放置されていた伸び代にAIブームが光を当てた
――『EC市場とテクノロジー活用最新動向調査2015-2016』を発売したのは2016年6月で、山崎さんには「業界関係者ヒアリング編」でご協力いただきました。今回もベンダーの立場でお話をうかがえればと思います。
本資料でのヒアリングは2月に行いましたが、お話しいただいたAIや機械学習といったキーワードにはまだまだ新鮮さがありますね。
山崎:ただ、AIブームはそろそろ終わってもいいのかなと思っています。
――それはEC業界全体がブームに乗っかって浮ついてしまっているからでしょうか。
山崎:そうですね。なにせ、まだAIの取り組み自体がニュースになっています。AIを導入したことによる成果がニュースにならないと、なかなか定着していきません。
現状は新しい技術で新しいビジネス領域が見出されたというより、むしろ少し回帰している雰囲気さえあります。例えば、機械学習を用いたレコメンドエンジンは昔からあります。にもかかわらず、AIブームによってレコメンドエンジンに改めて注目が集まりました。ベンダーとしてはレコメンドエンジンで儲かるのではないか、というわけです。
ですが、実はそれほど儲かりません。大手企業でも売上は少なく、市場はさほど大きくありません。弊社も主力は検索エンジンです。昔からレコメンドエンジンを提供している企業は儲からないと知っているんですよ。
――本資料の「業界関係者ヒアリング編」では主に山崎さんと、ZenClerk(Emotion Intelligence)の音田さんと安川さんがAIの話をされていました。また、Oisix(オイシックス)の西井さんが来訪者の好きな野菜が自動的にカートに入っているようにしたい、ハンズネット(東急ハンズ)の長谷川さんがチャットボットをとても楽しみにしている、とおっしゃっていました。
本資料発売当初はAIブーム真っ盛りで、まだ具体的に施策や手法としてどういう利用ができるかは各社模索中という感じでした。そこでレコメンドエンジンに注目が集まったのかもしれません。
山崎:昨今のAIブームでは、実はディープラーニング以外に画期的な発展をした技術はそれほどありません。ですから、機械学習やレコメンドエンジンは今さら盛り上がることでもないと思います。逆に、騒いでいる方々はこれまで何をしていたのかと問われないといけません。
特に最近EC業界で取り上げられるような、レコメンドエンジンなどデジタルマーケティングに関係する技術は昔からあるものばかりです。要は、技術はあるにも関わらず今まで取り組んでいなかった、というのが本当のところではないでしょうか。このブームに乗じて取り組み始めたと発表すれば、これまでサボっていたことをうやむやにできるのでちょうどよかったのかもしれません。ベンダー側としては今は成果を問われなくても受注できるので、あまりよくない状況になっている気がします。
ですので、本資料も次回は「AIによる成果」が中心に取り上げられるといいと思います。EC業界はそういう状況になってからが勝負ですね。
――ECはアナログでやっている企業もまだ多いです。そういう意味では、最新のテクノロジーを使おうと意識するきっかけがAIブームだったのかもしれません。
山崎:AIブームを根拠にするのは少し危ういですが、EC事業者がテクノロジーを使いたいと考えること自体は大歓迎です。これまで放置されていた領域が成長していくわけですから。
――やっているだけで注目されている段階から、やらなくてはいけない、さらに成果を出さなくてはいけない段階になっていくということですね。
客観的で信頼できるデータとして資料を利用
――本資料での山崎さんのお話は大変面白かったので購入いただいた方は参考になるかと思いますが、山崎さんや御社では本資料をどのように使われているのでしょうか。
山崎:中期計画を立てていくにあたり、弊社がどのように成長していくのかを数字で示さなければなりません。そのとき、弊社だけの数字を見せても説得力がありませんし、市場全体の数字を示そうにも信頼されるデータでないと意味がありません。
自社でそうした客観的なデータをまとめようとしていたのですが、やはり社会的信用のある第三者が集めたデータのほうが信頼感があります。そのとき本資料が発売されたので、まさに渡りに船だったんです。
もっとドリルダウンした情報があればさらにありがたかったんですが、本資料でも充分で、直近のEC市場の動向を知る資料としてはとても役に立ちます。4社ほど総研の資料にも当たってみましたが、まだそこまでデータがないんですね。やはりまだEC市場の規模が小さいので、全体の中のごく一部で触れられているだけのことがほとんどです。
ですから、EC市場を全面的に取り上げた本資料はとても貴重ですし、費用対効果は非常に高いと思います。
――おっしゃったように市場規模が大きくないので、そこで最先端のテクノロジーを取り上げると理解していただける方がまだ多くないかもしれないと感じていました。ですから、山崎さんのように購入いただいた方のお役に立つと嬉しいですね。
山崎:次回以降に期待するのは、EC市場規模と消費者規模、EC事業者規模、ベンダー規模のデータを別々にまとめてほしいということですね。EC市場全体のうち消費者規模はいくらなのか、EC事業者の流通額はいくらなのか、我々のようなベンダーの市場規模はいくらなのか、といったデータです。今はこれらの情報がないので、まとめていただけると弊社としてはありがたいです。
もちろん数字を公開してくれている企業もあるので、つぶさに見れば把握できるんですが、俯瞰で統計として提示してもらえるとほかに類を見ない資料になると思いますね。
EC業界はブームが落ち着いてからが面白い
――山崎さんのお考えや御社の商品もぜひ次回制作時の参考にさせていただきたいのですが、今は何に注力されているのでしょうか。
山崎:商材としてはこれまでと変わらず、検索エンジンをメインとしたECサイトマーケティングソリューションのZERO ZONEです。追随されづらい領域ですが、AIブームもあってあまり受けがいいわけではないのが悩みです。どうしてもウェブ接客やチャットボットに目が向いていますからね。
今さら検索かと思われることもありますが、きちんと説明すれば納得していただけますから、機会を作っていくのが重要だと考えています。
――最終的にEC事業者が確かな技術に投資していかないと、今までEC業界にサービスを投じてきたベンダーがいなくなってしまう可能性もありますよね。とはいえ、本資料でもアンケートを行いましたが、ツールを導入されていない方はまだまだいますし、AIが気になっていても特に何かするつもりがない方もいます。さらにはEC担当者として課題があっても、それが社内上層部に理解されないと悩んでいる方もいます。
山崎:マーケティング費用とシステム費用が異なる扱いをされているのが大きいかなと思います。マーケティング費用は大きいのに、検索エンジンのようなシステムは少しでも安いほうがいいと考えている企業もありますよね。
検索エンジンはシステムではありながらマーケティングツールなんですよ。ですが、なかなかマーケティング費用のほうに入れてもらえないのが現実です。そのため、システム側のツールよりも、AIのような流行りモノのマーケティングツールに取り組んでしまうのかもしれません。
優れた検索エンジンを導入しても効果が出にくいと思われていることもあります。しかし、ZERO ZONEが導入されているECサイトの総流通額は確認できているだけで約3600億円、2014年のYahoo!ショッピングと同規模です。また、検索クエリは200億ほどあります。事実としてこれほどの数字がありますから、広告やマーケティングの費用で導入していただいてもいいのではと考えています。
――ECサイト側がテクノロジーを導入して何がしたいのかというと、新規顧客獲得とCRMが大半です。要するにコンバージョン数を高めたいということですが、多少サイト内の利便性を犠牲にしてでも、コンバージョンに直接寄与できるツールにお金を出したいのかもしれません。
山崎:そうしたツールを提供しているベンダーは営業が強いですよね。受注しやすいですし、そのために利益が生まれ、人員も増やすことができますから。ただ、行き詰まると一気に崩れていく危険性もあります。かつてSEOで一旗揚げた企業は軒並み行き詰まっていますが、今SEOの売上で営業職を何百人も雇用維持するのは現実的ではありません。
もちろんそれはEC事業者には関係ありませんが、ベンダー側の営業力で流行りモノを採用しがちという傾向はあるのではないでしょうか。
例えば離脱防止のクーポンは効果が高いことで知られていますが、これは誰でもできます。特別なテクノロジーは必要ありませんから新規参入しやすく、ベンダー間の競争はテクノロジーではなく営業力で行われてしまうんです。
本資料でメインテーマとなっているAIにしても、今ブームに乗っているだけの企業はブームが落ち着いた頃、つまり誰もが当たり前に実装するようになったときに苦労するでしょうね。
弊社が検索にこだわっているのは、まだまだ日本のECサイトは検索の質を高めることできると考えているからですし、他社と差別化しやすいからでもあります。新規参入で検索エンジンを開発しようとしても、いきなり商品として通用するレベルのものを作ることはできません。ブームに左右されず、地道にパフォーマンスを上げていくのが大事ですね。
ただ、AIにしても何にしても、ブームが落ち着いてからのほうがEC業界は面白くなると思います。ベンダーはテクノロジーで勝負しなければならなくなりますからね。生き残っていくベンダーも、商材のパフォーマンスを向上させていける企業に絞られていくでしょう。
――ありがとうございます。山崎さんの鋭い着眼点は『EC市場とテクノロジー活用最新動向調査2015-2016』の「業界関係者ヒアリング編」にも表れていますが、今お話しいただいたことを踏まえて読んでみると、より理解が深まるのではないでしょうか。