BtoBでは“カスタマーサクセス”が重要
法人向けクラウド名刺管理サービス「Sansan」、個人向け名刺アプリ「Eight」を提供しているSansan。名刺管理サービスの草分けとしてなじみがある同社は、近年ではBtoBのテレビCMも展開しており「名刺管理から、ビジネスがはじまる」とのキャッチフレーズで名刺を社内で共有することの可能性を訴求している。
今回の講演を担当する同社カスタマーサクセス部の山田尚孝(ひさのり)氏は、「我々は“名刺管理”をする会社と思われがちだが、実際には“人脈管理”が生業。名刺交換で生まれるビジネス上の出会いにフォーカスして、企業の生産性向上を支援し、その活動を進化させることをミッションとしている」と語る。
「Sansan」のように、導入して継続利用することで価値を発揮するサービスの場合、受注に向けたマーケティング活動と同等かそれ以上に、その後のアフターフォローが大切になる。そこでSansanはサービス誕生の初期から「カスタマーサクセス」に注力。カスタマーサクセスとは、問題が発生してから対応するカスタマーサポートとは違い、顧客が成果を上げられるように積極的に支援する取り組みだ。同社では山田氏がBizZineでカスタマーサクセスをテーマにした連載を担当するなど、早くからの自社の取り組みで得られた知見のシェアにも努めている。
今回の講演は、カスタマーサクセスに有効な手段としてコミュニティマーケティングに焦点を当て、以下の内容が語られた。
1.BtoB SaaSにおけるコミュニティマーケティング成功例
2.コミュニティマーケティングを始めるための前提条件
3.コミュニティマーケティングのプラクティス分析
4.「Sansan」におけるコミュニティマーケティングの事例
BtoB SaaSにおけるコミュニティマーケティング成功例
前提として、SaaS型のサービスの理想的なマーケティングファネルとコミュニティの関係は、下図のようになっている。先行して購入・使用して効果を実感しているユーザーがコミュニティを形成し、このサービスを支持する立場で口コミを多く発すると、それがファネルの「興味」段階に位置する潜在顧客に響く……という構図だ。図中の円の部分で好循環が生まれると、ファネルの下部への移行を強く推進するドライバーとなる。
コミュニティマーケティングは元々、ユーザーの口コミで購買が生まれやすいBtoC領域で実践されてきた。それが今、BtoB市場でも静かなブームになっているという。“ユーザー会”という言葉もしばしば聞かれるようになったが、BtoBサービスの利用企業の担当者が集まり、成功事例を共有したり課題の解決を助けたりする活動だ。コミュニティの立ち上げはサービス提供企業が手掛けることが多いが、ユーザーの参加は自由意志に基づいており、それ自体は非営利で展開されている。
山田氏はこの先駆的な好例として、Salesforce、サイボウズ「kintone」、そしてAmazon「JAWS-UG」の3つを挙げる。たとえばAWS(Amazon Web Service)の日本のコミュニティである「JAWS-UG」は、初心者向けなどのレベル別、あるいは地域ごとなどにコミュニティが派生し、活性化している。
「“コミュニティ”と呼ばれるものは、オープンかクローズドか、そして関心軸か地域軸かで4つに分類できる。元AWSで『JAWS-UG』を立ち上げた小島英揮さんによると、オープンかつ関心軸がそろっている象限でコミュニティマーケティングが特に有効」と山田氏は解説する。
コミュニティマーケティングを始めるための前提条件
とはいえ、自社サービスに関心のあるユーザーを集めてオープンなコミュニティを形成するにしても、そこには前提条件がある。それは、コミュニティの「中心になる人」と「仲間になってくれる人」を見つけることだ。
「この方々を見つけるためには、まず徹底してユーザーの状況や課題感を知ることが必要」と山田氏は指摘する。各ユーザーが自社サービスをどのように使っているか、データで把握しないことには、活発なコミュニティ活動に貢献してくれる人を見つけるのは難しい。
そして、ユーザーの状況や課題感を知る取り組みは、カスタマーサクセスの活動にも重なる。ユーザーに自社サービスの活用を促し、生産性向上を支援する過程で、おのずとユーザーの状況や課題感に詳しくなるからだ。Sansanではカスタマーサクセスの業務であり、かつコミュニティの活性化に貢献する人を見出すのにも役立てている策として、次の3つを実践している。
ひとつは、データ収集ツールのGainsightの活用だ。自社サービス「Sansan」だけでなく、ユーザー企業が併用していることが多いSalesforceやMarketoといったツールでのアクティビティも確認できるため、ユーザーの自社サービスを含めた活用状況を理解できる。次に、ライフサイクルマネジメントの把握。長期の利用を前提に、顧客のライフサイクルを導入期~定着期の4段階に分けることで、セグメントしやすくなり、時期によって生じがちな課題も推測できる。最後に、スコアリングだ。Sansanでは利用率をはじめとする4つの軸、さらに細かい指標をもって顧客の活用状況を独自に数値化している。
これらを通して中心になる人=1st Pin(ファーストピン)、そして仲間になってくれる人を探すことができる。
コミュニティマーケティングのプラクティス分析
前提条件が整い、データが集まった段階で山田氏が提案するのは、改めてコミュニティマーケティングの要件定義と事業活動への効果を押さえておくこと。「コミュニティマーケティングに限らないが、戦略、戦術、実行のうち『戦略』が最も希薄になりがち。コミュニティの立ち上げでも、運営自体は難しくないが、何のためにやるのかを明確にしておかないと『集まって楽しかった』で終わってしまうことが多い」と山田氏は話す。
では“何のためにコミュニティマーケティングを行うのか”の回答でもある、コミュニティマーケティングの事業活動への直接的な効果とは何だろうか? 山田氏は「導入期(OnBording)の工数削減」「プロダクト活用促進による継続率上昇」「新規顧客へのリファラル効果」の3つを挙げる。既にそのサービスで成功を上げたイノベーターや習熟度が高い上級者と、まだ使い始めたばかりの初級者が同じコミュニティで交流することで、従来ならサービス提供会社が担当していたチュートリアルの役割を部分的に担い、横のつながりができることで利用の継続も望めるというわけだ。
山田氏が先に紹介した3社の好例は、いずれにおいてもこうした効果がうかがえるという。だが、どのBtoBサービスでもこれらの例を真似できるわけではない。
「この3社にはいくつかの共通点がある。プロダクトが比較的難解で、Q&Aで交流が生まれやすいこと。テクノロジーに強いユーザーが多く情報発信力も高いこと。そして、プロダクト自体が業務インフラ化しやすいこと。残念ながらSansanはこれに合致しなかった」(山田氏)
「Sansan」におけるコミュニティマーケティングの事例
冒頭で紹介したように、Sansanはサービス立ち上げの初期からカスタマーサクセスに注力してきた。その過程で、自社でもコミュニティマーケティングに着手し、サービス導入期のサポート工数削減や継続率の維持向上に効果を上げたいと考えたという。しかし、先の3例の共通点を参照すると「『Sansan』自体はとてもシンプルなサービスで使いやすく、質疑ベースで上級者と初心者がコミュニケーションを取れる期間が非常に短い」という点にぶつかった。
「元AWSの小島氏が提唱する『オープンかつ関心軸がそろっている象限でコミュニティマーケティングが有効』という部分でも、“名刺を読み込みデータで簡単に管理できるサービス”を使うユーザーにうまくあてはまる関心軸が見つからなかった」と山田氏は振り返る。ユーザーは皆、名刺を読み込むこと自体に関心があるわけではない。どのような傘でユーザーを束ねたらいいか、考えあぐねたという。
自社サービスと同じようにシンプルで、ユーザーの関心軸がそろわないサービスのオウンドメディアなどを参考にした末に、山田氏が見つけたのは「人脈の可能性を広げる」という切り口だ。
「『Sansan』の導入も活用自体もゴールではない。我々が目指すのは、名刺を社内で共有して“人脈”の価値を最大化していただくこと。そう言語化できたとき、我々が設けるコミュニティは『人脈の可能性を追求する』場にしたいとイメージが固まった」(山田氏)
コミュニティは顧客とともにサービスを成長させる営み
具体的には、まず「『Sansan』を使って人脈の可能性を広げた人」を「Success事例」と位置づけ、30人ほどにインタビューして記事コンテンツを制作。これをベースに、既存ユーザーからSuccess事例に該当する人を随時探してインタビューを追加しながら、同時にその方々には初級者ユーザー向けのセミナーなどに登壇してもらうようにした。
並行してコミュニティを開設して会員を募集。ユーザーを「C層:一般的に活用している層」「B層:Success事例に登場している、ROIを体現している層」「A層:サービスを強く支持し、プロダクト開発などにも協力的な層」の3つに分け、AやBの人には積極的に声をかけてコミュニティに誘導。年間で各層ごとのオフラインのユーザー会、また年1回の全員向けのイベントを計画し、全体のコミュニケーション設計を図って実施していった。
現在、ログイン画面で前述のコンテンツを訴求して流入を図りながら、オンラインコミュニティのβ版をリリース、運営を開始した。全員向けのイベントでは、年間を通して「『Sansan』を使って最も変革をもたらした人」を表彰するアワードの開催も予定している。
「Sansan」の場合、理想的なサービス活用を体現している“人”をSuccess事例と位置づけて可視化し、それを目指してユーザーが集まれるようにしたことが成功の要因だろう。「コミュニティは顧客とともにサービスを成長させていく営み。事業のドライバーにもなり得る」と山田氏。データ収集や関心軸の設定だけでなく、サービス自体を含めた全体のつながりを意識して設計することが大切だ。