社会環境など外的要因も含めて分析を行う
──現在のチャネルや訴求軸を整理する上でMMMが有効ということですね。MMMを導入・活用する際に気を付けるべきポイントがあれば教えてください。
まず、MMMによって導き出された結果によって、組織体制や取り組むアクションを大きく変える覚悟を持つことがとても大事です。MMMを行うということは、たとえばこれまで「テレビ7割、チラシ2割、デジタル1割」だったものが外部要因含めて分析し、本当にあるべき配分を探るわけです。そのため、場合によっては組織体制をドラスティックに変える必要も出てくるわけです。
絶対に上手くいかないのが、「担当している広告の効果を示したい、予算を増やしたい」がためにMMMを使うケースです。たとえば、デジタル部門の担当者が「デジタル広告の効果が高いことを可視化し、予算を増やすためにMMMをやりたい」と行ったところ、実際にはテレビが売上に与える影響度のほうが強く、MMMの結果は次の施策に反映されないといったことが起こります。
そのため、MMMは現場から会社のマーケティング全体を変えるんだという意識を持って進めるか、もしくはトップダウンで経営層が取り組むかのどちらかが求められます。
──出てきた結果を客観的に受け止め、組織や施策に反映できるかが重要ということですね。その他にはいかがでしょうか。
MMMの分析結果の精度を高めるために必要なのは、売上に関係しているすべての変数を洗い出すことですね。ここまでチャネルの話を中心にしてきましたが、MMMでは広告やPRなどの内的要因と、コロナ禍などの社会環境、その時々の流行などの外的要因に関するデータを集めてモデルを作っていきます。企業によっては、広告チャネルなどの要因だけでモデルを作ってしまい、間違った配分を導き出してしまうので、外的要因もきちんと洗い出し、外部のデータホルダーなどと連携しながら外的要因に関するデータを集めることが必要です。
加えて、内的要因に関しては、10種類くらいを上限目安にしたほうがいいです。それ以上にしてしまうと、分析の精度が下がってしまうので、10以上のチャネルで施策を展開している場合は、類似しているものをグルーピングして検証しましょう。
MMMを導入・活用する以前に理解しておくべきこと
──MMMを行うに当たって、マーケターが最低限学んでおくべき統計などの知識はどのようなものがあるでしょうか?
回帰分析を用いたMMMに必要な知識は、拙書『Excelでできるデータドリブン・マーケティング』(小川貴史、マイナビ出版)に詳しく記載されています。
コラムで紹介する「Robyn」は回帰分析の「多重共線性」というエラーを回避する「リッジ回帰」という高度な手法が用いられていますが、基本は回帰分析です。
私は元々数学も統計も素人でした。「統計検定」などに対応する網羅的な勉強をしたことはありません。まずは分析をやってみて、その上で不明点が出てきて「時系列データ解析」と「因果推論」をテーマにした専門書を読み漁りました。
気軽に教えを乞うことができる知人も当時はいなかったので、書籍出版に至るまで1,000時間以上、分析と勉強に費やしてしまいました。拙書のようなMMMの教科書があればそんな時間は使わなくて済んだと思います。
そして、勉強に加えて大事なのがとにかく経験を積むことです。まずは身近なデータを触りましょう。ExcelでもRobynでも良いので、ご自身のデータを分析ツールに入力して回帰分析を実行することをまずおすすめします。
几帳面に「まずはMMMに必要な統計知識を体系立てて網羅的に学ぼう」とすると、そのプロセスで多くの方が挫折します。そうなる前に、自ら興味のあるデータを分析して、結果に対する疑問から逆引きして勉強するのが良いと私は考えています。
また、RやPyhton言語でデータ分析ができても、「因果推論」の知識を知らないため、MMMで明らかに間違えた解釈をしている方がいらっしゃいます。因果推論は学んでおいたほうが良いです。おすすめ書籍は『原因と結果の経済学』(中室牧子、津川友介、ダイヤモンド社)、『岩波データサイエンスVol.3』(岩波データサイエンス刊行委員会、岩波書店)、『効果検証入門』(安井翔太、技術評論社)です。
社内の人間が意志を持って進める
──MMMの結果を受けてアクションを変更するときに気を付けるべきことはあるでしょうか?
時系列データ解析で行うMMMは、需要予測と共通する部分があります。未来を予測することが目的の場合は、未来の値を予測することが難しい変数をモデルに使わない。一方で、効果検証を目的とする場合は、未来の値の予測は難しいが、売上などに影響する過去データの変数をモデルに使うなど、分析のデザインが変わります。
私は効果検証の専門家ですが、需要予測のほうが難しいです。一般的に需要予測は、売上予測などの未来の予測に対し、誤差20%程度に収まれば御の字だと言われています。MMMを活用すれば、売上に影響する大事な変数が使えるのでより精度を上げることができます。
──MMMは、社内でツールを使って行うパターンと、外部の支援企業に支援してもらうパターンとあると思いますが、それぞれで気を付けるべきポイントはありますか。
私はできれば、ある程度リテラシーのある人間が社内でツールを使って行うのが良いと思います。また、その分析を行う人にきちんと権限を付与して、得られた結果をもとに次のアクションの意思決定までできるようにすると上手く軌道に乗りやすいと思います。
もちろん、分析のプロがいる支援会社に頼むのも間違いではありませんが、会社によって支援のスタンスも違うので、自社の目的や課題意識に関して腹を割って話せるパートナーを選ぶことが重要です。