「#1時間勤務」の狙いと実施内容
狙い
“各人の裁量で働く場所や時間を決めること”が働き方改革の本質であることを伝え、多くの人に働き方を考えてもらう。→時間と場所に融通が利く働き方ができる時、日本HPが貢献できる事柄を経営層にアピールする。
実施内容
日本HPが投げかけた「#1時間勤務」という問い
2017年10月、日本HPが公開したある動画がTwitterで大きな話題となった。
娘と「誕生日に公園にピクニックに行って、一緒に新しい自転車に乗ろうね」と約束している母親がいる。この女性はインテリアブランドに勤めており、毎日会議や企画作りで大忙しだ。その日はインテリアのディスプレイ案について意見がまとまらず、「明日、もう一度ミーティングしましょう」となった。明日は娘の誕生日、一緒にピクニックに行く予定が入っている。それでも女性は平然と、「誕生日」の予定に「ミーティング」を追加した。
翌日、青空の下でシートを広げ、お弁当の用意をしている夫の横で、女性はおもむろにPCを取り出し、ネットミーティングを始めた。そんな母親の姿を、当たり前のように見守る家族。その動画の下に「今日は #1時間勤務の日」というキャプションが流れる――。
家族との時間と働く時間を両立する、新しい働き方を提案する動画だ。
働くということと、幸せが、もっと近づくように。Francfranc様とHPが考える少しだけ未来の働き方の一つ #1時間勤務 の物語、本日公開です。あなたが考える「働きやすさ」とは、何ですか?#1時間勤務 をつけて、ご意見をお聞かせください。#1時間勤務 pic.twitter.com/1Hq1HnENPc
— 日本HP PC (@HP_PC_JP) 2017年10月12日
自分の都合に合わせてその日の勤務時間が選べる働き方をどう思うか? と問いかける「#1時間勤務」キャンペーンは、日本HPが企画して電通が具体的なプランニングと制作を担当し、社会的に広く投げかけるためのプラットフォームとしてTwitter Japanが協力したプロジェクトだ。
一見、ブランディング目的の施策に映るが、それ以外の深い狙いがあるという。今回、その仕掛け人たちに詳しい話を聞いた。
Twitterを最大活用し、パフォーマンスを従来比で3倍に
「#1時間勤務」は多くの議論を呼び、オーガニックでWebメディアが取り上げるなど、Twitter内外で注目を集めた。動画がこれだけ話題となったのは、「Twitterをうまく活用し、様々な年代や性別のユーザーを巻き込んで活発な議論の場を作ったことにあります」と日本HPの甲斐博一氏は語る。
では具体的に、どのような取り組みを行ったのか。
出演企業の選定に入ったのが2017年3月。そこからストーリーを作り、7月にはTwitterを拡散手段として活用することが決定した。そして、単にTwitterでハッシュタグ付き動画を流すだけでなく、議論の活性化するために、Twitterの広告ソリューションも積極的に活用する方針を立てた。
まず利用したのが「カンバーセーショナルカード」だ。これは、画像や動画に独自のハッシュタグと、ツイートによる会話を誘発するボタンを付けたプロモツイートだ。動画は自動的に再生が始まり、また「XXXでツイート」のボタンをタップすると、自動的に動画が挿入されたツイートを利用者が自身のものとしてツイートできる仕組みで、より多くの拡散が期待できる。
これと同時に、「#1時間勤務」のランディングページに誘導するため、新しい「ビデオウェブサイトカード」も導入した。動画をクリックすると、動画の再生を止めることなく指定した設定したWebサイトに誘導するソリューションで、メッセージの詳細を動画のインパクトと同時に伝えることができる仕組みだ。この2つのソリューションで元々日本HPに近い層、働き方に関心のある層へリーチし、議論が活発化した。
さらに、より多く幅広い人に関心を寄せてもらうため、複数のインフルエンサーも活用。40〜50代のビジネスマンから支持されている実業家や、若い女性に人気のブロガーなどを選出し、「#1時間勤務」について自由にツイートしてもらい、プロモツイート「第三者ツイート」を利用し、拡散力をより高めた。これにより「#1時間勤務」というハッシュタグの認知が広がり、動画の再生回数も増えた。
「#1時間勤務」という目を引くコピーを考案し、キャンペーンプランの設計も担当した電通の青山真也氏は「キャンペーンを企画する際、甲斐さんに『話題化させることに集中しよう』と判断していただいたので、具体的なプランが非常に立てやすかったです」と振り返る。
Twitter Japanの岡田彩恵子氏によると、「カンバーセーショナルカードで『#1時間勤務』がツイートされた数は約3,000件で、これは配信インプレッションに対して通常の約10倍のツイート数。また、第三者ツイートの効果は非常に高く、従来の日本HPのツイートに比べると、ツイートに対する反応の指標であるエンゲージメントのパフォーマンスは約3倍となりました」と、高い効果が伺える。
こうした市場からの反応については、「当然、いい意見ばかりではなく、ネガティブなコメントも数多くありましたが、マーケティングとして、世の中を動かすことはできたと思います」と、甲斐氏も手応えを語る。
日本HPは何を伝えたかったのか
日本HPは従来「自社のテクノロジーが社会にどのように貢献しているのか」をわかりやすく伝えるため、具体的なストーリーを描くプロモーションを展開している。この新しい働き方の提案も、その1つだ。では、日本HPが今回のキャンペーンを通じて伝えたかったメッセージは何か。甲斐氏は次のように説明する。
「背景としては、現在話題になっている働き方改革について、時短や残業削減だけに偏って、本来の議論ができていないという思いがありました。私たちの考える働き方改革とは『個々人が自分の裁量で働く場所や時間を定め、なおかつ生産性を上げていくこと』です。これが本質であり、勤務時間の短縮や残業削減が目的ではありません。今回のキャンペーンでは、このことに一石を投じ、人々が働き方改革についてどんなことを感じ考えているのか、私たちの考えが適切なのかそうではないのか、生の意見が飛び交うことで議論を生みたかったのです。
次に訴えたかったのは、働き方改革に関し、日本HPがどのようなテクノロジーで貢献できるか、という点です。働く時間と場所が自由になるためには、セキュリティが強固である必要があります。ここが、日本HPが貢献できる分野です。
ですから、このキャンペーンでは、2つの目的があります。まず働く人に対して働き方の本質に気付いていただき、自身の理想とする働き方を考えてみようという提案。次に、企業の経営者に対し『そういう環境を構築していきましょう、そこにはセキュリティが必要です』というメッセージも伝えることです。」(甲斐氏)
ストーリー動画を使ったキャンペーンは、ともするとブランディングだけを主眼に考えがちだが、「マーケティングなので、購買にも結び付けてファネルを設計しなければなりません」と甲斐氏は語る。
「#1時間勤務」キャンペーンでは、動画はファネルの上部にいる幅広い層に注目してもらえるように、セキュリティにまで落とし込むことはせず、その後のメディア展開とミックスさせることで、セキュリティの重要性を啓蒙し、この分野で日本HPの代理店取引を増やすことを目指した。
Twitterでは本音ベースの多様な会話が発生している
したがって、今回のキャンペーンの目的を達成するにはまずは「#1時間勤務」が広く話題になる必要がある。特にマーケティングファネルの上部にいる、一般の消費者にメッセージを届けるには、強力なメディアが必要だ。そこで目を向けたのが、Twitterだった。
しかし、話題化を狙うプロモーションにおいてTwitterの活用に躊躇する企業も少なくない。よく聞かれる懸念点は、「Twitterは若いユーザーが多く、年代層に偏りがある」「炎上のきっかけになりやすい」というものだ。
これに対し、甲斐氏は「今回の目的には、Twitterが最も適していました」と断言する。「動画のテーマが『新しい働き方の提案』であり、これについて自由に発言してもらいたかった。そのため、匿名性が高く、利用が活発なTwitterが適していると判断しました」(甲斐氏)。
また、Twitter利用者の年齢構成についてTwitter Japanの竹下洋平氏によると、現在日本国内のTwitter利用者の過半数は30代以上であり、有識者の割合が非常に高いという。また、「どんなテーマでもTwitterで検索すると、必ずどこかで話題になっているくらい常時、多様なテーマが議論されています。そのため、どのようなテーマであっても戦略的にコミュニケーション設計すれば、ターゲットとする人たちの共感をび大きく会話を起こすことができます」(竹下氏)
ネガティブな意見や炎上から目をそらさない
炎上のリスクについてはどうか。
今回のキャンペーンを通して寄せられた意見の中にも、決して「#1時間勤務」に好意的ではないコメントは少なくなかったという。たとえば「休みなのに休めない感じで、切り替えができない」「仕事は仕事として集中することが求められる」などだ。だが甲斐氏は、「それも1つの意見としてしっかり受け止めますし、こうした反応があったことも、大きな目的達成につながっています」と評価する。
「こういう働き方ができる会社なら、すぐに転職したい」「子育てしやすい」などの意見も聞かれた。これをきっかけに、社会全体が働き方に目を向け、その環境作りが活発になれば、社会的にも意義がある。
「女性の働き方について語ることは、人によっては非常にセンシティブで、確かにネガティブに発展しやすい要素もあります。ですが、働き方改革の本質を問いかけるならば、そこから逃げてはいけない、むしろ『逃げてどうするのか』という思いがありました。今回も、炎上やネガティブな意見が出てくることも想定し、それにどう向き合うかも踏まえて企画しています。ただ、始める前から『炎上するだろう』と予想されるようなことは、絶対にやりません。炎上と議論を履き違えるようなキャンペーンは、始めからやりません」(甲斐氏)
Twitterからマーケティングシナリオまで落とし込む設計が課題
キャンペーン期間中、それぞれのTwitterユーザーが考える「働き方」についての議論が活発になった。それと同時に、次回につなげるための反省点や改善点も明らかになったという。
1つは、マーケティングからセールスに向かっていくマーケティングファネルの設計だ。「広く認知をさせた上位層から、購買に落とし込む中間層、そして購買までのプロセスを設計するに当たり、改善の余地が多く見つかりました」(甲斐氏)
もう1つは、テレビを絡めることだ。「マーケティングの目的は達成しているので、今回の結果は悪くはありませんが、もう少し大きなビジネスプランを描いて規模を大きくできたのではないかと思っています」と甲斐氏。マーケティングシナリオに基づいて、購買に結び付けるため、データを統合・分析する仕組みを整備する必要性を語ってくれた。
日本HPは今後もTwitterを活用しながら、今の社会やテクノロジーの活用について、「考えてもらう」ためのキャンペーンに取り組んでいくという。今回の「#1時間勤務」で得た知見を生かし、次に同社がどのような仕掛けを進めていくのか、今後も注目したい。