「創造 貢献」を理念に、価値ある製品を提供してきたカシオ
MarkeZine編集部(以下、MZ):カシオ計算機(以下、カシオ)さんといえばG-SHOCKが思い浮かびますが、まず現在の事業領域や、主力商品の顧客の特徴などをうかがえますか?
石附:BtoCでは腕時計を中心に電子辞書や電子ピアノなど、またBtoBでもレジやハンディターミナルなどの複数種の製品を提供しています。主力商品はG-SHOCKを中心とした腕時計で、熱心なG-SHOCKファンや腕時計ファンの方がいらっしゃる一方、ライトユーザーやプレゼント目的で購入される方もいらっしゃるなど、顧客の裾野が広いのが特徴ですね。
MZ:2021年3月にWebサイトをリニューアルされましたね。御社におけるWebサイトの位置づけと、そもそもどういった方針の下にリニューアルに踏み切ったのか、教えてください。
石附:現在、当社のWebサイトは基本的にECサイトになっており、重要な販売チャネルのひとつです。同時に、サイトを見て流通店舗で購入される方もいらっしゃるので、商品紹介の役割や、購入後のサポートの役割もあります。
当社は経営理念に「創造 貢献」を掲げ、創造的で独創的な製品を提案してきた自負があります。ただ、やはりこれだけデジタル化が進み顧客が多様化すると、従来通り“いいものをつくればいい”というわけではないとも感じています。
そこで当社のDXの方針として、もっと顧客と直接つながり、データを取得・統合管理して活用して、顧客中心のバリューチェーンを築くことを掲げました。その直接つながる場として、Webサイトは一層重要になります。
しかし、前述のように顧客層が幅広いだけに、これまでは個々の方に最適かつ豊かな顧客体験を提供しきれていませんでした。そのため、顧客データを取得し、個別のご要望に合った情報を提供しながら、より豊かなサイト体験へと改善していくことを主眼に、リニューアルを計画しました。
テキストクローリング型の検索では限界がある
MZ:顧客の裾野が広い、というお話がありましたが、腕時計に詳しくない人にとっては、適切に欲しい商品やイメージを検索するのが難しいことも多いですよね。
石附:そうですね。雑誌などで見て「いいな」と思っても、型番や特徴を正確に覚えていらっしゃるわけではないので、探すのが難しい状況がありました。そうした方と、既に商品を絞り込んで迷っている方、使い方を知りたい方などが混在しています。なので、当社のサイト体験を向上させるためには、せっかく興味を持って訪れた方が、知りたい情報にすぐにたどり着ける「検索システムの充実」がまず大事だと考えました。
MZ:以前使っていた検索システムだと、具体的にどういったところが問題だったのでしょうか?
石附:以前は一般的なテキスト全文検索のシステムを使っていました。ただ、その場合、主に2つの問題がありました。ひとつは、キーワードで検索してもページ単位で候補が挙がるので、そのページのどこに欲しい情報があるのかわからないこと。この場合、キーワードが漠然としていると使えない、という難点もありました。もうひとつは、G-SHOCKは各商品を型番で管理しているので、仮に「MT-G」という商品のマニュアルが読みたくても「MT-G」が入っているページが列挙されてしまうことでした。
2020年のデータだと、検索に対してクリック率が3割ほどで、検索した方の7割が離脱している状況でした。目的のページにたどり着かないと不満が残り、ロイヤルティが下がっていくので、この引き上げが急務でしたが、テキスト検索だとこれ以上は難しいという頭打ち感もあったのです。そこで、この状況を改善する、検索の精度が高く柔軟性があるシステムを探して「Yext Answers」を知りました。
顧客の検索意図をAIが汲んで最適化する「Yext Answers」
MZ:「Yext Answers」は、AIの自然言語処理を活用した検索システムですよね。テキストクローリングのように機械的ではなく、ユーザーの検索意図を汲んで最適化した選択肢を提供する、と聞きました。
石附:そうですね。私が最初に「Yext Answers」のサイトを見たときに感動したのは、おっしゃる通り本当にユーザーの意図を踏まえた提案と表示の仕方になっていることでした。提示されていた例ですが、「アメリカンクラブ カロリー数」で検索すると、テキスト検索だと当社の以前のサイトのように不必要なページもすべて羅列されてしまいますが、Yextではカロリー数がまず提示され、次にメニューの紹介が出ていました。
また、米国のキャンベル社のサイト内検索も、顧客の視点でとても使い勝手がよかったです。「トマトスープ」で検索すると、製品だけでなくレシピやFAQがカテゴリー別に見やすく表示されていました。
MZ:なるほど、それだと自分が欲しい情報もすぐ見つけられ、ランディングした先が意図と違うということも少なさそうです。顧客の意図を汲み、検索体験を向上する点が、導入の決め手になったのですか?
石附:はい、決め手のひとつです。加えて、「Yext Knowledge Graph」というデータベースが、既に使っていたAdobe製品と容易に連携できることも大きかったです。当社は製品数が非常に多く、新しい製品が出る度に相当量の製品データをデータベースに追加するので、データの扱いと活用が円滑にできることは重要でした。
Yext検索からの商品購入率が約3倍に
MZ:では、Yextを導入した成果をうかがえますか?
石附:導入とともに、サイト全体のUI/UXを見直したり検索を少し目立たせたりといった工夫もしていますが、それを差し引いても、数字で目に見える成果が現れています。まず、検索件数が旧サイトの3倍以上に伸びました。
全訪問のうち、検索を使う人自体はまだ7%と低いものの、以前は3割ほどだった検索後の候補ページのクリック率が、4割近くに改善しています。そして、検索から最終的に商品購買につながった人を比べても、CVRが3倍に増加しました。顧客の期待を裏切らず、ニーズに合ったサイトへ遷移していただくという理想的な顧客体験に近づけているのではないかと思います。
MZ:これは、手応えのある数字ですね。
石附:そうですね、期待以上でした。さらに、直近3月上旬までの実績で、既に売上の25%がYext検索を使った人によるものでした。検索行為をすること自体、興味が高いことの表れではありますが、それでもサイト訪問全体の7%の検索ユーザーが、25%の売上を上げているのは驚きました。検索時に提示する選択肢が、しっかりとその人の意図や期待を汲んだものだったからだと思います。やはり、精度の高い仕組みを導入して顧客ニーズに応えれば、購買行動に確実に跳ね返るのだと実感しました。
「スーツに似合う腕時計」などのワード提案で検索を促す
MZ:カシオのサイトは、ECや商品閲覧機能以外に、サポートも役割だとおっしゃいました。「Yext Answers」は商品検索以外にも生かせますが、現在取り組んでいる策などはありますか?
石附:まさに今、FAQや取扱説明書のデータを読み込ませて、サポート目的で来訪した方が検索した場合にも適した情報が出てくるように、整備している最中です。また、サイトリニューアルを機に、グローバルでドメインを統一し、ローカライズするよう整備しました。Yextが言語対応をしている国には基本的にYextへの入れ替えを進め、グローバルでのサイト体験の向上にも注力しています。
加えて、顧客に自ら検索情報を入力してもらうだけでなく、こちらから「こんな検索をしてみてはどうですか」という提案をし始めています。たとえば「自分だけのG-SHOCKをオーダーしよう」「スーツに似合う腕時計」などの文言を、検索欄に出るようにしているのです。
MZ:それはおもしろいですね。こうなっていると、調べたいものがある人以外でも、検索をしてみる動機になります。
石附:はい。我々から、ライフスタイルに合わせた情報や商品を提案できることは、非常に魅力的で価値があると感じています。型番やデザインによる選ぶ方もある一方、シーンを切り口にした検索も、顧客への新しい価値提案につながると思います。
サイト内検索は、完全なGoogle検索やInstagram検索の代替になるわけではないと思います。ただ、当社の場合はG-SHOCKの根強いファンがいらっしゃり、定期的に訪れる方も一定の数になっています。その方々は、目的を持って来るというより「何か新しいものを見たい」意識があるので、我々からの提案がより効果的だと考えています。
期待以上の商品に出会っていただいたり、目的の買い物よりもいい選択ができたと思っていただけたりすると素晴らしいなと。それこそ、予想以上の体験だと思っています。
「楽しいから」「発見があるから」来てもらえるサイトを目指して
MZ:Yext検索の運用を通して、どのような気付きがありましたか? 想定以上だったことなどあればお教えください。
石附:当初は顧客の不満や離反の防止の目的が強かったのですが、思った以上にプラスの成果が現れているのは意外でした。たまたま目当てではない商品にランディングした顧客が、その後にまた検索を通してたどり着いた商品ページで非常に高いコンバージョンを上げているケースが目立っているのです。今までなら、最初のランディングで離反していたと思います。
全体として検索が期待通りに機能していると、このように顧客体験の底上げにもなるのだと実感しました。
MZ:以前なら機会損失していたところ、リカバリーしているのですね。では、今まさに見えつつある可能性や、これから取り組みたいことは?
石附:先ほどの話にも通じますが、欲しい情報を得るのは当然として、検索を通して予想もしていなかったいい出会いがあるとうれしいですよね。今、デジタル領域でいかにセレンディピティを創出するかというテーマが掘り下げられつつありますが、リニューアルしたサイトでは、そんな検索体験を提供できるのではないかと思っています。
併せて先ほどお話しした、グローバルでサイト体験の向上に取り組んで、ワン・プラットフォームとしてのWebサイト運用を進めていきます。当然、そのUI/UXなども改善しますが、ワン・プラットフォームで得られるデータの活用も掘り下げて、顧客への次の提案に生かしたいです。
ひいては、カシオのサイトが情報を得るだけでなく「楽しいから来る」「発見があるから来る」ような存在になれればと思っています。世の中にまだない価値を創造し、貢献してきた我々なので、Webサイトもそんな役割を担えるよう引き続き注力していきます。