映画のヒットを生み出す評論と音楽
映画作品のポジショニングマップと作品に対するエンゲージメント数を合わせて見ると、「シン・ゴジラ」は、もともと潜在ユーザー数が多かったことがヒット要因となっていることがわかります。また、実際に映画を見たユーザーたちが、庵野監督が描くゴジラ映画の作品性に対する熱量を持った議論を行い、その高い評価が興行収入を押し上げた「評論エンゲージ」パターンだったことが分かります。
確かに同作品は、「エヴァンゲリヲンとの共通テーマ」「日本の特撮」「安全保障」「災害」「行政」など、様々な角度で“語りがいのあるストーリー”を持っていました。それだけ、旧作ゴジラファンをも唸らせる作品の出来栄えであったことが、“評論”の熱量の増大につながったと考えられます。
対して「君の名は。」は、新海誠の前作の興行収入からも分かるとおり、潜在ユーザー数は高くなりにくかったはずです。しかし、「RADWIMPSの音楽」とのコラボレーションによって、RADWIMPのファンをはじめとした若年層の音楽ファンが潜在的ユーザー数を押し上げたと考えられます。
さらに、多くのユーザーは観覧後、RADWIMPSの音楽の話題とともに「泣ける」「感動する」といったシンプルな感想をSNS上で拡散させており、その評判を見た新たな層が映画館へと足を運ぶきっかけとなっている可能性が十分にあります。
実際に「君の名は。」では、新海誠アニメとRADWIMPSの音楽が絶妙な世界観を作り出しており、単なるタイアップの域を超えたコラボレーションムービーであることは明らかです。製作サイドのインタビューなどを読むと、今回の映画製作に当たっては、新海誠が好きなミュージシャンとしてRADWIMPSの名を挙げ、それに応えたRADWIMPSが、脚本をベースにゼロから新曲を書き下ろしたとのこと。
彼らは、自身のニューアルバムを「君の名を。」としたほどで、アニメと楽曲の世界観が緻密に折り重ねられるように一つの映画を作っていったそうです。そうした作り手の狙いが、RADWIMPSファンをはじめ多くの若者を巻き込み、予想を超える大ヒットへとつながったと思われます。
今後ますます侮れなくなるクチコミ
今回は、映画作品のヒットの理由をソーシャルエンゲージメントの中身を分析することで紐解いてきました。もちろん、作品自体が観客の心を強く打つ内容であったことは両作品ともに共通していることはいうまでもありませんが、「戦略的潜在ユーザーの獲得」「クチコミ・評判によるヒット形成」「ヒットの世の中ごと化による大ヒット」というシナリオは、同タイミングで公開された邦画「シン・ゴジラ」と「君の名は。」においても、全く異質であったといえます。
ユーザーのクチコミが物事の選択を左右する傾向は、今後ますます強くなっていくと予想されますが、単にクチコミのボリュームやその推移、特定のプラットフォーム(例えばTwitterのみ)の数値を分析するだけでは、現象の正確な中身を捉えることはできません。「どこで」「誰が」「何を」語り、どのようにソーシャルエンゲージメントが起きているのかに目を向けることが非常に大切であり、その文脈を正しく捉えることで、エンゲージメントされるコンテンツ制作のヒントが見えてくるはずです。
