かつての自分と対話して生まれた、学習塾のCM「いっしょに計画たてようか。」
中村:本には、コロナ禍におけるコミュニケーションの実践例も複数取り上げられていました。たとえば、支援されている東北地方の学習塾・ベスト個別学院の「でも、大丈夫。」「いっしょに計画たてようか。」というメッセージは、勉強の遅れに対する不安や無力感を持つ小中高生や親御さんの心に寄り添うものだったと思います。
このメッセージを主軸にマーケティングを始めた2020年8月の入塾数は、前年同月比2.17倍に。コロナ禍にもかかわらず、通年での入塾数も前年を超えた。
このメッセージに至るまでに、鹿毛さんは自身が勉強に苦戦していた高校時代に立ち返って、「自分自身の『心』に深く潜り、お客様の心にアクセスできる周波数を探り当てた」と書かれていました。
この方法を受けて、じゃあ自分はこれまで相手を理解するのにどうやってきたかと自問自答すると、鏡みたいに自分を使ってきたのではないかと思いました。P&Gでは主婦の方や独身女性など、自分と違う属性の方に主に接していたので、自分を触媒にしながら鹿毛さんの言うところの「周波数」を合わせようとしてきたと思いますが、鹿毛さんはとことん、自分を見つめている感じがしました。
鹿毛:あのね、同じだと思いますよ。僕も、自分を触媒にしている。自分の心に潜ってつかめたことは、その時点ではインサイトではなくて、あくまで洞察なんだよね。
ベスト個別学院の例でいうと、意気揚々と進学校に入学したらあっという間に落ちこぼれてしまった、そのときの僕の感情を丁寧に探ってみました。すると、これではまずいが今から頑張るのも格好悪い、できない自分を認めたくないという頑なな気持ちに行き着いたんです。
中村:その洞察が、具体的にお客様の心をつかむプロセスとして紹介されていた「心のパンツを脱ぐ」ということなのでしょうか?
鹿毛:そう。きれいごとではない、自分の弱い部分や邪悪な部分に足を踏み入れるんです。
勇気を持って、徐々に、心のパンツを脱ごう
中村:「自分の心の奥底にあるダークサイドをのぞき込む」とも書かれていて、鹿毛さんが心の闇の部分に向き合う重要性を話されていたのも印象的でした。ただ、心のパンツを脱ぐのは、プライドが高い人ほど難しい気がしています。これは、マーケターに必要な資質のひとつだと思われますか?
鹿毛:そう思います。ただ、脱げる人と脱げない人がいて、無理に脱ぐと風邪をひいてしまうから、全員にはお勧めしていません。
心のパンツを脱いで自分を洞察することを、僕のインサイト発見ワークショップで行っていますが、これはけっこうリスクがあることです。だから、脱げる人も「勇気を持って脱ごう、でも徐々に脱ごう」と。そして「何かが見えても一切口に出さないでいいよ」と言うんです。そうやって安全な環境を整えないと、人は心のパンツを脱げない。
中村:なるほど……。では、脱げない人はマーケターに向いていないのでしょうか?
鹿毛:マーケティングでも、ゼロから何かをひねり出す人と、それをどこまで広げようかという人がいますよね。脱げない人は、広げるほうにいけばいいと思います。でも、この最初に生まれたものは、誰かが心のパンツを脱いだから生まれたんだ、っていうことをわかっておいてほしいです。