関心事、日々の中で困っていることなど、消費者のみが保有し、企業に自発的に提供してくれる“ゼロパーティデータ”を知り、顧客の状況に耳を傾けることがブランドのあり方を強化する取り組みにつながると考えています。
安成:なるほど。消費者側も、自分がどのブランドを大切に思っているのか改めて考える機会となっているでしょうから、ロイヤルティを意識したコミュニケーションを展開するのに適切なタイミングと言えるかもしれませんね。そのためにも、まずユーザーが自分たちのブランドに対してどんなパーソナリティを求めているのか理解する必要があると思います。
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マーケティング=経営ゴトになっている企業は不況に強い
安成:不安定な市場環境で事業を成長させるには、経営者とマーケターが目線を合わせて戦略を策定することも重要だと思うのですが、どのようにお考えでしょうか。
加藤:営業や現場のマーケターは目前の数字を追いますが、経営者は会社をどう成長させるかのビジョンをもって数年先を見据えます。そのビジョンがないと、ロイヤル顧客を経営資源と捉えたマーケティングは短期的に刈り取る施策に傾いてしまいがちです。だからこそ、経営者がコミットしていく必要があるんです。
加藤:さらに言えば、マーケティングが経営ゴトになっている企業は、顧客との新しいつながり方を生み出しています。外出自粛の動きの中で、お店を開けなかったり、サービスを顧客へ直接提供できなかったりする状況にある企業にとって顧客とつながる方法は限られています。デジタルシフトは極端に進行するでしょうし、顧客との直接的な接点づくりを経営ゴトとして培ってきたかどうかが今の状況における分岐点でしょう。
海外を見てみると、顧客に直接やサービス商品を提供できない状況でも、つながりを強化して新たな可能性を見出している事例があります。スポーツクラブは最も難しい状況にあると思いますが、イギリスのプロサッカークラブであるアーセナルは、毎日平日にサッカーに関するクイズを出し、全問正解した人の特典としてクラブのTwitterアカウントからフォローしてあげる取り組みを開始しました。
加藤:クイズ回答時には氏名と生年月日のほか、ソーシャルアカウント情報を収集してフォロワーを増やしています。この情報を基に、グッズの販売や過去の試合の動画などを案内しているわけです。この難しい環境下で、ブランドとしてどのような価値を顧客へ提供しなければならないのか、考えさせられる例です。
安成:自分たちのブランド価値を理解し、エンゲージメントについて真剣に考えているからこそ考案された施策ですね。そして経営層のコミットメントがあるからこそ、このような施策を迅速に打ち出すことができるのでしょう。エンゲージメントを築く方法として、SNSをはじめとしたデジタル施策は、今後さらに重要性が増すようにも感じています。
加藤:また、当社では日本で800、グローバルで4,000超、あわせて4,921人の消費者に対し、購買に関するインサイトやプライバシーに関する視点、個人情報の扱い方、ロイヤルティ施策などに関する調査を行ったのですが、実はソーシャルメディア経由でのメンションやブランドからのフォローは、企業に求めるロイヤルティ特典として、非常に価値が高いと判明しました。特に日本において高く、20%の消費者が求めているつながり方でした。
安成:興味深い調査結果ですね。リアルでのつながりが難しいこの状況下だからこそ、今取り組むべき施策のヒントがつまっているように思います。
日本にはロイヤルティ戦略のホワイトスペースが存在する
安成:先ほど、ロイヤル顧客に着目したマーケティングは、現在のような不安定な環境にも強い戦略とのお話がありましたが、日本の企業においてはどのように展開されているのでしょうか。
加藤:先ほどお話した調査では、興味深い結果が出ていました。
まず「何に基づいて購入を決定するか」という問いについて、「リーズナブルな価格」と答えた日本人が24%だった一方、英国では74%、米国では41%でした。また「ブランドに責任を持ってもらいたいか」との質問に「はい」と回答した割合が日本では13%と低かったのに対し、米国17%やスペイン37%と高かったりと、各国における違いがよく見えました。
加藤:中でもショッキングだったのは、ロイヤルティに関する調査結果です。日本では企業へのロイヤルティが購入の決め手となる割合が低いと出ていました。私はその理由を、本当の意味でのロイヤルティプログラムが上手く機能していないから、顧客はそもそも期待していないのだと分析しています。
日本ではポイントやクーポンのようなその場限りの施策になっており、ブランドの価値観を伝えるホリスティック(社会を含めた価値観を考慮した企業活動)な体験はおろか、自分がブランドのために貢献できるようなプログラムはほとんどありません。この結果から、日本は、“顧客を真に理解したロイヤルティ戦略”におけるホワイトスペースがまだまだあると感じました。
安成:ポイントが貯まるプログラム自体は多くの企業で導入されていますが、より本質的な戦略にシフトしていかなければいけないということでしょうか。
加藤:はい。ロイヤルティ戦略を軽視しているというわけではなく、それを通じて価値を提供できているブランドがまだ少なく、ブランドとのつながりを重視する価値観も完全には浸透していないのかもしれません。しかし、だからこそ概念を新たにしたロイヤルティ戦略はホワイトスペースであり、いち早く対応した企業に利があるはずです。
調査ではその他にも、「なぜブランドのロイヤルティプログラムを利用しなくなったのか」といった質問もしたのですが、それに対し「対価が価値のないものだった」との回答が圧倒的で、他には「プログラムのリワードが不足」といった回答が挙げられました。また、購入の動機としては、「自分のライフスタイルに合った商品やサービスが欲しい」という回答が最も多い傾向が見られました。
このことから、ライフスタイルを押さえた上で、提供価値や価値交換の部分もお客様と関係の強いものにアップデートしていくことが大切で、パーソナライゼーションとロイヤルティ戦略は合わせて実行していく必要があることも見えてきました。
安成:これまでもパーソナライゼーションは大事だと認識されてきて、多くの企業が取り組んでいるものの、興味関心の近いコンテンツのレコメンドだったり、心理的嗜好やライフスタイルなどのゼロパーティデータを押さえ切れていませんでした。その差が出てきてしまっているように思います。
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ゼロパーティデータ活用のコミュニティを発足
安成:ロイヤル顧客向けの施策は新規獲得と比べて、取り組むための手段がわかりにくいというマーケターもいると思うのですが、チーターデジタルさんではどのようなソリューションを用意されているのでしょうか。
加藤:ゼロパーティデータとロイヤルティマーケティングの実用性を研究する目的で、マーケティングコミュニティ「0 to Loyal(ゼロ トゥ ロイヤル)」を発足させました。
本企画のタイトルである「マーケティング戦略の大転換」というテーマで、マーケティング責任者の方と定期的な研究会を開催しています。たとえばBtoC企業が実際にブランドの価値を整理し、ゼロパーティデータを収集していくための実践的なワークショップを行っています。
参加企業であるディノス・セシールさんは、ブランドの機能的価値や情緒的価値をお客様がどう捉えているのかを測ることから始めています。ブランドパーソナリティをピックアップするような100の質問や項目を作っていき、そこから見えてくる価値の中から、ブランドが目指す方向と合致するものを、ワークショップを通じて仮説を作っている段階です。
これにより、自分たちが提供している価値がしっかり伝わっているのかを知ることができます。どのような層のお客様でギャップが多く生まれているのかを把握したり、どこのベクトルを上げていくことがブランド強化につながるのかを判断したりすることが可能になるのです。
そうした設計を、私たちが提供するマーケティングプラットフォーム「Customer Engagement Suite」に実装することで、ロイヤルティプログラムを展開し、ビジョンを根底とした効率的なマーケティングを実現していくことができます。
安成:お客様のことを理解できているかと尋ねると、大抵の企業が「できている」と答えられますが、深掘りしてみると、そうは言いきれない部分もあると思います。強いブランドを作るために、改めて顧客理解ができているかを見直してみることが大切ですね。
安成:マーケティング業界は常に変化と隣り合わせですが、だからこそマーケティングには面白さがあると考えることもできます。こんな状況だからこそ、「マーケティング戦略の大転換」の方向性を探りながら、マーケターの皆さんの企画やアイデアで日本を元気にしていってほしいです。加藤さん、本日はありがとうございました。
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