エレベーターが教える「信頼構築」の難しさ
「ChatGPTが1億人のユーザーを獲得するのに要した時間は、たった5日間でした」
レイ・イナモト氏は、スクリーンに映し出したグラフを指しながら語った。Netflixが約10年、TwitterやFacebookが約5年、Instagramでさえ約3年を要したのに対し、ChatGPTの普及スピードは文字通り「直線的」だった。

Creativity誌の「世界で最も影響力のある50人」やForbes誌の「世界の広告業界で最もクリエイティブな25人」に選出され、ニューヨークを拠点に世界で活躍しているクリエイティブ・ディレクター。2016年にビジネスの新開発やブランディングまでを手掛けるグローバル・イノベーション・ファームとして「I&CO(アイ・アンド・コー)」を設立。同社は、ユニクロやアシックスなどのブランドを支援してきた実績を持つ
次に、イナモト氏は聴衆に問いかけた。
「エレベーターは高層階へ私たちを運んでくれる、魔法のような技術です。しかし、この素晴らしい技術が一般に受け入れられるまでには、どれくらいの時間がかかったでしょうか」(イナモト氏)
せっかくなので、クイズ形式で考えてみてほしい。
エレベーターが一般的に受け入れられるまでの期間は?
- 5ヵ月以内
- 25年以内
- 50年以上
この答えは「50年以上」だ。なぜ、これほどまでの年数を要したのか。それは、技術的な完成度と社会的な信頼獲得はまったく別の課題だからだ。
“魔法”のような技術に求められた「安心の可視化」
エレベーターは、1853年に安全装置が発明された。1854年のニューヨークでは、発明家のエリシャ・オーティスが、エレベーターに乗った状態でロープを切断しても落下しないことを証明するデモンストレーションを行い、安全性を示していた。それから30年経った1880年代に、人間が操作するエレベーターが広まり始めた。
「やはり、人間が操作しない無人のエレベーターは信頼できない。技術的には安全であったものの、この信頼性の問題から利用されなかったのです」(イナモト氏)
そういった背景から、1900年までに完全無人のエレベーターは利用可能になっていたが普及しなかったと、イナモト氏は説明を続ける。
転機が訪れたのは、1940年代に起きたエレベーター操作員たちのストライキだった。人々は、エレベーターがないと不便だと実感したのだ。それに加えて、信頼を象徴する『緊急ボタン』と『緊急電話』の機能が追加された。つまり、「外と会話ができる」「安全を確保できる」といった安心感が可視化されたことでようやく信頼が得られ、エレベーターが世の中に普及したのだ。
このことから、エレベーターのような明確な価値があっても、信頼を得るのはいかに難しいかがうかがえる。また、安全性を開示するストーリーをわかりやすく伝えたとしても、ブランドの価値につながる信頼は得られなかったのだ。