アナログ施策を尊重しながらデジタルも
「大きな環境の変化によるデジタルシフトの加速を、みなさん自身も実感しているのではないでしょうか?」アドビ DXマーケティング本部 マーケティングマネージャーの松井真理子氏は問いかける。
実際に、同社が実施した消費者調査で「外出自粛期間中にオンラインで購入した商品について、コロナ収束後もオンラインでの購入を継続しようと思いますか?」と尋ねたところ、生鮮食品、「オンラインで継続して購入する」または「オンラインと店舗を組み合わせて継続して購入したい」という声が多かったという。
他方、2020年に経営層を中心に行った同社の調査で「2020年最も注力する領域はどこか?」という質問に対し、多くの経営層は、「顧客体験の最適化」であると答えている。つまり、消費者行動のデジタル化は今後ますます定着していく不可逆的な変化であり、企業もそれを認識しているといえる。
この流れの中で重要なことは「顧客中心の考え方」だと松井氏は指摘する。オンラインやオフラインに関わらず、どのような顧客体験を提供することが顧客にとって嬉しいことなのか。各組織で突き詰めることが非常に重要な要素になってきているのだ。
スヴェンソンはオンラインとオフラインでの顧客体験の最適化を目指し、2017年から取り組みを進めてきた企業だ。ここからは同社の顧客体験最適化の取り組みを紹介したい。
サブスクリプションモデルの男性向けヘアウィッグを提供するMenʼs事業部の圷陽太郎氏はこの4年間を振り返り「お客様との関係構築のために、日頃のコミュニケーション活動を改善してきた過程での気づきです」と前置きして、デジタル施策を進めるポイントとして次の3点を紹介した。
1つ目は、「データをいかに貯め、整理するか」。デジタル施策においては、データを集めるだけでなく、集めたデータを使いやすい状況に整理することが重要だ。それがその後に行う施策の土台となる。
2つ目は、「既存施策を尊重しながら進める」ことだ。圷氏は「弊社では、アナログの施策が大半で、かつデジタルに対しては懐疑心のあるような状態でした」と当初の状況を語る。
そこで、アナログ施策が果たしている役割、実施されているタイミングを把握し、アナログ施策の合間にデジタル施策を入れる方針でスタートした。
「既存のものを置き換えるのではなく、どう共存していくかを考えること。デジタルはアナログの上位互換ではないし、すべてデジタルに置き換えられるわけではないということは、昨今のDXの理論とも同様です」(圷氏)
3つ目は、「お客様が心地よいと思えるペース、チャネル、情報を用意する」こと。フリークエンシー設定、チャネルの開発、情報開発が重要だ。
これらの取り組みを振り返り、顧客体験を変えるための取り組みではあるものの「私自身の意識は社内に向いて、社内を駆け回っていました」と圷氏は語る。スヴェンソンのスタッフは自然に顧客のことを考える文化が根付いている。その文化をデジタル施策でも実現するためにシステムを整え、社内での調整に尽力したという。
スヴェンソンが顧客体験に注力し、この3点を見出すに至るには、2017年からの粘り強い取り組みがあった。
MA導入、最初の作業を怠らないことが重要
スヴェンソンが提供するウィッグサービスの継続率は95.2%と高い。そのため、いかに新規を獲得するかが重要だ。しかし、高額商材であるため契約までのリードタイムが長い。そこで、資料請求から来店予約の間の検討期間で顧客体験をいかによくするかを考えた。
そのために圷氏はまず、「見込み顧客獲得から契約成立までのプロセスの可視化」に取り組んだ。より効果的なマーケティングを行うためには、「チャネルごと」「月ごと」の顧客の状況を整理する必要があったという。
スヴェンソンでは当時、見込み顧客のステータスの変更がある場合は、基幹システムのそのステータスにまつわる項目を、都度1つひとつ手動で変更を加え、顧客情報を管理していた。しかし、その方法での見込み顧客の各ステータスの定義はデータとデータの連動性がわかりにくい構造でもあったため、ステータスの把握は各担当者に依存してしまっていた。
そこで圷氏は社内に聞きまわり、契約までのプロセスにおける1つひとつのステータスの定義を明確にし、管理フローを言語化してエクセルに落とし込んでいったという。それがデータカラムの構造把握にもつながったという。
その後、アナログ施策だけでの限界を感じた同社はマーケティングオートメーション(以下、MA)ツール導入に向けて調査をし、「Marketo Engage(マルケトエンゲージ)」を導入。圷氏は「ここから物事がうまく回っていった」振り返る。
とはいえ、平坦な道のりではなかった。スヴェンソンでは、導入1年目中に施策を開始し、3年目にはより活用の幅を広げる意図で体制変更。そして4年目の今、施策の拡充へとつなげている。この中でも圷氏は「最初の半年が非常に重要だった」と振り返る。
「骨が折れる作業ではありましたが、最初に整えてしまうことで、施策立案に集中できる環境は作れたと思います」(圷氏)
最初の半年で行ったのは、暗黙知として定義されていたステータスを言語化し、SQLに落とし込む作業だ。当時は情報システム部門のリソースが不足していたため、圷氏自身がSQLの基礎を学びながら、データベースから情報を抽出する作業を進めていったという。
このステージを終了してようやく、施策開始となった。
抵抗感は「小さな成功」の積み重ねで払拭
最初に実施したのはメール施策だった。だが、スヴェンソンでは、メールの活用が進んでいないだけでなく、「メールはお客様にとって煩わしいものだ」という先入観が広がっていたという。「半分、私も思っていました」と圷氏は語る。
ところが、Marketo Engageを活用したメール施策により、こうした社内のメールへのバイアスが少しずつ取り除かれていくことになる。
「まずは、キャンペーン案内のDM送付後に未反応の方への後追いのメール施策を行いました。メールに『キャンペーン終了まで残りわずかです』と記載して、来店予約を促す非常にシンプルな施策です。郵送のDMに加えてこの経路を開拓できると、既存施策の上積みになります。それが契約数の増加という結果にしっかり結びつきました。さらに、思いのほか配信停止も少なく、メール施策に兆しが見えました」(圷氏)
来店率の向上や、来店前アクションの可視化を実現
デジタル施策への可能性を感じはじめた圷氏は、さらにデジタル施策を2つ実施した。
1つは、既存のアナログ施策のすきまに差し込む施策だ。スヴェンソンでは、これまで資料請求をした顧客に対して1週間後と4週間後に、新規の相談を受け付けるコールセンターであるサポートセンターから手書きのDMを送付していた。このペースは崩さずに、その間である資料請求から2週間後のタイミングでメールを送信することにしたという。
DM後のメール施策がある程度成果を挙げていたため、この時には社内からの逆風はあまりなくなっていた。
差し込みメールの結果として、来店率が1.25倍に向上し、配信停止率は0.3%と低く抑えられた。これを通して圷氏は、「タイミングを合わせれば、お客様にとっては快適なコミュニケーションになると感じました」と語る。
もう1つ行ったデジタル施策は、見込み顧客の動きに合わせて郵送物(手紙)のタイミングを計るというもの。先に行った2つの施策の知見を生かし、「アナログ施策のタイミングを最適化できないか」と考えた。
スヴェンソンのWebサイトの閲覧履歴をトリガーに、来店を促す手紙を送付することで来店率向上を図ったが、これについては「半分失敗、半分成功」だと圷氏はいう。
この施策での来店者は良くて全体の4割だった。その代わりに、「手紙の送付→Webサイトを閲覧する」という顧客の流れが可視化されたという。
「今までは、お申し込みいただかない限りお客様のリアクションがわかりませんでした。手紙を送った後にWebを閲覧いただいているという、来店前のアクションが見えるようになりました。これはひとつの成果だと思います」(圷氏)
アナログとデジタルをいかに「組み合わせるか」
Marketo Engageを活用し、3つのデジタル施策に取り組んだことで、学びになったことを次のように圷氏は挙げた。
「DM未反応者へのメール送付施策」から、デジタルへの抵抗感を払拭するには小さな実績から理解を得ていくことが重要だと学んだ。まずはアナログを邪魔しない形で行うことが重要だ。
「資料請求2週間後のメール施策」では、アナログ施策との両立を図った。温かみのある手紙で反応する人もいれば、手紙は面倒で読まないけれどメールは開封するという人もいる。この双方向からのアプローチで、来店機会を創出できるという知見が得られた。
「Webサイト閲覧履歴をデータ化し、アナログ施策と連動させた施策」の反応は、狙いとは異なるものだった。しかし、コンバージョンはない段階での反応も体感することができたという意味で収穫といえる。
ここまでの取り組みを通して、アナログとデジタルは互いに干渉するものではなく、いかに組み合わせていくかが重要だということを実感したという。
さらに取り組みを発展させるべく3年目に体制変更実施。施策の拡充として、「Webカタログの制作」を行った。来店のタイミングを早めることを目的とした施策だが、懸念点もあった。
それは、「既存のコンバージョンチャネルとの取り合いになるのではないか」。また、Webの特性上「気楽に閲覧できるがゆえに契約に至らないのではないか」だ。しかし、実施してみると、コンバージョン率は上昇した。契約に至る確率も、紙のカタログと同等であり、手ごたえを感じたという。
「顕在層の獲得」から「潜在層との関係構築」へ
これら取り組みの結果として、デジタル施策が増えただけでなく、社内でのデジタルの重要性も高まってきた。今後は、さらなるチャネルの拡充に取り組む方針だ。
その1つに接客のオンライン化として、ビデオ相談窓口の開設がある。特に昨年加速したオンライン化は、実店舗を28カ所に絞っているスヴェンソンには重要な課題となった。
地理的隔絶を解消し、どこからでも相談できるというオンラインの強みと、これまで実店舗で積み重ねてきたFace to Faceのコミュニケーションというオフラインの強みをかけ合わせることで、これからの武器になると捉えている。また、Facebook Messengerのチャネルも開設。Facebook広告の活用から進め、最終的には疑問や不明点に答える問い合わせ窓口の設置も描いている。
さらに、デジタル施策の目的が、「顕在層の獲得」から「潜在層との関係構築」にまで広がってきているという。
男性用ウィッグという商材は、購入検討のリードタイムが非常に長い。なんとなく気になったり、ぼんやりした心配を抱えたりしている潜在層は膨大だ。その層に、ライトな情報を提供する基盤を確立し「心地よい関係性」を作っていくことが、スヴェンソンのこれからのテーマだ。
圷氏は最後に、「ここからまた新たな取り組みが見えてくるでしょう。この取り組みを続けていった先の展開を探していきたいと思います」と締めくくった。
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