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第2回 複雑な世界、単純な法則~ネットワーク思考の最前線~

2006/06/19 12:01

今回はマーク・ブキャナン著の『複雑な世界、単純な法則~ネットワーク思考の最前線~』を書評する。脳細胞からインターネットまで、すべては同じ法則に従ってつながっているということを解き明かした名著である。 複雑な世界、単純な法則~ネットワーク思考の最前線~ マーク・ブキャナン著 坂本芳久訳 発行所 草思社 ISBN: 4794213859 (2005/02/25)

リクエスト募集!
このコーナーでは、読者の皆さんの「気になっているけれどまだ読んでない」「買ってみてハズれたら嫌だな」という本を大屋友紀雄氏が代わりに読んでレビューしてくれます。リクエストがあったらコメント欄にどしどし書いてください!

導入~ハンガリーの劇作家、カリンティ・フリジェシュ『同じものはひとつとしてない』

ハンガリーにカリンティ・フリジェシュという作家がいた。カリンティは大作家の小説や詩などのアンソロジー「のようなもの」を編んだという。実は、このアンソロジーは全てがカリンティの筆によるもので、文体風刺を目的とした本であった。この本はハンガリーで広く読まれ、カリンティはこの本の出版と同時に、ハンガリー文学史における名士になった。

皮肉とユーモアに溢れたこの作家、カリンティは既に名声を得ていたものの、いわゆる代表作と言えるような作品を書き上げられずにいた。周囲もカリンティの大作を待ち望んでいたが、結局、大作は書き上げられることはなかったという。そしてカリンティは、出世作から20年後の1929年、『同じものはひとつとしてない』という短編集を発表した。この『同じものはひとつとしてない』もまた短編集ゆえ、専門家たちの評価を得ることができず、忘れられていってしまう。しかし、その中に収められた『鎖』というひとつの短編は、その後カリンティの予想の範囲外で少しばかり奇妙な運命を辿ることとなる。

カリンティは、『鎖』のなかにこのように書いた。

―-「今日、地球上の人々はかつてないほど互いに接近しあっている。そのことを証明するために、仲間の一人がある方法を提案した。その男は、地球上にいる15億の人から一人の名前を挙げてみたまえと言った。彼はたった五人の知人の輪を介して―しかもそのうちの一人は、彼が個人的に知っている人物だ―名前の挙がった人物にまで鎖をつなげてみせると言うのである」―-

そう、つまりは「地球上の15億の人間は、5人の知人の輪を介してつながることができる」というアイディアを披露したのだった。このアイディアは、当時、大きく扱われることはなかったが、数十年後になって多いに注目を集めることになる。

『鎖』から『6次の隔たり』へ

さて、時代は飛んで1960年から70年代にかけて。ハーバード大学の独創的な社会学者が、奇妙な実験を繰り返していた。その名はスタンレー・ミルグラム。彼の実験は非常に奇妙であり、周囲からは非難の声が上がっていたという。
その実験とはこのようなものである。彼はランダムに協力者を選び、160通の手紙を用意した。あらかじめ決めておいた目標人物の宛先まで、「その人を知っていそうな人」に向けて手紙を投函してもらうよう頼んだのである。まったくの無作為に選ばれた人から特定の人物まで、果たして何ステップで手紙が届くのかを実験したのだった。そして結果は驚くべきものだった。平均して5.5人。つまり、アメリカ国内の任意の二人は、平均して6人を介して繋がっていることを実験で示したのである。こうして、有名な『6次の隔たり』が誕生することになる。ミルグラムがカリンティのエピソードを知っていたかどうかは定かではないが、ミルグラムの実験をきっかけに「世界の人は数人の知人の輪でつながっている」というカリンティのアイディアは、今日に至るまで多くの人に知られることとなる。

実は、スタンレー・ミルグラム自身は、『6次の隔たり』という言葉は一切使わなかったという。この言葉が有名になったのは、脚本家ジョン・グエアが戯曲『あなたまでの6人(邦題)』で取り上げたため、有名になったというのが真相のようである。

本書『複雑な世界、単純な法則』の書評においては、必ずと言っていいほどミルグラムのこの実験が取り上げられる。実際に読んでもらえればわかるのだが、本書でミルグラムを取り上げている箇所は、さほどの分量があるわけではない(むしろ、他の書籍に比べて少ないと言ってもよい)。それでも、「6次の隔たり」という概念は、多くの人の想像力を刺激するのだろう。現在でも本書と言えば「ミルグラム」といった感がある。

なお、本書を著わしたマーク・ブキャナンは、理論物理学の分野でカオス理論と非線形力学の研究に携った後、1995年に『ネイチャー』誌の編集者となり、その後、『ニューサイエンティスト』誌の編集を経て、フリーのサイエンスライターになった人物である。

実は本書『複雑な世界、単純な法則』と、ほぼ同内容の本がアルバート=ラズロ・バラバシによって上梓されている。冒頭に挙げたカリンティのエピソードは、バラバシ著の『新ネットワーク思考』に取り上げられていたものである。バラバシはネットワーク科学の主要な研究に関わった人物であり、ネットワーク科学を理論的に捉える場合には『新ネットワーク思考』の方が体系的に理解しやすい。一方で、ブキャナンは編集者経験もあるためか、特定の学問分野に偏らずにトピックを拾いながら、数式を極力排した記述を行っているので、手始めに読むにはこちらの方が適していると言える。『複雑な世界、単純な法則』を読んで、ネットワーク科学に興味を持ったならば、バラバシの『新ネットワーク思考』も併せて読むと理解が深まるだろう(なお、次回のこのコーナーでは『新ネットワーク思考』を取り上げる予定である)。

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