データサイエンティストに分析を丸投げしてはいけない
――2017年5月に、ネット広告運用のトレーディングデスク専業会社のエスワンオーインタラクティブは、分析型マーケティングソリューション事業を展開するGRueと戦略的提携を結ぶことを発表し大きな話題となりました(関連ニュースはこちら)。まずは楽天で活躍されていた上野さんが2016年9月にGRue設立に至った経緯について教えてください。
上野:楽天では、楽天市場のマーケティング部に所属し、デジタルマーケティング予算の策定・運用を担っていました。ご存知の通り、楽天は日本最大級のデータを保有しております。そのような環境であるため、楽天はデータを活用したマーケティング活動が根付いた組織文化でした。
私自身もその環境で経験させてもらったことで、データの重要性について学び、大いに鍛えられました。とはいえ、楽天のように当たり前のようにデータを活用できる環境は稀です。まだまだ日本企業でデータを活用できる環境が整っていないことも事実です。そのような中、私が楽天で得た知見を活かしてより多くの企業の支援をしたいと思うに至り、GRueを立ち上げました。
高瀬:上野さんから見て、マーケターがデータドリブンなマーケティング活動(プロモーション含む)を実現するために果たすべき役割とはどういうものですか。
上野:まず大切なのは、データサイエンティストが分析するための「課題」づくりですね。勘違いされがちなのですが、分析をデータサイエンティストに丸投げすれば、自然と課題や解決策がデータから見えてくるということはありえません。「売上を増やしたい」「コストを下げたい」といった課題があって初めて、何を分析し、どうデータを集めるかが決まるのです。
高瀬:確かに、優秀なアナリストはアカデミックな分析能力は高いのですが、ビジネス視点で課題を設定することは苦手な傾向にありますよね。
短期的な目先の数字を追うマーケターほど視野が狭くなる
――だからこそマーケターに「ビジネス課題とデータ分析のつなぎ役」としての役割が求められているわけですが、なかなか実現できないのはなぜなのでしょうか。
高瀬:組織的な問題は大きいでしょう。当たり前ではありますが、たいていの会社組織は、ビジネススキームは経営陣、プロフィット機能は営業部門、プロモーションはマーケターといったように分かれているのが普通です。そして、役割のみならず情報まで分断されていることも少なくないですね。
権限や情報を部分的にしか与えられなければ、視野が広がらないのは当然です。これではマーケターはビジネス課題とデータをつなげて考えられません。
上野:会社員である以上、四半期ごとの予算サイクルで成果報告を迫られたりするでしょう。そこで、獲得数とかCVRとか、短期的に結果が出やすい目先の数字に集中するほど視野が狭くなる。成果が出ている体にして報告して広告費が増えれば「仕事をやっている気分」になるのも人情で、そこにつけ込む広告代理店もいますし……。
事実、総務省の調査によると、日本でITの投資対効果が検証できているのはわずか1~2割しかないようで、一方、米国では6割が定量的な効果検証を行っています。日本が投資対効果に対する意識が低いということがうかがえます。また、広告費も年々増えていることから、相対的に日本の広告費に無駄が多いのは明らかでしょう。
コントロール可能なところから全体最適への道筋を探る
――多くの課題がある中で、マーケターがビジネス課題とデータ分析を紐づけて、全体最適化を図るには、どんなことから始めればよいのでしょうか。
上野:まずは自分がコントロールできるところで、ビジネス上の課題に対して最もインパクトが大きいところから取り組むのがよいと思います。
――自分がコントロールできるところで、全社的なビジネス課題に直結している部分を探すのが現実的なファーストステップですね。
上野:全体最適への意識は保ちつつ、小さな成果を積み重ねていくことで少しずつ社内の信頼を確立していく。そして大切なのは、「アクションにつなげられるように、分析を設計すること」です。データサイエンティスト自身はおもしろいと思っているけど、アクションにつながらない分析って結構多いんです。
高瀬:ビジネス全体を意識しつつ「コントロールできるところからやる」のは得策だと思います。そのためには下準備、つまり「ビジネス全体を把握するためのデータのインプット」が必要になります。具体的には、データのありかを把握して、蓄積・整理するための働きかけが大切でしょう。
――全社的にタグがきちんと設置できているかのチェック、などでしょうか。
高瀬:データを溜めるための準備は面倒ですが、避けては通れません。例えばオンライン上の広告活動においては、計測ツールのタグを全ページに埋め込むのもそうですし、パラメータを振り直すことなど、データを取得するための環境づくりが第一歩ですね。データ蓄積の基盤が構築できていないと、データサイエンティストも宝の持ち腐れですから。
プログラマティック・バイイングで成果を上げる!日々の“運用”の信頼できるパートナー
トレーディングデスク事業の専門企業エスワンオーインタラクティブへのお問い合わせはこちら
オン&オフの広告データを数値化し「事業の本質」ベースで検証
――マーケティング活動の効果検証のためにはデータが重要だとわかっていても、なかなか実際にデータ整備となると本腰が入らない企業も多いのではないでしょうか。
上野:数字を顧みず、勘と経験則とノリでやっているマーケティング組織は少なくありません。一方で、欧米の先進企業では数字による説明は当たり前のものです。さらに今後は定量化しづらいオフライン施策の効果も数字に落とし込んで考える必要があります。
高瀬:当社でも、近年になって効果検証の対象が急速に広がり、Google Analyticsのような一般的な計測ツールではカバーできないことも増えてきました。オンとオフのチャネルをつないで分析するニーズは強く感じます。
――具体的には、どのような広告主からの要望があるのでしょうか。
高瀬:たとえば、「テレビCMとオンライン広告の互換性を検証してほしい」「来店数を目標としてオンライン広告を最適化してほしい」といった依頼が増えています。
上野:データ分析の理想形は、「データを売上に直接紐づけること」にあると思います。とはいえ、売上データは企業にとっては大変センシティブなもので、そう簡単に見せてもらえません。そのため通常は、広告の効果検証ではトラッキングタグで計測した何らかのアクションで代替するケースがほとんどです。
――売上に関わる間接的なファクターにマーケティング要素がどのように影響したか、効果検証することが多いのですね。
上野:しかし、やはり最終的にはデータと売上を照合していく必要があると思っています。たとえば「何度購入しているか」「単価はどうなっているのか」といった売上に直結する情報は、広告施策のデータだけではわかりませんから。
――オフライン施策の場合、どのように売上データに紐づけて貢献度合いを測っていくのですか。
上野:我々の取り組みでは、オフラインの施策でも数値化しています。たとえば、「DMを送った場合、1通あたりの売上はいくらか、それによって投資対効果はどれくらいなのか」「コールセンターにお問い合わせがあると売上にどうつながるか」というように出来る限り類推して数値化し、それを効果測定に活用していました。もちろん、数値化が難しいものも多いですが、おおまかにでも効果は可視化できるものです。
高瀬:当社でもオフラインの広告等については、個々の施策と成果を数値化しています。そのうえで重回帰分析を行い、相関係数を見て「施策ごとの成果に対する貢献度合い」についての示唆を得るスタイルにしています。アトリビューション分析も検討しましたが、オフライン施策ではすべてのトラフィックを追跡できるわけではないので現実的ではないと考え、現在のスタイルになりました。
――売上に影響する変数は多いので、効果測定は難しいのではないでしょうか。
高瀬:はい、たとえばメーカーの場合、間に入る流通(法人営業部門担当者など)の「販売のタイミング」や小売業の「POPの内容」によっても売上げが増減します。なので、単純にメーカー側の広告効果だけを測定しようと思っても難しく、変数をすべて把握しきれないということが多々あります。
――だからといって、効果測定を諦めてしまうのはもったいないですよね。
高瀬:その通りで、施策と売上の相関を見るのは難しいけれど、見なければならないというジレンマがあります。これを解消するには、やはりバリューチェーンやビジネススキームといった全体像を把握して、何が課題なのかを明確にした上でモデルを作り、仮説設定を行うことが不可欠だと思います。
プログラマティック・バイイングで成果を上げる!日々の“運用”の信頼できるパートナー
トレーディングデスク事業の専門企業エスワンオーインタラクティブへのお問い合わせはこちら
データ基盤を整備し施策に活かすための3つのステップ
――こうした課題を、エスワンオーインタラクティブとGRueがどのように解決していくのか、両社の役割についてお聞かせください。
高瀬:GRueの上野さんのチームには、ビジネス側・マーケター側の課題をかみくだいてデータの整理や仮説作りをサポートしていただき、分析の実行についても担っていただきます。弊社は一連のプロセスに並走し、トレーディングデスク事業のエキスパートとしてデジタル広告のプラニングを行い、運用を実施します。実施後は運用結果のデータを上野さんに分析していただき、広告の改善策へとつなげていきます。
上野:GRueが担う部分では、ビジネスにおける課題抽出・データ設計といった上流部分が8割以上で、分析業務は1割から2割という印象です。実際に企業の内部に入ってみると、データが分散し整理されていないケースが非常に多い。まずはデータを整備し、分析に備えるのが重要なミッションです。
高瀬:企業の取り組み状況は、3つの段階に分けられます。1つ目がデータのトラッキング環境を整備していく段階で、この段階のクライアントが最も多いです。2つ目は、データ基盤はできており、どのデータをどう使うかの方針を固めて、データクレンジングを行っていく段階。そして3つ目は、分析ができ、施策の実行につなげていく段階です。
この段階になってはじめて、データサイエンティストが活躍できる環境になります。でも実際はこの3つ目の段階にいっている企業が少ないのが現状です。ですので、データサイエンティストの能力が高くても、そもそも活躍できる環境が少ないのでは?と感じております。
――これまでに支援されてきた企業について具体的に教えてください。
高瀬:あるメーカー様を例にお話します。私達が支援に加わった時点では、多数のブランドごとにデジタル担当者を配置してプロモーションを行っているために、ブランドごとにKPIもパートナーもバラバラという状態でした。そこで全ブランド共通のKPIを設定し、データを整備して、分析結果を実施に反映させていったところ、データ活用のPDCAが順調に回り出しました。
――ブランドを複数持っているブランドのほうが、施策の効果が大きいのでしょうか。
上野:もちろん単一ブランドの企業でも有効なのですが、たとえば、アパレルなど多品種の商材を抱える企業、顧客数や売上件数が多い企業、販売チャネルが多様にある企業のほうが、データ活用のメリットが大きいですし、企業側の課題感も強いですね。
高瀬:課題感が強いと言えば、広告活動がデジタルに閉じておらず、チラシや新聞などのオフライン施策を積極的に展開されている企業様からの問い合わせは多いですね。オフライン施策・オンライン施策と売上データを共通のデータセットに落とし込みたいというニーズがあります。
――そこまでいくと、クライアントのデータをすべて預かるイメージですね。
高瀬:なかでも、会員組織や直営店舗のPOSデータや来店情報などファーストパーティのデータが重要になってきます。こういったデータは扱いがセンシティブなので、GRue側にハンドリングをおまかせし、私たちはトレーディングに注力するというように分業しています。
上野:企業側に売上のデータを「ください」といっても、そう簡単にもらえるものではないですからね。データ分析の設計段階で貴重なデータを預けていただくことで、どのような価値をご提供できるのか説明いたします。そこから一つ一つのプロセスを通じて信頼関係を構築することも重要です。また、データを預かるという部分においても、機密性の高いものはセキュアな形で預かっており、データのアクセス権限も必要に応じた人にしか与えないなど厳重に管理しているため、クライアントからも安心していただいております。
データをもとに「ビジネスに施策が貢献しているのか」考えるスキル
――今後、データ分析によるマーケティング支援とデジタル広告の実行をセットで提供する他に、両社で取り組んでいかれることはありますか。
高瀬:両社ともマーケターのデータ活用リテラシーをどう上げていくかという課題意識を持っています。そこで、データ分析について体系的に学べるカリキュラムを提供できればと思っています。ビジネスを推進するための目的・資源・戦略があって初めて、分析の価値が上がる。なので、データサイエンティスト育成ではなく、あくまでビジネス側が対象です。
上野:分析する前に仮説を立てて課題に落とし込むスキルは、マーケターはもちろん、営業担当の方にも役に立つはずです。売上を伸ばしていく立場の人は、数字を伸ばすロジックについて知っておくべきです。究極的には、アカウンティングの知識があり事業のP/L などをもとにビジネスの本質を考えられる人が、データ活用のスキルを持つと理想的だと思います。
――最後に、データをもっとマーケティングに活かしていきたいと模索しているマーケターにアドバイスをお聞かせください。
高瀬:大切なのは、ビジネス全体に自分が取り組んでいる施策が本当に貢献しているのかどうかを意識することです。ビジネスの構造を紐解いて理解したうえで、施策効果の可視化に取り組んでみる。そうしたアプローチを行うと、本質的な課題がみえてくるはずです。
上野:オフラインの効果の数値化もまずはやってみるべきです。仮説をためていくことで、見えてくるものがあるからです。認知の向上など間接効果だけを見るのではなく、最終的な売上にどのくらい貢献しているのかを知ることは大切なことでしょう。
高瀬:ただし、忘れてはならないのは、ブランド・エクエティは可視化が難しいけれど極めて重要なものだということです。たとえば、リッツカールトンのサービスは数値化できないかもしれないけれど、確実にビジネスに貢献しています。
ブランドという数値化が難しいものを尊重する感性を持ちながら、個別の施策に投資する際には「どう効果があるのか」とデータに基づいて科学的に判断する。そのバランスが大切だと思います。
プログラマティック・バイイングで成果を上げる!日々の“運用”の信頼できるパートナー
トレーディングデスク事業の専門企業エスワンオーインタラクティブへのお問い合わせはこちら