顧客コミュニケーションだけでなく、社員へのCX啓発も担う
MarkeZine編集部(以下、MZ):損害サポートCRMチーム(以下、CRMチーム)の概要や役割について教えてください。
野崎:私たちは主に3つのターゲットに向けて施策を展開しています。
1つ目は、「既存の契約者様」です。マーケティングオートメーション(MA)やSNSなどのデジタルに限らず、DMやチラシなどを通じて、お客さまのロイヤルティを醸成し、ご契約の継続につなげていくことがミッションです。
2つ目は、「事故に遭われた方」です。これらのお客さまに対して的確なコミュニケーションを実施するために、損害サポートのお支払いセンターにおける応対品質の向上を目指したプランニングを進めています。
3つ目は、「約1万2千人の社員」です。社員に対してCXや顧客視点という考え方を啓発し、浸透させる活動を行っています。また、マーケティングやCXに関心のあるメンバーに対しては、業務改善の具体的な方法を解説するタスクフォースをリードしています。

MZ:現在のチーム体制はどのようになっているのでしょうか。
野崎:ビジネスデザイン部という「お客さま本位」を根底に据えながらビジネスモデルを変革する部署の配下で、12名のチームでCRMの活動を進めています。当社の営業部門や保険金支払部門などで経験を積んできたメンバーや、他社でのマーケティング業務経験のあるメンバーが、それぞれの強みを活かして顧客ロイヤルティの最大化をねらう組織です。
直接的なコミュニケーションが求められていた
MZ:CRMチーム立ち上げのきっかけとなった背景や課題について教えてください。
野崎:これまでは、マーケティング活動に明確な戦略が存在していませんでした。MAについても、一斉配信のメールを送っているだけで、目的や「何をもって成功とするか」という指標が設計されていない状態でした。
当社の契約者様は数百万人にのぼります。そのため、新規獲得の広告だけでなく、その方々にいかに継続していただくかが、損害保険のビジネスモデルにおいて非常に重要だと考え、継続率を注視するようになりました。
一般的に、損害保険の継続率は高いと言われていますが、実際には初年度の継続率が落ち込む傾向にありました。そこで、初年度で継続率を上げればビジネスに貢献できるのではないかと考え、施策の検討を始めました。
MZ:顧客とのコミュニケーションについては、保険業界特有の構造的な課題もあったのではないでしょうか。
大塚:まず市場として、人口が減少し車を持つ人も減っている中で、損害保険の需要は飽和状態と言えます。また、デジタルチャネルの発達によってダイレクト型で簡単に手続きができるようになり、廉価なダイレクト型契約に流れていく傾向が強まっています。
野崎:加えて、保険業界は代理店経由でのご契約が多いビジネスモデルであるため、エンドユーザーとなるお客さまへの直接のコミュニケーションをする際に、都度代理店の意向を確認していました。そのため、当社からの情報をお客さまが求めても、それを提供できないことが散見されました。
「お客さま本位」を実現するためには、お客さまにとって適切で、かつ代理店にとっても有効な情報をお届けすることが重要と考え、社内関係者や代理店との議論を重ね直接コミュニケーションを取ることとしました。
大塚:もちろん、代理店があることでお客さまが相談して決められるメリットも当然存在します。そのため当社としては、代理店に相談して契約する方がどのような情報を求めているのかを考えながらコミュニケーションを取ることで、一度ご加入いただいた方に継続いただけるよう努めています。
ロイヤルティ戦略は「プロアクティブ」「エフォートレス」を意識
MZ:顧客基点のコミュニケーションを実現するために、どのような環境や体制づくりに取り組まれたのでしょうか。
大塚:まず、カスタマージャーニーを描き、お客さまへのアンケートや代理店のヒアリング調査結果を基に、お客さまがどのタイミングでどのような情報を求めているのかを分析しました。
そもそも損害保険は事故がない限り、ほとんど意識する機会がない商品です。しかし、大きな事故のニュースや台風など、損害保険に関連する事故や災害の情報は日常的に得ているはずです。このようにお客さまが損害保険を想起しやすくなるタイミングや、その時に知りたくなる情報を把握することで、行動を後押しする施策を検討しました。具体的には、時期に応じた注意喚起や、お役立ち情報の発信につなげています。

野崎:組織立ち上げ時は2名体制で始動したため、分析やプランニング、施策の伴走支援、そしてクリエイティブ制作を電通デジタル社にサポートしていただきました。特にクリエイティブ制作については、保険や金融によくある「文字だらけのクリエイティブ」になりがちな点を、より見やすく読みやすいものにするため、ブラッシュアップに向けた議論や伴走支援をしていただきました。
MZ:ロイヤルティ向上という観点では、どのような戦略を立てられたのでしょうか。
野崎:心理ロイヤルティと行動ロイヤルティの2種類に分けて考えています。たとえば、賃貸マンションにお住まいの方で、ご自身の火災保険がどの会社のものかをあまり気にされていない方も多いと思います。行動としては契約が続いているが加入先に思い入れはない、つまり行動ロイヤルティは高くとも心理ロイヤルティが低い場合はリプレイスされやすい状態です。このようなお客さまにアプローチすることで当社への好感・信頼を高め、納得して契約を継続いただく方を増やしていきたいと考えています。
そのために私たちは「プロアクティブ」と「エフォートレス」というキーワードを意識しています。プロアクティブは先回りしてお客さまのお悩みや不安を解消すること、エフォートレスは損害保険の帳票や紙物なども含め、わかりにくくストレスがかかるものを、わかりやすく簡単で便利なものへと変えることです。
自分ごと化を実現する基本姿勢とコンテンツシナリオ
MZ:実際に取り組まれているコミュニケーション施策について、具体的にお聞かせください。
大塚:生活者が企業から受け取るメールは、キャンペーンや新商品の案内が多いと思います。しかし損害保険は小さな買い物ではありませんし、事故に遭って初めて「入っておいてよかった」と思われる傾向が高い特殊な商品です。唐突に他の保険や特約を勧められてもほとんどのお客さまにとってはノイズになると考え、まずは保険の基本知識やご契約の補償内容をお伝えするなど、心理ロイヤルティを高めるメールを心がけています。心理ロイヤルティが高まって初めて、別の補償にも関心が向くという考え方です。
MZ:コンテンツ作成において、どのようなシナリオを設計されているのでしょうか。
大塚:シナリオは大きく3種類あります。1つ目は始期日(契約日)シナリオで、契約日を起点に、そこから〇日目・〇ヵ月目といったタイミングで送る情報を定めて設計しています。契約当初は保険に対する不安が大きい時期のため、サポート機能や体制などをお伝えし「これから、安心の補償をお届けします」といった案内を送っています。
一人ひとりに寄り添う設計で開封率1.2倍、クリック率は3.1倍に向上
大塚:2つ目はカレンダーシナリオです。外出が増えるゴールデンウィーク前にロードサービスの電話番号登録を促す案内を送る、雪が降りそうな時に注意喚起のメッセージを配信するなど、季節性のあるシナリオです。
3つ目はユーザーベースシナリオです。〇歳以上の人だけを抽出して配信したり、車を買い替えるタイミングで手続きのご案内を送ったりと、登録情報をもとにセグメントを設定して配信するものです。その他にも、地域ごとに異なる情報を提供するなど、お客さまが自分ごと化できるコンテンツを意識しています。

※クリックして拡大
MZ:お取り組みを通して実現した成果について教えてください。
大塚:メールでは、短期指標としては開封率、クリック率、配信停止率、長期指標としては継続率をチェックしています。シナリオを設計して配信を開始した2023年11月との比較で、開封率は1.2倍になりました。お客さまへの送信範囲を広げたうえでの数値であり、大きな成果だと考えています。クリック率は3.1倍になりました。継続率にもポジティブな影響を及ぼしています。電通デジタル社とともにコンテンツを制作し、クリックしやすい導線(ボタンなど)にするなど見せ方も工夫した結果です。
また、メールの末尾に5段階で「内容は気に入りましたか?」というアンケートを設けており、その回答率も3.8倍となり、評価の平均も1ポイント向上しました。
MZ:定性的な成果はいかがでしょうか。
大塚:アンケートにフリーコメント欄を設けており、「有益でわかりやすい内容だった」「保険内容の確認につながって、すごく助かった」「忘れがちな保険の内容を連休前にお知らせしてくれ、すごく細かい対応で嬉しかった」という声をいただいています。特に印象的だったのが「単なる商品の宣伝ではない情報になっているので大歓迎です」というコメントです。
野崎:代理店からも歓迎の声をいただいています。年齢条件によって保険料が安くなるケースなど、個別にお伝えしきれていない部分について、デジタルを通せば該当する方だけを抽出してご案内できるため、「従来届けにくかった層に届けてくれて助かった」との声をいただきました。

AIとCDPの活用で次世代のCRMを目指す
MZ:お取り組みを通して、成果につなげるために意識されていることや、印象的だった気づきはありますか。
野崎:CXの考え方が社内に徐々に浸透してきているのを感じます。事故に遭われた方への対応を担う、全国のお支払いセンターの社員にも浸透してきています。以前は、自らをコストセンターと捉える方も多かったようです。しかし、保険の価値は事故に遭った際の対応の品質が大きく関わり、会社の業績向上につながります。それを伝えると、「自分たちの仕事の意義がわかった」と受け止め、私たちの施策に前向きに取り組んでもらえるようになりました。
MZ:最後に、今後の展望をお聞かせください。
大塚:従来のシナリオやコンテンツでも一定の成果が出ていますが、A/Bテストなどによる見直しを継続的に行い、引き続きPDCAを回して成果創出につなげていきたいと考えています。また、企画からリリースまで、より効率的に制作できるようにしていきたいです。
野崎:よりお客さまの心情に即したコミュニケーションを通じた、心理ロイヤルティ・行動ロイヤルティの向上を目指しています。具体的には、CDPをさらに活用してお客さまの現在の状況や行動の背景をより高い解像度で捉え、パーソナライズされたメッセージを送りたいと考えています。AI活用と組み合わせながら、より効率的かつ深くお客さまに寄り添うコミュニケーションを実現し、当社への好感・信頼を妥協することなく高めていきたいです。