IBMの提案する「コグニティブ・コマース」とは
「日本は米に比べてデジタルマーケティング後進国といわれてきました。ですがここへ来て、猛烈な勢いで変わってきていると感じています」と、講演冒頭で日本アイ・ビー・エムの岩佐朱美氏は切り出した。同社によると、多くの企業がマーケティングオートメーション(以下、MA)を実践し、ノウハウを蓄積し始めているという。
しかし、実践が進むにつれて、現実的な課題も明らかになりつつある。そのひとつが、チャネルごとにデータが分断していることだ。既存のMAが担っているものは、未だにマーケティング活動の一部に過ぎないことも浮き彫りになっている、と岩佐氏は指摘する。
「チャネルを横断的に動くユーザーを捉える、最も有効なパスは何なのか。それが分かれば、カスタマージャーニーを精緻に把握することができ、やみくもに仮説を立てて施策を打っていくこともなくなります。私たちはここへ来て、強固なカスタマーエンゲージメントを実現するためには、既存のMAの次を担う“次世代マーケティングテクノロジー”が必要なのではないかと感じています」(岩佐氏)
そこでIBMが提示するのは、「コグニティブ・コマース」という概念だ。コグニティブとは、経験的知識に基づく、認知の、という意味を持つ。IBMが開発した人工知能Watsonを基盤に、あらゆるデータを統合し、顧客理解から施策の実行、効果検証までのサイクルを滞りなく回すことができる。
データの違いは障壁にならない「Universal Behavior Exchange」の威力
コグニティブ・コマースが実現すると、例えば次のようなことが可能になる。ある商品をWebサイトで購入したユーザーが再度Webを訪れ、商品の型違いや色違いを頻繁に見ている場合、商品を閲覧しているタイミングを捉えてメールでオファーをする。あるいは、メールを送った人限定で、リアル店舗のそばを通りかかったときに店舗情報や商品情報をオファーする。こうした、チャネルを横断してオンラインとオフラインもシームレスにシナリオを組むことができるのだ。
「デジタルマーケティングのソリューションを段階的に取り入れてきた企業では、Web分析ツールにメール配信システム、広告配信システムなど複数ベンダーの複数ツールを使っているケースも珍しくないと思います。その場合、こういった一貫した展開は困難を極めます。ここで必要となるのは、ツール間、データ間を自由に行き来でき、さらに予算面でも全体を見通した最適配分を可能にする、オープンでユニバーサルなプラットフォームです」と岩佐氏は提案する。
それを、IBMのマーケティングソリューション「IBM Marketing Cloud」では、「Universal Behavior Exchange」(以下、UBX)というプラットフォームで実現している。UBXによって、チャネルやデータの種類を気にすることなくカスタマージャーニーを設計することができるという。
カスタマージャーニーを精緻に描く、2つの新機能
岩佐氏の講演に続いて、米IBMのワールドワイドテクニカルリーダー ジョー・コセンティーノ氏より、主に「IBM Marketing Cloud」の2つの新機能について紹介された。それが、「Journey Designer」と「Journey Analytics」だ。前述のUBXをベースに、この2つを活用することで、企業は最大限に豊かな体験を顧客に提供し、エンゲージメントを深められるようになる。
「Journey Designer」と「Journey Analytics」、そしてUBXは、いずれもこの1年以内にIBMが市場にリリースした。これら新しい仕組みの重要性に加えて、同氏が強調するものは、パートナー企業とのエコシステムの存在だ。
「予期せぬところから競合が現れる時代、彼らに遅れをとらずにビジネスを変革していくには、社内のみに目を向けていては不十分です。エコシステムを広げて、他社と協力することがとても重要です」(コセンティーノ氏)
今日のマーケターが直面する最大の課題は、顧客の状況を把握して、一貫性のあるカスタマー・エクスペリエンスを提供すること。それぞれ異なる顧客の状況を捉えられるビューを取得するには、すべてのチャネルやデバイスを横断することが不可欠だ。「IBMが提供するソリューションでは、あらゆる接点での対話を可能にし、カスタマージャーニーのデザインと分析を自在に行えるようにします」(コセンティーノ氏)
優れたUIに加え、サイロ化しがちな組織の問題を解決
では、具体的に「Journey Designer」と「Journey Analytics」では、どのようなことを行えるのだろうか? まず、優れたUIを有するJourney Designerは、パーソナライズしたカスタマージャーニーを自由自在にデザインするだけでなく、その過程でチーム内の複数のメンバーがスムーズに協業できることが大きなポイントだという。
顧客接点が多岐にわたると、当然ながらチーム内でかかわる人数も増えてくる。これを統合し、各人が担う作業の結果を予算や戦略と紐づけて、“サイロ化”しがちな組織上の問題を解決する。
Journey Analyticsからは、マーケターは顧客について非常に深い洞察を得ることができる。直感的に使え、理解できるインターフェースを通して、顧客がどのようにジャーニーを通過してコンバージョンしているかをすぐに確認することが可能なのだ。
「インターフェースでは、モバイルやWeb、ソーシャルなどの接点を確認できるほかに、コンバージョンや売上などの評価指標の状況も同時に把握できます。さらに、マーケターがもっとも追求したい指標に対して、どの施策が効果的なのかを選ぶことも容易です。分析から洞察を得て、それをまた次の施策にスムーズに反映できる。これが、IBM Marketing Cloudが包括的に提供できるメリットです」(コセンティーノ氏)
ソーシャルも含めたあらゆるデータを活用する
カスタマージャーニーに関する2つの機能を下支えするのが、多種多様なデータのやり取りを可能にするプラットフォーム、UBXだ。IBMの各種ツールはもちろん、それ以外のパートナーが提供するツールとのデータ連携も問題なく行える。
具体的には、エコシステムを形成するパートナー企業が扱うデータから、例えば特定のオーディエンスを抜き出してメール配信など何らかのアクションを起こしたい場合。あるいは、自社データベースから特定オーディエンスをパートナー企業のプラットフォームへ展開し、施策を行いたい場合などに、ポイント&クリックのごく簡潔な操作で進められる。
UBXでは、サードパーティのデータを有効活用できる点も見逃せない。例えば米Spredfastが運営するShoutletというサードパーティは、Facebook、Instagram、Twitterの主要SNSをまたいで情報を集約してソーシャルリスニングや分析を行っている。ユーザーのオプトインが前提となるが、これらSNS群でのあらゆる挙動を捉え、UBXを通してIBM Marketing Cloudへ反映すれば、自社保有データだけでは到底実現できないアプローチが可能になる。
外部のトレンド情報を取り入れ、さらに充実した支援を実現
ソーシャル以外にも、ユーザーはWeb上で、モバイルを介して、コールセンターとのやり取りを通して、さらにはリアルでの店舗来訪や購買を含めてさまざまな行動を起こしている。「それらすべてが、企業にとって有益なデータになります。今後のマーケティングでは、企業はこういった振る舞いをすべて認識した上でアクションを取ることが求められます」(コセンティーノ氏)
さらに同氏は、ここまで紹介したIBMのソリューションを活用した想定事例を紹介する。あるウェアラブル活動計のプロモーションにおいて、担当者は適切なターゲットへ広告やコンテンツを配信し、デジタルエンゲージメントを増やそうと考えたとしよう。
ここで機能するのは、自動学習機能を備えたレコメンデーションエンジン「IBM Interest」と、パートナーのひとつであるDSP「MediaMath」だ。
これらと、ユーザーがWebを回遊する際のクッキーによってIDを同期し、ターゲットの関心に沿う複数サイトへ広告を配信。コンバージョンの最大化とROIの最適化を図ることができる。こうした立体的かつ一貫した取り組みをスムーズに実行できるのが、IBMのソリューション群とエコシステムなのだ。
最後にコセンティーノ氏は、人工知能Watsonを基盤とする「コグニティブ・コマース」について言及。意気込みを語り、セッションを終えた。「施策を重ねることで学習し、効果が高まるだけでなく、たとえば経済や気候のトレンド、顧客の感情といった外部のトレンドを取り入れることで、IBMが提供できるマーケティング支援はさらに充実します。ぜひご期待ください」(コセンティーノ氏)