インターネット黎明期からウェブ制作をしていたBMXチャンピオン
――『数字思考力×Excelでマーケティングの成果を上げる本』は実践的なノウハウが解説されていますが、植山さんの「マーケティングは面白い」という気持ちがとても伝わってきます。植山さんがマーケティングを仕事にすることになったきっかけについて教えていただけますか?
植山:僕はいまDropbox Japanに勤めていて、デジタルマーケティングを専門にしています。Dropboxには無料版と個人向けと法人向けの有料版がありますが、それぞれを成長させていくことが僕のミッションです。
そこに至るまでいろいろあったんですが、そもそもなぜマーケティングの仕事をするようになったかというと、BMXという自転車競技をやっていて、それだけでは食べていけなかったことが始まりです。
BMXは小学6年生の頃からやっていて、21歳で日本一になったことがあります。そこから12年間で45回優勝したんですが、本当に全然食べてはいけなかったんですよ。アメリカではプロクラスに出場していて、用具を支給してくれるスポンサーもついていたものの、生活費は競技とは別になんとかしないといけませんでした。自転車のプロであり、日本一のライダーにもかかわらず自転車から得られる収入は0でした。
それで26歳のとき、自分でBMXのビデオを作って売ることにしました。そのためのブランドも立ち上げて、1本目は900本。2本目も1700本売れました。そうしたらケーブルテレビ局で15分番組をやることになって、せっかくだからとサイトも作ることにしました。当時はまだ少なかった独自ドメインのサイトです。そのウェブ制作を通してインターネットの面白さに出会ったわけです。
そのあと小さな会社でいろいろな事業を立ち上げるなどしていましたが、倒産してしまい、ウェブマーケティングのスタートアップ企業に入社しました。マーケティングにどっぷり入り込んだのはそのときです。
一生懸命やっているはずなのに成果が上がらない人へ
――本書はどういう意図で書かれたのでしょうか。
植山:マーケティングの仕事に携わり始めた頃、僕は当時の社長に毎日怒られていたんですよ。「論理展開がなっとらん」とかなんとか。僕としては頑張っていたつもりでしたが、とても落ち込むことが多かったんです。でも、なんとかしようと思ってビジネススクールに通い始め、ロジカルシンキングやマーケティングをきちんと勉強しました。それを少しずつ仕事に応用していったんです。
すると、だんだん仕事の質が上がっていきました。お客さんへの提案も評判がよくなったんですね。頑張っていても成果が出なかったけれど、勉強すればいい仕事ができることに気づいたんです。
本書は、かつての僕のような境遇の人に対して「あなたのマーケティング筋力が鍛えられますよ」という気持ちで書きました。過去の自分に渡してあげたい本ですね。
――「マーケティング筋力」とは具体的にどういうものですか?
植山:マーケティングはとても広い意味を持っていますが、その要素としてはアートとサイエンスの領域があると言われます。アートの部分は感性や経験が重要です。マーケティング筋力というのはサイエンスの部分に当てはまります。
それも、僕の強みでもある「数字思考力」です。これはしっかり伝えたいと思っています。数字思考力というのはおおまかに言えばデータ分析と予測です。やりたい企画の妥当性をデータ分析で割り出し、シミュレーションで分かりやすくプレゼンすることですね。これができるだけで仕事の質が相当高くなります。
マーケティング全般についてはページ数の兼ね合いもあって解説できませんでしたが、本書はマーケティングのプロフェッショナルになる近道になるのではと考えています。通販の筋力アップグッズみたいなものですね(笑)。僕がこれまで学んできたこと、実践してきたことの中からいいものだけを厳選して書いています。
――それを最も伝えたい方、読者はどんな方を想定されていますか?
植山:まずはマーケティング初心者の方ですね。これからマーケティングをやらなくてはいけなくなったものの、どこから手をつければいいのか分からないときには本書を開いてみてください。
一方で、いま現役でマーケティング業務をやっている方の中でも特に、MarkeZineをよく読むなど情報収集はやっているのに、なんとなく自分の思うように成果を出せていない方にも読んでいただきたいですね。
実際、一生懸命に仕事をやっているはずなのに、結果がついてこない方はけっこういるのではと思います。その一因に、情報収集しただけで実践はできていなかったり、自分の技術として身につけられていなかったりすることが挙げられます。事例やノウハウを読んだだけで実際に使わないというのはもったいないですよね。
あと、勘と経験と度胸(KKD)で仕事をしてきて、最近通用しなくなってきた、壁に当たっていると感じている方も読んでみてください。いまこそKKDから卒業しましょう。
やりたいことを実現できるようになる
――植山さんとしては、読者にどんなことをできるようになってもらいたいのでしょうか。
植山:本書に書いてあることがすべてできるようになれば、頭の中がかなり改造されると思います。もちろんそのためには読むだけでなく、ワークシートもやってきちんと数字思考力を身につければ、ですが。ぜひ自分の所属する組織のトップ3にはなっていただきたいですね!
マーケティングをやっていれば、やりたい企画があるはずです。そんなとき、本書を理解できていれば8割以上の確率で企画を通せるようになります。残りの2割はお金がないとか、どうしようもできない理由でしょう。
つまり、マーケターとしてやりたい企画を実現できるようになる。それが本書の主眼です。そうなると仕事がとても楽しくなりますよ。仕事を楽しめるようになると自分に自信がつくので、異性にもモテるようにもなるかもしれません。ひいては人生が豊かになると思います。
僕も夕食のとき「仕事が楽しいんだよね!」と妻に言ったら、「夫がそう言うのが一番嬉しい」と言ってくれたんですよ。今日も4時45分に起きてインタビュー前に本書のゲラをチェックしました(笑)。
そういえば、本書のコラムに書こうと思って書かなかったことがあります。知り合いにマーケティング教育をしている企業の社長がいるんですが、彼はマーケティング部に配属されたばかりの人たちに教えています。皆さんともに仕事ができるようになりたいと強く思って勉強して、実際にレベル2の、業務をこなせるマーケターになるんです。しかし、どうもそこで終わってしまう人が多いらしいんです。
その上、レベル3になるには「これをやりたい」という情熱がないといけません。それがあると成長速度も仕事の質も変わってくるんですよ。僕もそれを実感していて、あるときやりたいことを見つけた途端、仕事が楽しくなり、質も高くなってきたんです。やはり、やりたいことを見つけるのが最強の成長方法だと思います。
本書の内容を習得できれば、皆さんがやりたいと思っていることを具体的な数字、定量的なシミュレーションで上司にプレゼンできるようになります。コストはかかってもそれ以上の成果が出る、3年後にはもっと売上が伸びる、と。これがあるとないとでは、企画の通りやすさには雲泥の差があります。もちろん下準備としてさまざまな分析がありますが、そうした手法は本書で解説しています。
ちなみに、シミュレーションできるようになれば、実行する前にうまくいかないことも分かります。撤退ポイントが分かるのはとてもいいことです。
数字思考力とExcelは自分のバリューを出すための強力なツール
――今回、マーケティングで成果を上げるためのツールとしてExcelを取り上げたのはなぜなのでしょうか。
植山:Excelはとてもマーケターの役に立つんです。数字が羅列されたレポートは誰でも作りますが、WordやPowerPointでは作りませんよね。また、現状把握するためにもExcelを使います。アンケートをして「ユーザーの声」のような定性的なデータを集める方法もありますが、定量的なデータがあるなら使うべきです。それを分析するにはExcelが最適なんですよ。データを分かりやすいグラフにもしてくれますからね(笑)。
僕は、Excelがなくなったら世界中の生産性が著しく低下するのではないかと思っています。それほどよく使われているツールでもありますね。
――最新のテクノロジーやツールに関心がある方からすれば、Excel自体に興味を持ってもらうことが難しいかもしれません。
植山:たしかに僕もいろいろなツールを使っています。ですが、どんなツールを使っていても自分なりに深い分析をするときはcsvなどのデータをダウンロードして、Excelを使います。四半期に1回の戦略作りをするときはExcelで深く掘っていきますね。
弊社はビッグデータを扱う企業ですが、SQLでデータを取ってきたら、そのあとはExcelで分析をします。Excelを使わない状況になることはおそらくないでしょう。
経営者やマネージャーはExcelを使わないかもしれませんが、現場のマーケターでExcelを使わないというのは、もしかしたらデータを見るだけ、表面的な数字チェックだけに留まっている可能性があります。ぜひ自分の仕事を見直してみてほしいですね。
もちろん、ダッシュボードを見れば数字を理解することはできます。しかし、もっと大切なことは個人のバリューを発揮するために考えることです。本書では数字思考力というテーマで、物事を因数分解して分析したり予測したりすることを紹介しています。このようにもっと深く突っ込んで考えて自分なりの解釈を出すことは、自分の存在価値を出したいのであれば、どんなツールが登場しようがやっていかなければなりません。
――マーケティングの部署の方は誰でも同じデータを閲覧できますからね。
植山:そうです。にもかかわらず、仕事ができる人とできない人がいますが、できる人は見るだけでなく分析して考えて、行動しているんです。
死ぬまでに10億人に笑顔と勇気を与えたい
――少し話は変わりますが、植山さんは本書で「マーケティングの秘訣はお客様と企業の両方がハッピーになるために考え、行動すること」だとおっしゃっています。この考え方はどのような経緯で生まれたのでしょうか。
植山:僕は人に笑顔と勇気を与えることをミッションにして生きています。死ぬまでに10億人にです。それが僕の命の使い方なので、仕事でもプライベートでも実践しようと考えています。
仕事ではマーケティングを通して人々にいいものを提供するのが大前提です。というのは、マーケティングに関しては問題意識もあるんですね。例えば、会社によっては売上の目標がきつくて、マーケティング担当者がサイトやプロモーションで誇大広告をしたり、ネットで商品を買ったらユーザーの認識とは異なって自動的にメルマガを定期購読させたりする会社も存在します。それをやると短期的に売上は確保できますが、本当にユーザーのためのものになっているかは疑問に感じています。
ですから、グレーなことをしている会社があるのなら、なんとかいい方向に持って行けないかと試行錯誤していますね。ユーザーがハッピーになれば、結果として会社の売上も上がっていくと思っています。「お客様と企業の両方がハッピーになる」とはそういうことです。WinだとどこかでLoseが生まれてしまいますから。両者のハッピーを生み出すことがマーケティング担当者の腕の見せどころです。
――本書を読んだ方も植山さんのような考え方を持ってほしいということでしょうか。
植山:これは想い、マインドに関することなので、すべての読者に共感いただけるかは分かりません。僕は人生を構成する要素は三つ、感情、思考、行動があると考えています。本書で学べることは思考の部分です。「両者がハッピーになる」というのは感情の部分なんです。
ただ、こうした想いを持っていただいて、思考(スキル)を身につけてExcelをがんがん使って行動することで、本当にいい仕事ができるのだと思います。そこまでは書けなかったのですが、このようなことを学びたい方はぜひ稲盛和夫さんが書かれた『生き方』(2004年、サンマーク出版)をおすすめします。
失敗するかもと思っても、やっちゃえばいい
――最後に、本書を手に取ろうか迷っている方にメッセージをいただけますか?
植山:本書では理屈やノウハウを解説していますが、ダウンロードできるワークシートで実際に分析やシミュレーションをやってみようと誘導しています。読むだけだと少ししか知識が定着しませんが、手を動かすこと、そして教えることで本書の価値を何倍にもできると思います。
読んで、練習して、実務に活かして、成果を作る。ちょっとでも成果が出れば嬉しいものです。だから、やりたいことを見つけて、もっと行動してみてください。そうしたらより大きな成功が待っているでしょう。大きな成功は小さな成功の積み重ねです。宝くじが当たることはほぼありませんからね。
もしやりたいことが見つかっていないなら、目の前のことを一生懸命やることが大事です。突き詰めるくらいやってみてください。面白いことが見つかるかもしれません。
もう一つ言えるのは、学び続けて、そして学んだことを実践し続けることです。そうすると絶対に人生が変わります。「これをやると失敗するかも」と思って行動しない人が多いでしょう。でも、やっちゃえばいいんです。回復不能な失敗は避ければいいのですから。