10年間蓄積されたノウハウが1冊の本に
――『デジタル時代の基礎知識『SNSマーケティング』』は、いまやどの企業も無視できないSNSを使ったマーケティングについての入門書です。林さんはコムニコを設立されて(のち設立されたエル・エム・ジーの子会社化)、企業のSNSマーケティング支援を行ってこられたそうですね。
林:私がコムニコを設立したのは2008年で、当時からSNS専業のマーケティングエージェンシーとして事業を展開してきました。2008年というと日本ではmixiが全盛期で、FacebookやTwitterはマーケティング業界でも知らない人が多くて、「Twitterとは」と一から説明しないと伝わらなかった頃です。
ただ、FacebookとTwitterが日本語のインターフェイスを開始したのも2008年です。日本では流行らないという論調もありましたが、ドメスティックなプラットフォームはその時点で海外とのつながりを否定してしまいます。今後、グローバルなSNSが強くなるだろうなという思いがあり、弊社では2008年から一貫して取り組み、この10年間でノウハウを蓄積してきました。
――SNSマーケティングがここまで一般化するという予感には、何か根拠があったんでしょうか。
林:SNSのほかに、ブログを活用したマーケティングも手がけていたんです。日本ではSNSより先に普及していて、ブロガーという言葉も一般的になりつつありました。私自身もブログを書いていて、広告業界のブロガーが集まるオフ会なんかにも出ていました。
「情報の民主化」と説明することもあるんですが、情報発信は限られた人の特権だったものが、ブログがとっかかりとなって、誰もが情報発信できる世の中になりました。2008年以前でも、この潮流がどんどん進んでいくのを感じていました。それがより手軽になっていくのは当然ですよね。mixiもそうした流れの一つです。
さらに、よりネットワークを広げていくということで言うと、グローバルなプラットフォームであるほうが有利になっていくと考えるのも自然です。そんな傾向や考えがあったので、FacebookとTwitter、いまならInstagramやLINEも含まれますが、SNSがマーケティングに使われていくだろうと考えることができたというわけです。
――なるほど、そうして培われてきたノウハウを本にまとめられたんですね。
林:事業にSNSが必要だという認識はかなり広まりました。必要ないという企業は少数派だと思いますが、社内体制はまだ不十分な場合が見受けられます。例えば、とりあえず若い人に任せてしまう、従来のトラディショナルなメディア施策と比べて優先順位が低い、担当者はやる気があっても社内や上司の理解がない、といった課題もよく聞きます。
本書はこれからSNSマーケティングを始めようという初心者の方には入門書として、すでに取り組んでいるのに結果が出ない、社内で理解されないといった方々の社内説得材料にも使っていただけます。
SNSはファン作りのため
――2008年当時にクライアントから相談された課題と、現在の企業が抱えている課題はそんなに変わらないのではと感じたのですが、どういった違いがありますか?
林:本質的にはそこまで変わらないと思いますが、当時はいかに多くの人にリーチするかということが重要視されていました。SNSマーケティングは従来的な広告の延長線上として捉えられていたんです。
しかし、実際にはSNSは個人のネットワークや趣味嗜好に沿った、より小さなコミュニティがたくさん生まれてくる場です。そこではリーチよりもエンゲージメントを指標としたほうが効果的です。
エンゲージメントとは投稿に対する反応のことで、本書では例えばFacebookのエンゲージメント率を「シェアやいいね!、コメント、クリックの数を足し合わせてリーチした人数で割ったもの」として定義しています。当然、各SNSにおいて、あるいは動画を利用する場合ではエンゲージメント率の求め方が異なりますが、エンゲージメントの考え方は共通します。
2008年当時はエンゲージメントに対してコストを支払うこと自体に理解を得られなかったんですが、いまなら言葉と考え方が普及したので、「SNSマーケティングで大事なことはエンゲージメントだ」とお話しするだけで伝わるようになりました。あと、エンゲージメントが高まると売上に好影響を与えるという相関関係を表すデータも出てきたのが、SNSマーケティングが必要だと考えられるようになった大きな要因だと思います。
――当時はそのデータもなかったわけですね。だとすれば、そこにコストをかけるべきか迷う理由も分かります。林さんが早い段階からエンゲージメントと売上にいい相関関係があると気づけたのはなぜなんでしょうか。
林:当時も商品を性能だけで差別化するのが難しくなってきていた時代でした。さらに携帯電話の普及が始まったため、情報がパーソナライズされ、いらない情報は聞かないという傾向が強まっていくと考えていました。さらに、個人が情報を発信できるようになり、情報量が劇的に増加しましたよね。つまり、無数の情報に取り囲まれている人たちにどうやって商品の情報を届けるかが、それまで以上に重要になったわけです。
そのような時代にはSNSが強くなると感じましたし、SNS上でのエンゲージメントは情報が届いただけでなく、行為を持って迎え入れられたということなので、非常に有効だと思いました。はっきりしたデータはほとんどなかったんですが、このように考えたことで、エンゲージメントへの着目は必然だったと言えます。
ただ、SNSユーザーが増えたため、SNSでのリーチ拡大も望めるようになりました。リーチはやはり広告をベースに考えるほうが効率的です。ただ、通常の投稿と同じように、広告の内容も各SNSの文脈に沿ったもの、エンゲージメントを意識したものでないと効果がありません。
いずれにしても、原則として「SNSはファン作りのため」と意識しておくのがいいですね。広告も日々コンテンツを工夫して運用することが大事です。
フォロワー数よりエンゲージメントを見る
――本を読んで理解することはそんなに難しくありませんが、それを実践して、かつ結果を出そうとすると非常に難しいように思います。例えば、実践しているのにフォロワーが増えないといったときも、書かれていることを実直に繰り返していくのがベストなんでしょうか。
林:そうですね、特に実践し始めた頃はすぐに結果が出ないと思いますが、そこで諦めないことが肝心です。あと、フォロワー数やファン数だけにこだわりすぎるのは危険です。
フォロワー数はプレゼントキャンペーンをやれば増やすことができます。Twitterなら「アカウントをフォローしてリツイートしたらプレゼントが当たる」といったキャンペーンですね。
でも、そうやってフォローしてくれた人が商品やブランドを好きになってくれるかというと話は別です。ファンのコミュニティだったはずなのに、ファンじゃない人が増えていく。そうすると、エンゲージメント率はどんどん下がっていくんですよ。
一昔前、プレゼントキャンペーンでファンを集めるアプリが特にFacebook上で流行りました。ですが、それを利用した企業アカウントにはファンではないフォロワーが増加して、何をやってもエンゲージメントが高まらなくなってしまったんです。かといって、ファンではない人を外すのも難しいですよね。
そうした企業では、仕方なくアカウントを閉じて、新しいアカウントを作り直す羽目になりました。やはりフォロワー数とエンゲージメントのバランスが大切です。
――フォロワーを買っているアカウントもありますよね。
林:意味がないです。ファン数やフォロワー数が多くていいアカウントに見えますが、一投稿あたりの反応数を見れば、意味のあるファンなのかどうかはすぐに分かります。ファン数やフォロワー数にこだわるのは、見栄もあるかもしれませんが、社内でそれがKPI(業績評価指標)になってしまっているからかもしれません。
しかし、それはとても危険な考えです。例えば、Facebookではエンゲージメントの低い情報発信をしているアカウントの投稿は、リーチがどんどん削られていくアルゴリズムになっています。そうなると、ファンがいても投稿が表示されません。無駄なことにコストをかける前に、基本を学んでおいてほしいですね。
――むやみにフォロワー数を増やすと逆効果になるなら、KPIの設定は重要ですね。
林:そのとおりですし、KPIはフェーズごとに変えていく必要があります。SNSマーケティングはPDCAを素早く回していかないといけませんからね。投稿ごとに効果検証するべきです。
目標設定に関しては、ファン数・フォロワー数とエンゲージメントについてどれくらいのバランスが適切なのかを見極めなければなりません。そのバランスはターゲットや業界によっても異なります。ですので、同業他社など参考になりそうなアカウントを調査することをお勧めします。
属人化しすぎるのもよくない
――SNSを社内で誰が担当するかというのも大きな問題です。先ほどおっしゃったようにとりあえず若い人に任せてしまう、あるいは得意な人に一任するという企業もあると思います。人気が出る一方で属人化して会社にノウハウが蓄積しない懸念が生じますが、それはどう解決すればいいでしょうか。
林:私は属人化させすぎるのはあまりお勧めしません。たしかに個性が出て面白いんですが、個人の才能に頼ってしまうのは会社にとって諸刃の剣です。
例えば、中の人に人気が出て、アカウントに大勢のファンがついた企業がありました。しかし、中の人が異動になり、同様の運用が可能な後任が決まらず、そのままアカウントを停止してしまったんです。
そうなるよりは継続できる仕組みのほうがいいですよね。やはり、会社のアカウントとしてペルソナを設定し、誰が中の人になっても一定の効果を上げられる構造にしておくべきでしょう。
アカウントを作りたてのときはSNSの利用に慣れた担当者に一任するのも手ではあります。ですが、そのまま任せっぱなしにするのではなく、いかに社内にノウハウを蓄積していくか、その仕組み作りにも注力してもらいたいですね。
――投稿を上長の承認制にしたいと考える企業もあると思います。
林:それでもいいと思いますが、SNSは高速でPDCAを回さなければいけません。担当者から承認依頼が飛んできたら、上長は即座に承認しないといけません。つまり、承認する人にも覚悟が必要なんです。
あるいは、週ごと、月ごとにある程度投稿する内容を事前に決めておけば、承認の手間は少なくなります。担当者一任と上長承認制、そのバランスをどう取るかはきちんと決めておくほうがいいですね。
最初のターゲットは社員でもいい
――本書ではFacebook、Twitter、Instagram、LINEが取り上げられています。しばらくはこれらを使いこなすことに専念すればいいと思いますが、将来新しいSNSも登場してくるはずです。そういうときにはどうしたらいいでしょうか。
林:やはり情報感度を高くしておくことです。新しいサービスはアメリカで誕生することが多く、日本語の情報はどうしても遅れがちですので、英語の情報源を持っておくのが重要です。
また、どんなSNSでも主な目的はユーザーとのリレーション作りでしょう。ですから、「重要なKPIはエンゲージメントである」というSNSマーケティングの基本的な考え方さえ持っていれば、あとはプラットフォームの特徴や文脈を意識すればいいだけです。ここを押さえておけば、初めて利用するSNSでも、使い方に関して大きく誤ることはないと思います。
弊社がSNS専業のマーケティングエージェンシーとしてやってこられたのも、そうした考え方をベースにしているからです。日本ではまずTwitterが普及したので、弊社も当初はTwitterの案件がほとんどだったんです。しかし、Twitterにおけるノウハウはその後に普及したFacebookにも活かすことができたので、新しいSNSだからと一からノウハウを蓄積していったわけではありません。LINEやInstagramが普及し始めたときも同様です。
ただ本音を言えば、FacebookとInstagramがサービスとしてかなりうまくやっていると思います。当面はFacebook社周辺のエコシステムが強く、しかもこれからはメッセンジャーにも力を入れてくるでしょうから、しばらくこの牙城は崩れないのではないでしょうか。日本ではTwitterとLINEもそうかもしれません。なので、本書で取り上げたこの4つのSNSは押さえておいてもらいたいですね。
――本書はすでにSNSを利用していて、でも効果がそこまで出ていない方にとって非常に参考になると思います。一方で、これから初めてSNSを利用しようという方も読まれるはずです。前者は改善に取り組めばいいんですが、後者の場合は何から始めればいいでしょうか。
林:アカウントを作る前に、KGI(目標達成指標)やKPIを決めておくべきですね。そしてターゲットのペルソナを設定し、その人たちが喜んでくれるコンテンツがどんなものかをカテゴリー単位でまとめておくこと。そうした準備は絶対に必要で、なんとなく始めてしまうと行き詰まってしまいます。
――フォロワーが0のときはどんな投稿をしたらいいですか?
林:まずは社内のリソースを活用すること。自社サイトやメルマガ、店舗のお知らせなどで告知をしていけばいいと思います。そうすると、社員が最初のファンになってくれるんです。さらに社員のフォロワーがアカウントを知ってくれて、フォローしてくれるかもしれません。この頃のフォロワーは濃いファンになることが多いんですね。
あと、意外と社内で他部署が何をしているか知らない人もいます。SNSを通して、他部署のことを知るという流れも生まれるかもしれません。SNSが社内報になるのは、それはそれでいいことですよね。あまり身内ノリにならないように気をつけないといけませんが。
――最初のターゲットは社員でもいいんですね。
林:社員すら「いいね!」してくれないコンテンツが一般ユーザーに受けるとは考えにくいです(笑)。