マーケターを取り巻く状況は激化の一途
テクノロジーが進化し、デジタルマーケティングが経営戦略として注目されるようになって10年以上経つ。普通、技術が進歩すれば業務効率が上がり、経営成果も出しやすくなるが、マーケティングに関していえばむしろ逆、少なくとも状況は複雑になっているようだ。チーターデジタルのChief Marketing Officer(CMO)北村伊弘氏は、次のように語る。
「技術進歩により、さまざまな局面においてマーケティングの可能性が広がっています。これによってマーケターを取り巻く環境や課題も変化しつつあります。具体的には次の3点です」(北村氏)
1つ目は、マーケティングテクノロジーが細分化し、多くのツールが市場に出回るようになったこと。以前は、マーケターがやりたいことがあってもそれを実現できるツールがないということも多く、その際はSI企業への発注や自社開発などで対応していた。現在は選択肢が増えた反面、今度は「どれを選んだらいいかわからない」という課題が生まれているという。
たとえば一口にマーケティングオートメーション(MA)といっても、各々のコンセプトが異なり、仕様面に大きな違いがあることが多い。また、一見カテゴリが異なる製品でも、同じ機能が実装されているケースもあり、目的に合った製品を探し出すだけでも一苦労だ。
2つ目は、さまざまなデータを取得できるようになったこと。購買データだけでなく、Web行動情報や、リアルの行動履歴なども取得できるようになり、データ活用の範囲と幅が拡大した。
ただ、これらのデータが一元管理されているかといえば、必ずしもそうなっていない。たとえば、「既存の会員とLINEを通じてつながったLINE会員との連携が取れていない」といったようなケースも多い。こうした課題を解決しなければ、本来ならばさらに広がるはずのデータ活用もあまり進まない。
3つ目は、他社の成功事例を含め、さまざまな情報が得られるようになったこと。他社の事例を参照することで施策のアイデアについてヒントを得ることはできるが、その反面「情報の活用方法を誤り、本質的な自社の課題解決に活かさず、手段を目的化してしまう可能性があります」と北村氏は語る。
課題解決までのシナリオを、どう設計するか
こうした状況や課題の中で、マーケターは何をするべきなのだろうか。
北村氏はこの問いに対し、「マーケターに求められるのは、自社のマーケティング課題解決や目標達成に向け、考えられるさまざまなアプローチから『最適な解決方法をデザインする』こと」と説明する。
かつては実現し得るソリューションが限定的で、ツール導入によって解決できることも現在に比べシンプルだった。そのため、解決方法によって効果が大きく変わるということはそれほど多くなかった。
ところが現在は、実現できるマーケティング施策の幅が広がり、実現手段の選択肢も増えた分、「何を選ぶか」「どのツールを組み合わせるべきか」「どのようにデータを統合し活用するか」など、「どうやって(How)」の設計が成果に大きな影響を与える。
そこで次に出てくるのは、「どのようにHowを設計するべきか?」という課題だ。
ベンダーの知見に頼るのも必要なスキル
北村氏は、戦略を設計する有効な手段として、「当社も含めて、ベンダーを上手に利用すること」を勧めた。なぜなら、ベンダーは数多くの事例をこなしているため知見を有しており、製品についても精通しており、しかもベンダーの中には、これまでのようにツールの提供に終始するのではなく、クライアントの成果を上げるパートナーとしてそのスタンスを変えてきているものも多いからだ。
チーターデジタルの場合、BtoC向けMAを提供しているベンダーとして、世界15カ国で事業を展開。特徴は、長い業界経験を持つ従業員が多い点だ。
「この業界は人材の流動が激しいのですが、当社の場合、5年以上在籍している社員が4割以上いて、長期にわたってクライアント企業と付き合っています」(北村氏)
同社の主力製品は、「CCMP」(Cross-Channel Marketing Platform)と呼ばれるBtoCマーケター向けのMAツール、そしてメール配信システムの「MailPublisher」だ。そして、これらのツールを活用したマーケティング戦略コンサルティングや運用代行、コンテンツ制作などの専門サービスも併せて提供している。この知見をもとに、さまざまなBtoC企業のマーケティング課題解決に貢献しているという。講演の後半では、実際にクライアント企業と共にマーケティング課題を解決した事例が紹介された。
モバイルシフト化が進む顧客に向け、ブランド体験を再設計
まず北村氏は、米国のアパレル企業であるAMERICAN EAGLE OUTFITTERSの事例を取り上げた。同企業は、コアターゲットである15歳から25歳の顧客がモバイルシフトしており、その対応に追われていた。
こうした課題を受け米チーターデジタルは、スマホの特性の一つである「オンラインとオフラインをシームレスにつなぐこと」をコンセプトにした新しいブランド体験の構築を提案した。活用したデータは、会員情報と商品データ、そして店舗情報。これらをもとに、シームレスなブランド体験を設計するための要件定義を行った。その施策は、「RTB(Reserve・Try・Buy)プログラム」と呼ばれている。
RTBプログラムでは、スマホで商品を閲覧し、気に入った商品があればそのまま取り置き申し込み(Reserve)し、後日その商品をリアル店舗で実際に試着(Try)、購入(Buy)することができるというもの。取り置きされた商品は、メールやSMSを通じて告知され、在庫がある店舗を通達する。当然、基幹システムにある在庫情報とも連携しているわけだ。
「基幹システムに開発の手を入れて通知メールを送ることもできますが、このケースでは、RTBプログラムの実現にあえてマーケティングツールを導入しました。ツール内に予約履歴や閲覧履歴など行動パターンが蓄積されるので、そのデータをもとに次の施策に活かすことができます。将来の新たな施策への活用も念頭に入れてツール導入を判断したわけです」と北村氏は説明する。
一斉メールの効果を維持し続けるシナリオとは
さらに、北村氏は国内事例として、温泉宿を中心とした宿泊予約サイト「ゆこゆこネット」のケースを挙げた。同社では、キャンペーンの通知を一斉メールで配信し、予約件数を増やしていたが、「キャンペーンメールの予約はキャンセル率が高い」という課題を抱えていた。
上記要因の仮説としては、「大勢に一斉に送るメールの場合、多くのお客様の『温泉に行きたい』ニーズを手っ取り早く喚起できる反面、時間の経過と共にさまざまな理由で最終的にキャンセルするお客様にも同様に訴求してしまう」という理由が考えられた。
そこでゆこゆことチーターデジタルは、「温泉に行きたい」と思って予約した後に、その気持ちを宿泊まで維持できるコミュニケーションの確立を目指した。「行きたい」という気持ちを維持すれば、キャンセル件数を抑えることができる。
チーターデジタルでは、会員属性データや予約情報、予約先の情報や観光情報、天候などさまざまなデータを活用して要件定義を行い、キャンセル抑制のためのシナリオ設計をゆこゆこと共に行った。
具体的には、宿泊予約をした翌日から予約したプランの料理や部屋等の予約詳細情報を届け、そこから宿泊前日まで、宿の近隣情報やお勧め観光スポット、天候などの情報をメールで配信するというもの。名付けて「ホスピタリティ・プログラム」だ。
これにより、キャンセルの抑制につながったことはもちろん、会員からコンタクトセンターへお礼のメールが入るようにもなったという。また宿のパンフレットを配信したメールは、開封率が80%を超えるなど、受信者側にとっても有益な情報提供ができていることがわかる。
北村氏は「メルマガの大量配信は否定されがちですが、顧客へのリーチが広い分、ある程度の効果は期待できます。一方、ご利用いただくお客様へのきめ細かな対応でフォローするプログラムを追加することで、お客様とのエンゲージメントを向上することも重視しました」と説明する。
購買可能性を広げるMAの使い方
国内事例ではもう1つ、「ららぽーと」や「三井アウトレットパーク」などのショッピングモールを運営している三井不動産の例がある。三井不動産では2017年11月、リアル店舗と融合した新しいコンセプトのファッションECモール「Mitsui Shopping Park &mall」(以下、&mall)をオープンした。
&mallの目標は、デジタルでもリアル店舗と同じように、会員一人ひとりの行動履歴に基づいた接客を行うことで、顧客ロイヤルティとエンゲージメント向上につなげること。その実現のため、チーターデジタルはMAの活用を提案した。
MAのメリットは、さまざまな顧客のデジタル行動履歴を統合し、その結果を施策に展開できること。さまざまな施策を展開しているという同社だが、その施策の1つとして、「プライスダウン通知メール」を行っている。これは、閲覧していた商品が値下げされた際、メールで通知を送るという取り組みだ。
プライスダウンの通知は、もとの価格が希望に添わないというケースには有効であるものの、そもそも閲覧商品を購入しなかった理由は価格が合わなかったからとは限らない。
そこで&mallでは、プライスダウンの商品だけでなく、レコメンドエンジンとも連携し、関連商品の情報や、店舗のクーポンも加えて一緒に送信することにした。これにより、単に値下げで需要を喚起するだけでなく、購買可能性を大きく広げることに成功した。
顧客側も、価格だけでなく、「類似の商品」や「色違い」などの選択肢があれば、検討しやすくなる。
ここまで3つの事例について解説があったが、全てに共通するのは、マーケティング目標の達成、あるいは課題の解決などの実行面(「どうやって(How)」)に際し、ベンダーをうまく利用する術を心得ている点だ。データの蓄積・活用、シナリオの設計には高度なノウハウが必要になる。「ノウハウ不足だと感じる部分に関しては、ぜひベンダーをうまく活用してほしいと思います」と北村氏は話し、講演を終えた。