行動経済学を学ぶ際のポイントとは?
楠本:おっしゃるように、行動経済学とは強力なだけあって、利用者にとっての利便性だけでなく、提供側が「倫理的な観点」にも気を付けるべきというのは1つのポイントですよね。それでは、実際に行動経済学を学び、実践していきたいマーケターに向けて、各種理論の大枠をつかむためのポイントがあればお聞きしたいのですが、いかがでしょうか。
大竹:行動経済学というのは、いくつかの基本的な考え方で構成されています。行動経済学者のダニエル・カーネマン氏とエイモス・トベルスキー氏が、1979年に提唱した、不確実性下での意思決定を行う際に、人間本来の認知バイアスを取り入れた意思決定モデルである「プロスペクト理論」は代表的な考え方の1つです。
このモデルには2つの根幹となる考え方があります。1つは、参照点を境に損すると伝えたほうが好まれるのか、得すると伝えたほうが好まれるのかが変わってくること。もう1つは、確率についての考え方が数学とは違い、人間の特性を加味して考える必要があるということです。
行動経済学に関する本の多くでたくさんのキーワードが出てきますが、ほとんどはプロスペクト理論をはじめとした概念の派生に過ぎません。私が執筆している書籍では4つの概念をもとに話を進めています。そのため、まずは概念となる理論を学んでいただくことが一番の近道だと思います。
行動経済学の間違った取り入れ方
楠本:最初から各論に入るのではなく、その源流に当たる理論から押さえていくことが重要とのことですね。かなり様々な理論が存在しているように見えるので、先ずは大元から辿るべきというのはわかりやすいアプローチです。続いて、行動経済学を取り入れる際に良くある失敗例があれば教えてください。
大竹:たとえば、ある病院では予約したのに来院しない患者さんが多く発生している課題がありました。その課題に対し、病院は「予約したのに来ていない患者さんが○○人いました。」と掲示を出していました。
しかし、これは行動経済学的には誤りで、赤信号をみんなで渡れば怖くないのと同じように、「○○人が無断でキャンセルしているなら私もキャンセルしていいや」とむしろ事態を悪化させる施策になっていたのです。
その状況に対し行動経済学者は、「先月○○人の方が予約した時間に来てくれました。ありがとうございました」とメッセージを変更しただけで無断キャンセル数の改善に成功しました。
現在の新型コロナウイルス対策にもこのような取り組みは応用できると思っています。例を挙げると、現在は前回と比べて人流が増えた割合を伝えることが多いですが、きちんと減っている街を取り上げたほうが「みんな外出していないんだ」と自粛を促せると感じています。
楠本:非常にわかりやすい失敗例ですね。そのような、行動経済学の採用失敗例を減らすために、実務家として、何に気を付けるべきでしょうか。
大竹:今回のケースで言えば、人は社会規範に従うという特性を知っておくこと、そして多数派の行動を示してあげることが重要ということですね。もちろん、どちらの数字を見せるべきかは人々の参照点によって異なりますが、数字の表現1つで得られる効果は大きく変わってくるのです。