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1人の顧客からアイデアを得て広げるN1分析とは? 『実践 顧客起点マーケティング』セミナーレポート

 4月8日に発売となった『実践 顧客起点マーケティング』。スマートニュースの西口一希さんが培ってきたN1分析という手法を解説した本書の出版記念セミナーが4月10日に開催された。講演では本書の内容とスマートニュースの事例が紹介され、クロストークではzonariの有園雄一さんから質問が投げかけられたセミナーの様子を紹介する。

たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング』の出版記念セミナーは、著者の西口一希さんが務めるスマートニュースのセミナールームにて開催となった。前半の講演では本書のエッセンスが語られ、その手法を活かしたスマートニュースの事例が紹介された。

 後半のクロストークではzonariの代表執行役社長で電通デジタルの客員エグゼクティブコンサルタントを務める有園雄一さんが登場。本書を読んで抱いた質問が投げかけられ、西口さんがそれに答えるという形で進行。表では言えない話はイベントの醍醐味ではあるが、実際にここでは書けない話が頻出したため、こちらについてはポイントを絞ってお伝えしたい。

まず顧客層の全体像を捉える

 西口さんはP&Gに勤めたあと、ロート製薬、ロクシタン、そしてスマートニュースへと転職し、みずからも起業してマーケターとしてのキャリアを歩んできた。その中で担当したブランドは、コンサルティングも含めて100以上。必ずしも成功ばかりではなかったというが、そうした試行錯誤から本書の核となる「N1分析」が編み出された。N1分析は1人の顧客を深く知り、そこからアイデアを掴んで実践に落とし込むという手法。これはロート製薬時代の経験で培われた部分が大きいという。

西口一希さん
西口一希さん

 西口さんは最初、マーケティングに関する2つの懸念を示した。1つは、手法論が先行しているのではないかということ。テクノロジーの発展による次々と新しいツールやサービスが登場するため、その把握や使いこなしに時間を取られ、どうしても目的や戦略よりも個別の手法に意識が向きがちになってしまうのだ。

 もう1つは、組織の分断について。マーケティングにおいてはマスとデジタル、販売促進とブランディング、あるいは短期投資と長期投資に対立があるとされる。いずれも双方は敵対するような考え方ではないが、異なる部署が担当することも多く、それが対立構造の原因になることもある。

 こうした課題はなぜ生じるのか。それがつまり、マーケティングにおける最大の課題だ。西口さんは、顧客不在がすべての原因だと言う。マーケティングも経営も顧客不在で、それゆえに手法論が先行し、組織の分断が起きていると。だからこそ、西口さんは本書で顧客起点のフレームワークを提示したのである。

 顧客起点というからには顧客のことを知らなければならない。では、どういう人について知るべきなのだろうか。西口さんは多くの人が顧客をロイヤル顧客、一般顧客、離反顧客という、下図の顧客ピラミッド(5セグマップ)で定義する上位3層としてしか認識できていないという。

顧客ピラミッド
顧客ピラミッド(本書より)

 この図は購買頻度をもとにした顧客層の全体像を表している。下位2層の認知・未購買顧客と未認知顧客を知ることは非常に重要だ。なぜなら、たとえばある年に離反顧客がたまたま1度だけ商品を買う、一般顧客がたまたま多く商品を買うといったことが起きて売上や顧客比率に変動があった場合、それが翌年の売上にも反映するかどうかはわからない。むしろ、また離反顧客や一般顧客に戻ってしまうかもしれない。下位2層を認識できていないと、この現象を説明できないのだ。

 また、上位3層はイノベーター理論で言うところのイノベーターやアーリーアダプターが大半で、この層に支持されているだけではキャズムを超えられていない場合がある。立ち上がって5年くらいのブランドだと、その傾向は顕著だという。事業の成長にとってアーリーマジョリティやレイトマジョリティの存在は言うまでもなく欠かせない。多くのブランドがこの層を確保するまでに投資を諦めてしまうと西口さんは言う。

 この顧客ピラミッドが認識できれば、そこには5つの戦略があることが見えてくる。ロイヤル顧客のスーパーロイヤル顧客化、一般顧客のロイヤル顧客化、離反顧客の復帰、認知・未購買顧客の一般顧客化、未認知顧客の顧客化だ。ブランドを成長させるには、一般顧客を増やしながらロイヤル顧客を増やさなければならない。

 スマートニュースは2017年時点で認知・未購買顧客と未認知顧客が圧倒的に多かったが、戦略や施策はどうしても上位3層向けになってしまいがちだったそうだ。そのため、ロイヤル顧客への施策が多くなり、情報やコンテンツが飽和してかえって彼らが離反してしまいかねなかった。なので、まずは下位2層を認識することから始まったという。

5つの顧客層をブランド選好にもとづいて9つに分解

 ただし、購買頻度だけでは顧客を知るには不十分だ。西口さんはこれに9セグマップの考え方を導入する。これは、顧客ピラミッドで5つのセグメントに分類した顧客をブランド選好にもとづいて9つのセグメントに分解する手法だ。

 ブランド選好は「次回も同じブランドを買いたいか」という質問によって把握でき、肯定と否定によってブランドに対して積極的か消極的かを判定する。これを顧客ピラミッドの上位4層で調査し、8つのセグメントを作る。それに未認知顧客を足して、9セグマップが完成する。

9セグマップ
9セグマップ(本書より)

 実は、そのブランドが大好きなロイヤル顧客でも、かなりの人たちが「次回は異なるブランドを買う」と答えるそうだ。ここにマーケティングやブランディングの本質的な課題がある。好きかどうかよりも、次も買いたいと思ってくれる積極ロイヤル顧客を増やさなければならない

 9セグマップにもとづくと、どんなアイデアが販売促進において効果的か(9セグマップにおいて左から右に遷移)、またブランディングにおいて効果的か(下から上への遷移)を検証することができる。顧客を右上に遷移させることを意識する必要がある。

 この9つの顧客層が見えたところで、各層においてどんな施策を行うべきかを検討する。そのために、各層に存在する1人の顧客に焦点を当て、徹底的に分析する。平均値でも架空でもない、具体的な1人を分析するこの手法をN1分析と呼ぶ。

 たとえば、積極一般顧客に当てはまる人に対してN1分析を行うと、消極一般顧客や積極離反顧客を積極一般顧客に育てるアイデアがもらえるかもしれない。アイデアが得られれば、それを商品の便益と組み合わせてコンセプトを作り、コンセプトテストを行う。ターゲット層の人たちがどれくらい商品を買ってみたくなるかを定量化するのだ。少数にしか当てはまらないニッチなアイデアなのか、それともより多くの人の心を動かせる強いアイデアなのかが判別できるだろう。

 9セグマップで顧客層を理解する最大の利点は、誰に何を尋ねればよいアイデアを見つけられるかの検討ができることだ。もし適当に捕まえた顧客に商品のいいところを訊いたとしても、そのアイデアがどんなターゲットに有効なのかはわからない。下手をすれば、ターゲットがいないメディアでそのアイデアをもとにした広告を打ち続けてしまうということもありうるのだ。

スマートニュースが取り組んだ施策

 西口さんはN1分析でマーケティングを推進した具体的な事例として、スマートニュースで取り組んだ施策について紹介。同社では社名と同じニュースアプリ「スマートニュース」を展開しているが、そのCPI(Cost Per Install)が2016年頃に天井を迎え、成長が鈍化していた。これをスケールさせるにはデジタル施策では限界があったものの、テレビCMを利用すべきか判断できなかったという。

 そのため、まずどのセグメントに投資するかを見極めようと、ブランドイメージの調査から開始。しかし、思っていた以上に強いブランドイメージを持たれていなかったことがわかったそうだ。知っている人は利用頻度が高いが、そもそも知らない人が多かったという。

講演

 5セグマップで顧客層を分解してみると、認知・未購買(未使用)顧客が競合に比べて少なく、やはり未認知顧客が多いことが判明。だが、認知してくれていない人に対するオンライン広告は効果が低い。ともすれば、CPIにおいて認知してくれている人と比べて2倍近いコストが必要となってしまう。

 一方で、ロイヤルユーザー自身はスマートニュースに対して独自性を感じており、競合と棲み分けができていたことも明らかになった。ところが、会社としてそのことに気づけておらず、競合が強みを持つ領域に施策を仕掛けて失敗しているケースが多く見られた。そこで、各セグメントにおいてN1起点でアイデアを創出。定量的なコンセプトテストを行い、どの層がどんな反応をするのかを検証した。

 5セグマップの上位2層、一般顧客とロイヤル顧客がいい反応をするアイデアはロイヤリティの拡充に効果がある。下位3層、離反顧客、認知・未購買顧客、未認知顧客が反応するアイデアは新規獲得に効果がある。この理解から、「知られていない」という課題を解決するために有効なコンセプトが見えてきた。それは、テレビCMを起点にデジタル広告を組み合わせた統合マーケティングだった。

 スマートニュースでは「朝1分のニュースが人生を変える」というメッセージを前面に出し、複数のテレビCMを制作。クリエイティブや放映日時ごとの効果を検証しながら最も効率的な選択肢を探し、「英語ニュースが原文で読める」という強いアイデアを見極めて、投資対効果を高めていった。

 結果として、テレビCMは認知向上と新規獲得において非常に良好な成績を上げた。オンライン広告との相乗効果も上々で、統合マーケティングという方向性は成功を収めた、と西口さんは語る。

クーポンチャンネルで認知・未購買顧客を一般顧客へ

 もう1つのN1分析事例として、西口さんはスマートニュースにクーポンチャンネルを実装した際のマーケティングについて話してくれた。

西口一希さん

 もともと希望する声があり可能性を感じていたというクーポンチャンネル。芸人コンビの千鳥を起用したテレビCMで一気に認知拡大を図り、相当の投資をして一定の成果を収めたが、テレビCMとデジタル投資を継続して積み上げてもどうしても動かない認知・未購買顧客が多く存在し、この顧客層をどうすれば動かせるかが課題に挙がり続けていたそうだ。認知してくれているのになぜアプリを利用してくれないのか、それを知るためにN1分析を行ったところ、「20円や30円といった少額の割引ではアプリを利用しようとまでは思わない、半額なら使う」というアイデアを得ることができたという。

 そこで「半額」を強調したテレビCMを制作。また、使い方がわかりづらいという声もあり、同じCM内で使い方を説明することにした。実際には簡単なので、15秒のテレビCM内で十分に説明が可能で、かつ半額というメッセージも届けることができた。これにより、かなりの数の認知・未購買顧客が一般顧客になってくれたのだ。

 しかし、それでもまだアプリをダウンロードしてくれない人たちがいた。どうすればテレビでもデジタルでもコミュニケーションできない人の興味を惹くことができるのか? さらにN1分析をしてみると、その人たちはテレビは流し見で、スマホはデフォルトのアプリしか利用していないことがわかってきたという。そこで、その層が情報源として利用している新聞に着目、新聞広告と折込チラシを利用することに。このアイデアが活き、新規顧客を取り込むことができたのだった。

 以上のように、5セグマップ、そして9セグマップに顧客を分類することで、どの顧客に対して何をすべきかという焦点が見つかる。すると、アイデアが出てくる。アイデアをコンセプトに落とし込み、定量的にテストすることでどれくらい効果があるか予測できる。それによって経営判断ができ、投資が可能となる。しかも投資に見合った収益があるので、成長し続けれるというわけだ。

 ただし、上記の施策ではクーポンチャンネルをアピールしすぎたことで一般顧客のロイヤリティが低下してしまったという。全体的なブランド認知やブランド選好は向上したので、今後は統合マーケティングの知見をもとにブランディングに注力していきたいとのことだった。

西口さんのルーツとパラレルワールドの真意

 セミナー後半のクロストークでは有園さんが登壇し、本書を読んで抱いた疑問を西口さんにぶつけた。有園さんは、本書のようなロジカルな手法や考え方は若い頃からマーケティングに対する情熱やバックグラウンドがないと作り上げられないのではないかという疑問が湧いたという。

有園雄一さん
有園雄一さん

 だが、西口さんは学生の頃からマーケティングや経営を学んでいたわけではなく、あるきっかけがあってP&Gに入社し、そこからマーケティングについて学んでいったそうだ。そのきっかけとは、学生時代に起業した家庭教師の派遣事業でトラブルがあり、経営を学ばなければならないと痛感したことだという。

 そして西口さんは有園さんの「本書のN1は誰ですか」という質問に、29歳のときの自分だと答えた。つまり、同社で数多くの失敗を積み重ねていた頃の自分だ。特に印象に残っているのが、新商品の担当になったときのこと。新商品の開発とマーケティングを担当することになったものの、発売して半年足らずで撤退することになってしまったのだという。

 西口さんは「データやロジックには破綻がなかったのにうまくいかなかった」と振り返る。その経験があったため、次のチャンスをもらったときはデータを気にせず自分の好きなことをやってみたそうだ。すると、うまくいった。不思議な感覚だったという。

 有園さんから「29歳の自分に本書から何を学んでほしいか」と問われ、西口さんは「1人の顧客から始めること」と返答。1人の顧客を驚かせ、喜ばせるとだいたいうまくいくと。データだけを見るとどうしてもマス思考になり、最大公約数的な施策が多くなって鋭さを失ってしまう。たった1人に焦点を合わせるのは不安かもしれないが、それを検証し補強するフレームワークが本書で紹介している顧客ピラミッドや9セグマップだと来場者にメッセージを送った。

遠景
モデレーターはMarkeZine前編集長の押久保剛(左)が務めた

 また、有園さんは本書の「第5章 デジタル時代の顧客分析の重要性」で登場するパラレルワールドの考え方に注目。西口さんは、スマホによって旧リアルワールドに生きる人と新リアルワールドに生きる人の間に分断が起きており、それをパラレルワールドと呼んでいると説明する。

 旧リアルワールドとは情報源がマスメディア中心で、スマホはあくまで必要なときの連絡手段と捉える世界観。新リアルワールドは、起きている時間はほとんど常にスマホに触れ、友達と喋りながらスマホでは動画を観ているような世界観を指す。これは世代間の分断としても表れており、同じ物理空間に生きているにもかかわらず、上の世代には下の世代がどういう世界観で生きているのか見えず、逆もまた然りという状況になってしまっている。

 スマートニュースがテレビCMや新聞広告に取り組んだのも、こうしたパラレルワールドの考え方があったからだ。実は顧客ピラミッド、9セグマップ、N1分析は、世代間のギャップを認識しパラレルワールドを克服していくための手法として有用だと西口さんは言う。本書も第5章の内容から説明し、現在の状況において有効なマーケティング手法としてN1分析を紹介することも検討したが、最終的には本書の「アイデアとは何か」という説明から始める形に落ち着いたそうだ。

 クロストークでは他にも、スマートニュースをあまり利用していないと吐露した有園さんに対して西口さんが鋭くインタビューしインサイトを掴もうとする一幕もあった。まさにN1分析のリアルな現場を見ることができ、来場者にとっても印象的なシーンだったのではないだろうか。N1分析の詳細を学びたい方は、ぜひ本書『実践 顧客起点マーケティング』を読んでみてほしい。

実践 顧客起点マーケティング

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たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング

著者:西口一希
発売日:2019年4月8日(月)
価格:2,160円(税込)

本書について

たった一人の“N1”を分析する「顧客起点マーケティング」から未購買顧客を顧客化、さらにロイヤル顧客化する「アイデア」をつかむ。本書では著者の西口一希氏が確立したフレームワークの理論と実践を全公開します。

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この記事の著者

渡部 拓也(ワタナベ タクヤ)

 翔泳社マーケティング課。MarkeZine、CodeZine、EnterpriseZine、Biz/Zine、ほかにて翔泳社の本の紹介記事や著者インタビュー、たまにそれ以外も執筆しています。

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

【AD】本記事の内容は記事掲載開始時点のものです 企画・制作 株式会社翔泳社

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MarkeZine(マーケジン)
2019/05/09 08:25 https://markezine.jp/article/detail/30846