スピード感と柔軟性が重要、そのための「権限委譲」も
新たなチャレンジは積極的に行うべきだが、物事の「主語」は常に企業側ではなく「お客様」に置く。そのために槇氏が避けているのが、ルールの作り込みだ。
「ルールを厳格にガチガチに作りすぎてしまうと、多様な価値観が目まぐるしく変化するこの現代において、ルールのアップデートにばかり手間取って、変化についていけなくなります」(槇氏)
判断の根底にあるマインドとして「お客様第一」を徹底し、違和感があればすぐに方針転換できるしなやかさを持つこと。逆にうまくいく兆しが見えれば、タイムリーに投資を拡大して一気にドライブしていく。槇氏は、このスピード感と柔軟性が極めて大事だと考えている。
柔軟に変化へ対応するためにも、現場への大幅な権限委譲を進めている。
「私のような上層部の人間が、現場の細かい事象まであれこれ口を挟んでも、現場のリアルな実態がわからないので、スピードを遅らせるだけです」(槇氏)
「マーケティング=経営」で「経営=エキサイティング」
成果を出しつつ2年ほど経った頃、槇氏はCOO(最高執行責任者)就任の打診を受けた。さらにその1年後、CEO(最高経営責任者)へ。マーケティング部門の一責任者から事業のトップへと立場が変わったが、本人に「経営へ移った」という感覚はない。
「私自身、経営は本来めちゃくちゃ楽しいことだと思っています。自分の意思決定や仕事で、世の中や誰かの人生を良い方向へ変えられるかもしれない。若い頃の『こんな仕事をしたい』という純粋な気持ちに、一番ストレートに応えられるのが経営なのです。ですから私にとって『マーケティング=経営』であり、『経営=エキサイティング』なもの。会社全体でも、このマインドを持てるようにしていきたいですね」(槇氏)
今後の経営課題について、槇氏はやや不謹慎に聞こえるかもしれないと前置きしつつ、こう語った。
「世の中の困りごとが増えることは、ビジネスの視点から言えばチャンスだと捉えています」(槇氏)
今後、世の中に流通する情報量はさらに飛躍的に増えていく。情報量が増えれば、これまで意識されていなかった個人的な課題や社会的な課題が次々と浮き彫りになる。課題が可視化されるほど、食品・健康企業がアプローチし解決できる領域も増えていく。
そのソリューションを丁寧に考えて提供していけば、人口減少下の国内市場でも持続的なビジネスは成り立つ。
日本は世界のパイロット検証の場。海外の柱は「納豆」
海外展開においても、槇氏は同様の姿勢を示す。
現在、日本で起きている生活習慣病などの健康課題は、若年層の多いアジアなど海外市場でもまったく同じ構図で起きている。そこで、健康をサポートするお酢は、こうした世界共通の課題に対する有効な解決策となる。
「日本市場を『将来世界が直面する課題解決に向けた、パイロット検証の場』と位置づければ、私たちが取り組むべきビジネスの可能性は無数に広がっています」(槇氏)
その上で、製品展開には差別化の壁がある。より高い独自価値を持つ新たな柱として、ミツカンが近年注力しているのが「納豆」だ。既にアメリカ、中国、台湾、タイといった国々で、ミツカンの納豆は大きな広がりを見せており、新しい市場が形成されつつある。
「納豆とは、世界で広く通用するポテンシャルを秘めた、日本発の発酵大豆食品です」(槇氏)
この価値を正しく届けるためにマーケティングのあらゆる施策にフルコミットすれば、海外の主要市場で確実に大きなシェアを獲得できると槇氏は見ている。グループの事業ポートフォリオの強化・変革に向けては、広く可能性を模索している段階だ。
最後に、今後3~5年で最も投資を強化する部分を問われると「やはり、人」と槇氏は断言する。顕在化する課題に対し、丁寧なソリューションを考えて返し続ける。それを実行するのは人だ。だからこそ社内の人材育成を強化するという。
「実質的な付加価値を生み出すのは、システムではなく人間です。起点となるカンパニーの力が弱ければ、ホイールは絶対に回りません」(槇氏)
ここで槇氏が言う「ホイール」とは、イナモト氏が提唱する「ブランドのフライホイール」を指す。これは「COMPANY→PRODUCT→CUSTOMERS→BRAND」の4要素が連鎖し、好循環が生まれるという考え方だ。
(1)COMPANY:「会社」が生み出す「プロダクト」
(2)PRODUCT:「プロダクト」が魅了する「顧客」
(3)CUSTOMERS:「顧客」が信頼する「ブランド」
(4)BRAND:「ブランド」が差別化する「会社」
購入をゴールとする従来のマーケティングファネルと異なり、購入後の顧客との信頼関係までを循環に含める。つまり槇氏の発言は、循環の起点である「会社」、すなわち人や組織の力が弱ければ全体が回らない、という意味になる。今回の対談を通じて、イナモト氏が見出したのは、一貫した姿勢だった。
「働く社員も、そして向き合うお客様も、常に『人』として大切にし、そこに寄り添う。一貫した人間中心の姿勢が、ブランドの強固な土台になっているのですね」(イナモト氏)
