「枠から人へ」運用型広告の台頭に伴うブランド企業の懸念
2015年2月、電通が発表した「2014年 日本の広告費」は、広告・マーケティング業界の中でちょっとした話題になった。2014年のインターネット広告費(インターネット広告媒体費と、広告制作費の合算)が、初めて1兆円を超え、1兆519億円(前年比112.1%)を達成したからだ。この成長は、スマートフォンなどのモバイル広告のほか、DSP(Demand Side Platform)など運用型広告のシェアが大きく伸びたためだと見られている。
DSP・SSP(Supply Side Platform)の強みは、SSPや提携先アドネットワークに紐づくさまざまな媒体の広告枠を通じ、リアルタイムでターゲット層に広告を配信できること。具体的には、性別や年齢、住所などのユーザーのデモグラフィックデータや、Webブラウザに蓄積されたクッキーをもとにした行動履歴、興味関心度などのサイコグラフィックデータを持つDMP(Data Management Platform)を活用し、広告主と適合性が高いオーディエンスへ広告を配信することが特徴だ。「どの媒体の広告枠か」ではなく、「どのターゲットか」が配信時の主眼となるため、これら運用型広告の台頭により、広告は「枠から人へ」といわれるようになった。
以上のことから、効果が高いといわれる運用型広告だが、懸念を示す広告主が少なくないのも確かだ。なぜか。それは「どのようなサイトに自社広告が掲載されるかわからない」からだ。ナショナルクライアントと呼ばれる大企業や、ブランドイメージを大切にする企業であれば、「人」も大事だが、やはり「枠」、つまり掲載面も重視する。ターゲット層がどんなに多く集まるサイトであろうと、アダルトサイトや、コンテンツただ乗りのまとめサイトに自社広告が掲載されては、ブランドイメージが著しく毀損することは避けられない。ブランドイメージが低下するだけならまだ良い方で、映画やテレビ番組など違法アップロードサイトに掲載されれば、違法サイトの収益向上に一役買ってしまうことになる。また、ここまで極端なケースでなくても、「大震災の報道ニュースの横に、住宅メーカーの広告が出ていた」「大事故のニュース記事の上部に、自動車メーカーのバナーが掲載されていた」など、TPOにそぐわない広告配信が起きてしまう可能性もある。
ブランド企業のネット広告出稿における懸念事項を、アドベリフィケーションで解決
こうしたリスクを軽減するソリューションとして注目されているのが、アドベリフィケーションだ。アドベリフィケーション(以下、アドベリ)とは、適切な媒体に自社広告が確実に掲載されているかを検査し、広告主のブランドを保護する概念のこと。米国では、Integral Ad Science社など大手アドベリベンダが登場し、日本国内のDSPとの連携も開始している。
こうした中、昨年夏にはてなが発表したアドベリソリューションサービスが「BrandSafe はてな」だ。同社 ビジネス開発本部 事業開発部 マネージャーの大久保亮太氏は、「DSPを使ったRTB配信は、昔に比べるとかなり一般化してきたと思いますが、ナショナルクライアントやブランドイメージを大切にする企業にとって、やはりまだ懸念点があるのは事実です。この市場をより良いものにしていくことが、インターネット市場のさらなる隆盛につながると思い、今はてなでできることを検討し、はてなブックマークのデータを最大限活用した「BrandSafe はてな」をリリースしました」と語る。
はてなテクノロジーを結集した「BrandSafe はてな」の強み
「BrandSafe はてな」は、はてなが開発したアドベリサービスで、現在大手DSP「FreakOut」(運用元:フリークアウト社)と、ネイティブ広告プラットフォーム「logly lift」(運用元:ログリー社)で利用されている。特徴は、日本語特有の言い回しやネットスラングに対応しているため、サイトの内容判定の精度が高いこと。米国製のアドベリツールの場合、日本語特有の言い回しや、流行り廃れが早いネットスラングに完全に追随できないため、サイトの内容判定の精度にどうしても限界がある。国産ツールである「BrandSafe はてな」の場合、こうした課題は心配しなくて良い。
もう1つの特徴は、はてながこの10年以上の間蓄積したノウハウが生かされ、アダルトサイト、違法サイトや有害サイトの判定精度が高いことが挙げられる。「はてなブックマーク」を使ってブックマークされたURLに対し、ユーザーが独自で入れたコメントやタグの内容に加えて、サイト内の本文解析などの複合的なアルゴリズムを使って、1URLごとに内容を判定している。実際、多くのアドベリツールは「本文解析してNGワードが出現すればブラックリストに載せる」という仕組みであることに対し、「BrandSafe はてな」の場合、「本文クロールによる解析と、ユーザーがはてなブックマークで付けた手動のタグ・コメントという両輪で判定しているため、非常に精度が高いですし、はてなブックマークをされていないURLに対しても、本文解析と似た特徴のページを引っ張ってきて、高精度に判定することも可能」(大久保氏)という。
健全なインターネット広告の世界を実現する
大久保氏は、「はてなの企業理念として、『インターネットを使う個人や企業を支援することで、インターネットそのものの質や有用性をさらに向上していきたい』という思いがあります。広告主のブランドイメージを毀損しないことはもちろん、独自取材で有益な記事を多数提供している良い媒体が、その媒体力を生かしてきちんと広告収益を得られる仕組みを作りたい。現在ですと、残念ながら違法サイトやまとめサイトなどに、広告収益が流れているのも事実です。『BrandSafe はてな』はこうした状況の改善につながる仕組みだと考えています」と説明する。
「BrandSafe はてな」のきっかけとなったのは、フリークアウト社からの提案だ。通常、ほとんどのDSPでは自社独自の媒体ホワイトリストを作り、広告主のブランド毀損につながりかねない媒体への配信は極力排除している。だが、違法サイトやまとめサイト、アダルトサイトは新規・移行を含めて次々と誕生し、完璧にフォローすることは難しいのが実情だ。フリークアウト社は、海外製アドベリツールを運用してこの課題に対処しようとしていたが、実験段階でなかなか期待する効果が得られず、インターネットサービスの企画力、技術力にあるはてなに相談したそうだ。その中で、「はてなブックマークを活用する」というアイディアが生まれ、『BrandSafe はてな』につながったのだという。そして、アドベリツール開発に懸けたはてなの思いと、その技術優位性を評価し、採用したのがログリー社だ。いずれも、「インターネット広告市場の改善、健全化を促進したい」という思いが共通している。
フリークアウト社では、「BrandSafe はてな for FreakOut」リリース後半年でユーザーが50社を突破し、その後も順調に広告主を増やしつつある。その背景として、ブランド毀損リスクが著しく軽減されることも理由の1つだが、実は広告効果も大きくアップすることがあるいう。実際、今年3月に実施した実証実験では、「BrandSafe はてな」の使用時・未使用時で、CPAに大きな違いが表れたそうだ。
「BrandSafe はてな」でCPAを半減できる理由
検証が行われたのは今年の3月のこと。エンジニア向け派遣求人サイト「ITスタッフィング」を運営するリクルートスタッフィングが、広告配信に当たり「BrandSafe はてな for FreakOut」の使用あり・なしで、効果に違いがあるかを見ることになった。結果からいうと、「BrandSafe はてな for FreakOut」を使用した場合、未使用と比べてCPAが約50%に半減したという。
理由としては、「BrandSafe はてな for FreakOut」では、まとめサイトや違法アップロードサイトなどが排除されていること。大久保氏によると、これらのサイトは誤クリックを誘導しやすい作りになっており、CPAを上げる原因になっているという。「そのため、単純にCTRで見た場合は、『BrandSafe はてな for FreakOut』未使用の広告の方が高いのは確かです。ただし最終的なコンバージョンもCPAも、ツール使用ありの方が断然良いという結果が出ました」と大久保氏。なお、ITスタッフィングの運営担当者は、この結果により、現在は「BrandSafe はてな for FreakOut」のみを経由して広告配信を行なっているそうだ。
大久保氏はこうした結果を踏まえ、アドベリフィケーションを「自社の広告をコントロールし、無駄なく効率的に広告配信すること」と定義している。便利であるが、広告主の意思で制御できないDSPという仕組みの中で、「BrandSafe はてな」により、ブランド毀損することなく、より効果が高い広告配信が可能になるからだ。これにより、「テレビCMや新聞・雑誌広告と同じく、インターネット広告にも企業が適切に投資できるような社会になればいいと思っています」(大久保氏)という。
アドテク専門チームも発足/広告主と媒体社に収益を還元する新たな仕組みをつくる
はてなといえば、はてなブックマーク以外にも、「はてなブログ」や「人力検索はてな」など、どちらかといえばエンドユーザー向けのインターネットサービスというイメージがある。実ははてなは、これまで培ってきた技術やノウハウを生かした企業支援も行なっており、また同社が運営するニュースサイト「はてなニュース」では安定した記事広告出稿の実績を持つなど、企業支援や広告事業でも大きな収益を上げている。企業支援でいえば、昨年開始したオウンドメディア構築サービス『はてなブログMedia』があるし、はてなブックマーク上では、ネイティブアド事業が好調だ。こうしたノウハウをすべて「インターネットの世界に還元したい」というのがはてなの目指す理念で、アドベリについても、この理念の延長線上で開発されたものだ。もちろん理念だけではなく、種々のインターネットサービスを開発する中で培った技術に裏打ちされている。(はてなブログMediaに関する記事はこちら)
はてなでは、「BrandSafe はてな」のリリースに合わせ、アドテク専門チームも発足させている。「BrandSafe はてな」に続くソリューションは「絶賛開発中」(大久保氏)とのことだが、リターゲティングを始め、広告主と媒体社の収益に還元する新たな仕組み開発に余念がないそうだ。前述のような、「大震災の報道ニュースの横に、住宅メーカーの広告が出ていた」などの、広告主にとってネガティブなコンテンツに広告を表示しないための技術開発も進めているという。
「ネット広告を始め、インターネット世界の健全化が保たれない限り、ユーザーの世界も守られません。はてなは、インターネットサービスをけん引してきたその恩恵を、インターネット世界の健全化に向けて還元したいと考えています」と大久保氏は語った。