アプリが得意なオンラインとオフラインの橋渡し
多くの企業がテクノロジーを活用し、オンラインでの顧客行動データの取得と活用を進めている。だが、顧客はオンラインだけで行動するわけではない。だからこそ、自宅や店舗といったオフライン接点での行動データも含めて分析し、より良い顧客理解と体験設計に取り組むことが求められているのだ。
ランチェスターは2007年に創業した会社であり、2010年のスマホアプリ開発の黎明期から、ANA、昭文社の「ことりっぷ」、東急ハンズの「ハンズクラブアプリ」など、多くの企業のモバイルアプリ開発を支援してきた実績を持つ。
田代氏によれば、アプリマーケティングとは「オンラインとオフラインをうまくつなぎ、顧客体験をより良くするための活動」を指す。顧客体験を「認知」「選択」「購入」「利用」の4つのプロセスと考えると、プロセスが進むなかで顧客はオンラインとオフラインというチャネル間を行き来していることがわかる。田代氏は「アプリが最も得意とするのは、オンラインとオフラインの顧客接点をつなぐことにある」と話し、自らの経験から次のようなカスタマージャーニーの例を紹介した。
まず、美容室に髪を切りに行ったとしよう。読んでいた雑誌から、気になる家電製品を発見した。スマホを取り出して商品を検索してみたが、実物を見てから購入しようと思い直す。その後、店舗に行き、商品を確認したが、高額商品なので一旦自宅に戻り、家族に相談してから購入を決めることにした。自宅での検討を経て、購入を決めたが、再度店舗に行くのではなく、ECから購入することにした。購入した製品を使っているうちに故障が発生したら、修理のために店舗に持ち込む。
こうした一連のプロセスを通じて、顧客はオンラインとオフラインで企業と接点を持っているわけだが、多くの企業は「お客様の行動データを取得しようとすると、どうしてもオンラインに偏りがち」だと田代氏は指摘する。
顧客理解では、オンラインだけでなく、オフラインの店舗での行動データも併せて活用したい。オフラインのデータをどう取得するかを考えた時、オンラインとオフラインの橋渡しをするアプリを使うことで、この悩みを解決できると田代氏は主張する。
実際、何かを思い付くと、消費者はスマホを取り出し、検索を始めとする様々なアクションを行う。「オンラインとオフラインの行き来をうまく支援する機能をアプリで提供することで、オフラインのお客様データを獲得し、顧客体験の導線を作ることができる」と田代氏は説明した。
顧客体験をアプリで巧みにサポートするパタゴニア
続いて田代氏は、実際にアプリを活用して、カスタマージャーニーのプロセスをシームレスにつなぐことを実践する企業の例を紹介した。
パタゴニアは、「もっと、ずっと、パタゴニア」というコンセプトを基に、「パタゴニアの製品を選ぶ、買う、長く使い続けるお客様のためのアプリ」と自社のアプリを定義している。ランチェスターが支援を始めた時から、「お客様の行動を意識し、カスタマージャーニーにおけるオンラインとオフラインの橋渡しをどうするかを考えて設計されているアプリだった」と田代氏は評する。
元々、同社のビジネスは紙のカタログから始まったこともあり、商品の認知では今もカタログが重要な役割を果たす。一方、アプリでもデジタルカタログを提供しており、紙のカタログで見つけた商品を試着したいと思ったら、アプリからその商品の在庫がどの店舗にあるかを確認できる。その商品を「お気に入り」に入れて店舗に行けば、効率的に買い物ができる。先に紹介した家電製品の例と同じように、店舗では購入せず、もう一度考えたい時は自宅に戻り、アプリから購入すればよい。
現在、同社が特に力を入れているのは購入後の「利用」段階である。修理が必要になった商品を店舗に持っていき、商品を渡すと細かい情報を入力することなく、すぐに修理を受け付けてくれる。一連の顧客体験をアプリでうまくサポートしている例だといえる。
データ連携の出発点は個人を識別すること
この事例で、オンラインとオフラインのデータを連携させる基盤となったのが、ランチェスターが開発したモバイルアプリプラットフォーム「EAP(Engagement Application Platform)」である。EAPはランチェスターがこれまで蓄積してきたアプリを使ったマーケティングの知見をプロダクトに反映させたものであり、チャネルをまたぐ顧客行動の可視化に役立つ。
田代氏は、「アプリマーケティングの基盤構築で最も重要なことは、チャネルをつないで一人のお客様を個人として識別する仕組みをアプリが保有すること」と訴える。これができなければ、どんなに多くのデータを貯めていても誰の行動かがわからず、適切な体験を提供できないと考えるためだ。それを実現するのが、既存の会員情報とアプリが持つIDの紐づけだ。田代氏が紹介したIDを個人に紐づける方法は大きく3つある。
ID自動発番方式
アプリを登録すると同時に自動的にIDを発行する方式である。会員登録なしで会員証の利用が可能になる。店頭で顧客に勧めることが比較的容易だが、ECと連携させたい場合は、別途ECのアカウントとの連携が必要になる。
会員登録方式
ゲストでもコンテンツの閲覧は可能だが、すべての機能を利用するために会員登録が必要になる。パタゴニアのアプリのように、強力なECの仕組みが既にある場合は、アプリの登録時に既存のECアカウントを連携させれば、ユーザーはより豊富なアプリの機能を利用できる。手間がかかるが、確実な個人の認識ができる。
仮会員、本会員方式
最近増えているのが、最初は仮会員でアプリを使ってもらい、後から本会員としての登録を促すこの方式である。詳細な個人情報の入力がなくてもIDを発行するが、貯めたポイントなどのインセンティブを利用するには、本会員登録が必要になる。ポイントカードシステムを運用する場合に適している。
スモールスタートで整備するアプリマーケティング基盤
個人を正しく認識することがアプリマーケティングの出発点だとすると、そのための基盤をどのように作ればよいか。田代氏が勧めたのは、段階的にチャネルやシステムを連携させていくアプローチであった。
アプリ単体
EAPではアプリ上の顧客の行動を見るダッシュボードを用意し、ユーザーのログイン実績や施策ごとの効果実績などを確認できるようにしている。アプリへのコンテンツ配信機能、クーポン配信機能、プッシュ通知配信を提供している他、プッシュ通知をオフにしている顧客にはアプリを起動した時にポップアップを表示することもできる。
コンテンツ運用の自動化
アプリ単体でも様々なことができるが、各種ツールと連携させ、かつ運用をシンプルにしたいというニーズも大きい。EAPでは、ソーシャルメディアやブログに投稿しているコンテンツをアプリのコンテンツとして自動的に流用できる機能を提供している。
ポイントカードのアプリ化
ポイントカードのアプリ化には、会員基盤システム(CRM)および店舗のPOSシステムとの連携が必要になる。先に紹介したパタゴニアもこの方式でアプリ内のポイントカードシステムを実現している。
ECとの連携
会員基盤システムが基盤につながれば、ECシステムとも連携できる。アプリ内でECをどう連携させるかはまだ発展の余地が大きいが、商品の閲覧や決済ができれば、顧客体験価値は向上する。かつシングルサインオンを実現すれば、体験価値はさらに高まる。
MA/DMP/BIとの連携
アプリ内でデータを貯めると、社内の他のシステムと連携させ、より詳しく顧客を理解したくなる。EAPであれば、DMP(Data Management Platform)にデータを統合した上で、MA(Marketing Automation)と連携し、MAからアプリへプッシュ通知を出すような設定も可能で、よりパーソナライズしたコミュニケーションが実現できる。
アプリ単体のマーケティングから、ビジネスの成長に合わせて段階的に様々なシステムと連携していくことが可能で、一気に高度な基盤構築を実現しようと思う必要はない。田代氏は、「スモールスタートから拡張していけばよい」と説く。続けて、「アプリを活用し、企業とそのお客様がより良い関係を築けるよう、ランチェスターは成功にコミットしたい」と語り、EAPに反映させた企業のアプリ開発の知見を活かしていく意志を込め、講演を終えた。