「五感」すべてに働きかける体験が重要
――「顧客体験」を設計する上で欠かせないプロセスは何だとお考えですか?
鈴木:体験というのは本来「五感」を使うものですので、オンラインやオフラインを問わず、それら全体がどのように機能するかという視点は欠かせません。感情や気分は、共通で認識するのが非常に困難です。会話をしていても、相手の気持ちを完全に理解することは容易ではありませんよね。ただ、「顧客体験」を設計する上でマーケターは、そうした感覚的な部分を言語化することが求められます。
わかりやすいのは「場所」を設計する際です。たとえば、高級レストランと「マクドナルド」では「食事」という体験が明らかに異なります。場所を起点として体験を設計するならば、たとえば「バーみたいな雰囲気」といった表現で体験全体の設計イメージを伝えることが可能です。
――デジタル領域ではどういったことを意識すべきでしょうか?
鈴木:先ほど述べた内容とも重なる部分がありますが、デジタル領域ではやはりデバイスを前提とした設計が重要です。以前、あるCM動画の最終チェックをスタジオでしていた時のことですが、スマホ向けに動画制作をしていたのにもかかわらず、スタジオの大きなスクリーンに投影されていたことがありました。
その時はたまらず「スマホで出力してください」と注文しました。デジタル領域における「顧客体験」は、デバイスを通して顧客がどういった感覚を得るかを考えて設計する必要があります。
デバイスに関して、他に興味深いと感じたのは「Amazon Dash Button」ですね。あれって別に特殊なデバイスではないんですよ。言ってしまえば、「ただボタンを押せばAmazonの注文が完了する」というだけです。ところが、あのボタンがひとつあるだけで「新しい体験」になってしまう。
IoTなどがこれからさらに普及すれば、デバイスを前提とした「顧客体験」の設計が加速すると考えています。そうなれば、「顧客体験」はよりサービスモデル中心になっていきます。これに対して、ブランド側はどういった体験を設計していくかが問われてくると思いますね。
技術の誇示にとどまらない、意義のある「顧客体験」を
――「顧客体験」の中にブランドを落としていくことはやはり難しいのでしょうか?
鈴木:「顧客体験」の中にブランドを認識させる、むしろブランド起点で体験を想起させることが重要になってくると思います。たとえば、先ほどのように「食事」で考えた場合、「CHANEL(シャネル)のようなランチ」と聞いてどのような食事の体験を想像するでしょうか? この時、「CHANELのような」の文脈にブランドの持つ価値が付与されていれば、ブランディングの成功と言えます。
最近で言えば、配車アプリで新しい乗車の「顧客体験」を創出したUber(ウーバー)が好例です。聞いたところによると、Uberを利用する行為を「Uberる」と表現する人も出てきているようです。「顧客体験」を設計する上での理想形だと思います。
――最後に、今後の目標について教えてください。
鈴木:ランニングにおける「顧客体験」ですと、たとえば「天気が良くなったから仕事帰りにランニングしたいのに、シューズを家に置いてきてしまった」といった場合に、会社にいてもランニングシューズが届いて、ランニング後はそのままシューズを置いていけるようなサービスがあれば、機会損失を防ぎつつ、新しい「顧客体験」が提供できます。スポーツメーカーとしては、そういった体験を生み出していきたいです。
もう少し広い視点では、先ほどのスマートスピーカーでターゲットが拡大するという話のように、既存のチャネル以外でのタッチポイントが創出できればいいなと思います。たとえば、VR(仮想現実)を活用して、「ずっと入院生活を送っていて遊園地に行った経験のない人が遊園地で遊んでいる気分になれる」といった取り組みは社会的にも意義がありますよね。
ただ技術を誇示するだけではなく、世の中のために機能していくことが今後の企業には求められています。我々としては、様々な背景があってスポーツを諦めていた人たちの機会が広がる、そんな新しい「顧客体験」を実現していきたいと思っています。
――どうもありがとうございました。