「プラスのマーケティング」から「共感」へ
梶氏はまず、「マーケティングの考え方自体が10年前とまったく変わってきているんです」と変化の大きさを強調する。
以前の音楽業界ならば、梶氏が「プラスのマーケティング」と呼ぶ足し算の手法が通用した。よりマスに、影響力のあるメディアにプロモーションして、リーチした分母を増やせば増やすだけ、売上も伸びるという考え方だ。
「乱暴な言い方をすれば、露出が取れれば数字がイコールで跳ね返ってきた。ドラマのタイアップをつければ売れる。地上波の音楽番組で歌えば次の日にバックオーダーが入る。女性誌の小さなCD評ひとつ取るだけで大きな反響がある。そんないい時代があったんです」
しかし今では、ユーザーの趣味嗜好は細分化され、マーケティングのキーワードには「共感」という文字が加わった。作品の共感ポイントを一度咀嚼し、その後「どうやって共感を生むか」を考えてアクションを起こさないと、実際にモノが動かないという。
「『共感』を呼ぶマーケティングは、非常に難しい。音楽に限らず、マーケティングに携わるすべての人がその壁にぶち当たっているのではないか」と語る。
デバイスの変化でファン参加型プロモーションが活発に
デジタル化は音楽業界にさまざまな変革をもたらしたが、そのなかでも、梶氏がもっとも影響が大きいと考えているのが、デバイスで主流になりつつあるスマートフォンの存在だ。そのひとつの現れとして、動画を投稿することへの敷居が下がったという。
ニコニコ動画で「歌ってみた」というジャンルが流行っているが、ユーザー自ら、ネットに長尺の動画をアップするようになったのは、ごく最近のこと。宇多田ヒカルのプロモーションも手がける梶氏は、2006年に「ぼくはくま」の振り付けコンテストとして動画を募集したが、ぬり絵コンテストの盛況ぶりに比べると、当時の動画の応募はあまり芳しくなかったという。
しかし、今回はAIのシングル「ウツクシキモノ」の「歌ってみた」企画に、第一興商宛に応募されたものとあわせ、150もの動画が寄せられた。
「以前なら相当の勇気と根気がないとできないんですけど、いまは女の子がiPhoneで撮って、そのまま平然とYouTubeに上げるくらい簡単になったんですね。デバイスとプラットフォームの普及によって世の中が変わっていくってことなんだろうな」(梶氏)
「ウツクシキモノ」は、歌が上手いAIですら「難しい」という難曲だが、「これに挑戦してくる猛者がいるのか? というくらいのことをやったほうが楽しい」と企画した。Webで施策を組むときは、参加者だけでなく企画側も楽しめるどうかが重要だという。
ネット施策1「ウツクシキモノ 歌ってみろ選手権」
ファン参加型のネットプロモーションの成否を左右するのが、参加者へのインセンティブだ。応募するモチベーションをあげるものは何か? これを慎重に考えないと失敗につながる。
「いろいろと考えてはいるんですが、やっぱり“本人と会えること”。アーティストやタレントの場合、本人稼働に勝るものはないですね」。AIの場合も、決勝大会で「本人と歌える」ことがファンの参加へのモチベーションにつながった。
同様の動画投稿キャンペーンでは「踊ってみて選手権」も行っており、こちらはツイート数によって賞金がもらえるというインセンティブも影響してか、「歌ってみろ」よりツイート数が多いという。