全体最適を実現するために重要な概念「統合マーケティング・マネジメント」
製品・サービスごとにマーケティング担当者が割り当てられている組織では、次第に属人的な業務が増えていってしまう。すると、製品・サービス単位、キャンペーン単位での個別最適化は推進されるが、個別最適化が行き過ぎた結果、全体最適が損なわれてしまうリスクがある。
典型的なのは、メールマーケティング。メールを送るコストはほぼ無料であるため、製品・サービス単位やキャンペーン単位での最適化を図ろうとすると、会員宛に送信するメール数が際限なく増えていってしまう。だが、メール通数が増え過ぎると、会員から「この会社から届くメールは価値がない」と見なされてしまい、その会社に対するロイヤリティが著しく損なわれてしまうかもしれない。
そのような個別最適ではなく、全体最適でマーケティング活動を組み立てていくためには、統合的にマーケティングをマネジメントする仕組みが必要――。ビジネス・アナリティクスのリーディング・カンパニーであるSASはそう考え、「統合マーケティング・マネジメント」の必要性を提唱している。
マーケティング部門が抱える難易度の高い課題を解決
マーケティング部門に対しては、
- 一貫したメッセージを打ち出して、ブランド力を強化する
- 伝統的な手法と最新のデジタルマーケティングを駆使して、ブランドロイヤリティを確保する
- 顧客理解を進め、最適なセグメンテーションを行い、質の高い顧客体験を提供する
- 顧客の声を傾聴して、製品・サービスにフィードバックする
- パフォーマンスの可視化・分析を進め、説明責任を果たし、投資対効果(ROI)を継続的に改善する
といった難易度の高い課題が課せられるようになってきているとSASは分析している。
こうした課題を乗り越えていくためには、プランニングから、予算、リソース、スケジュール、コンテンツ、さらにはワークフローなども統合的に管理する仕組みを導入する必要があるという。
「『統合マーケティング・マネジメント』という概念の下、いきなり『今までやってこなかったことをやりましょう』という話ではありません。今までも顧客データを使って、顧客に合った文脈でマーケティングすることは意識してきたはずです。それがだんだんと難しくなったというのが正直なところで、マス広告だけでよかったのにチャネルが増えてきて、メール、Web、ソーシャルメディアなども駆使しないといけなくなってきました。
ソーシャルメディアが浸透してきた現在、整合性の取れたアクションを実行していかないと、顧客に不快な体験をさせてしまい、悪い評判が口コミで伝播してしまいます。今まで以上に気を使わないといけなくなってきているのです。
ところが、マーケティングを担う組織は、メディアごと、あるいは製品・サービスごとに分かれていて、同じ思いを共有していても行動レベルではずれが生じてきています。1人の顧客に対して全体最適を図ることが難しくなっているのです。ですから、マネジメントの仕組みだけでも統合して、個々の取り組みがずれないようにコントロールしていくことが必要になってきているわけです」(SAS Institute Japan株式会社 ビジネス開発本部 CIグループ部長 高橋昌樹氏。以下、同)
CMOの役割をITによって実現する
昨今、マーケティング関連の言説の中には、「日本企業には、トップダウンでマーケティング活動を最適化する最高マーケティング責任者(CMO)が必要だ」と主張するものが出てきている。
CMOの役割の1つは、製品・サービスといった事業、さらにはマーケティングやIT、カスタマーサポートといった部門に横串を刺し、ビジネスゴールを達成するため、マーケティング視点から効率的な組織運営を行うこと。
「統合マーケティング・マネジメント」とは言うなれば、まさにそのCMOの役割に該当する。マーケティング関連の業務を見える化して、部門間で共有できるようにすることで、無駄を省く目的もあると高橋氏は説明している。
「現状、組織がチーム単位で分かれてしまっていて、どこで何をやっているか、はっきり分かりません。それを見えるようにするだけでも、協力する機会が生まれ、無駄な部分を人間が最適化できるようになるはずです」
例えば、自社で開催するイベント告知のために広告クリエイティブを制作するとする。会社として打ち出したいブランドイメージが一本化されているのなら、そのポリシーに従って、一貫性を持たせながらクリエイティブをデザインしていきたい。
そうなると、過去に別の事業部がイベント告知用に制作したデザインのデータを参考にしたいところだが、そうしたクリエイティブのデータを他事業部でも簡単に閲覧できるような仕組みができているだろうか。ひょっとすると、元データは社内にはなく、外注先から取り寄せないと入手できなくなっているかもしれない。
あるいは、「これからはソーシャルメディアが重要だから、もっとソーシャルメディア関連の施策に注力するように」という方針がトップダウンで通達されたとする。しかし、現場のマーケティング担当者としては、手持ちの既存業務で手一杯。権限を持つ幹部社員が既存業務の交通整理をしてやらないと、新しい取り組みに着手するのは難しく、いつまでもリソースのシフトは進まないだろう。
そうしたマーケティング活動における非生産的な部分を、CMOの属人的な能力に頼らず、ITによって浮き彫りにして解決していく。SASの唱える「統合マーケティング・マネジメント」は、そのための仕組みでもあるのだ。
長期的なブランドロイヤリティの向上を生み出す
700万人ほどの顧客に対して年間1,000本のキャンペーンを実施していたある通信事業者は、個別最適ではなく全体最適でキャンペーンの最適化を図ったところ、利益が約2倍になり、ROIで見ても200%近く改善できた。
また1,100万人ほどの顧客を抱えるある金融機関は、顧客当たり年間6回しかコンタクトしないというポリシーを徹底。その制約下でキャンペーンの全体最適を進めた結果、利益増加・ROI改善という成果につながった事例が出てきている(参考記事)。
こうした事例は分かりやすいが、「統合マーケティング・マネジメント」導入によって得られた直接的な成果ではない。その概念の中に含まれるキャンペーンの全体最適化を実施することによって初めて生み出された成果だ。
「統合マーケティング・マネジメント」が生み出す本質的な価値は、顧客が本当に必要とする情報を提供することによって顧客との信頼関係を築き、ブランドに対するロイヤリティを長期的に向上できることだと高橋氏は語っている。
現場の強い日本企業にこそ必要な概念
欧米ではCMOというポストが一般的なものになっているが、日本ではまだCMOという職が広まっていない。従って、マーケティング活動をトップダウンで戦略的に推進できている日本企業は少なく、ほとんどの企業が現場主導。だからこそ、「統合マーケティング・マネジメント」の概念を広める必要があると高橋氏は訴えている。
「日本企業は戦略に沿って資源配分することが苦手です。モノありきで、製品に紐付いて組織があります。ですから、『こうあるべきだから、この商品をもっと強くするべき』と思い切った舵取りをするところが弱い。現状を肯定するところから入って、そこから徐々に改善するところでは強いのですが、日本企業にはゴールを指し示すことができる人はあまりいません。『統合マーケティング・マネジメント』という概念を受け入れてくれる企業が日本にどれくらいあるのか、正直、われわれも不安に感じているところです。ですが、現場の強い日本企業なら、こういう考え方を少しでも取り入れてくれれば、もう一段レベルアップできるのではないかと期待しているのです。
戦略なしで現場が必死に考え、『この方が良いだろう』という判断が集合して企業活動になっているようでは、限度があります。ですから、経営層が思い切った戦略を指し示していけるようにするためにも、SASとして『統合マーケティング・マネジメント』を実現するためのプラットフォーム『SAS Marketing Operations Management』の提供を始めました。日本企業の手助けをしたいと個人的にも考えています。そうすることで、日本企業の競争力アップにつなげていきたいのです」