サービス成長の秘訣は「顧客との長期的な関係を築くこと」
WebとスマートフォンアプリのCE(カスタマーエンゲージメント)プラットフォーム「Repro(リプロ)」。世界59ヵ国以上6,500以上のWebサービスやアプリに導入されている。運営会社であるReproは、「カスタマーエンゲージメント」という考え方を起点に、ツールの提供に留まらず様々な企業のマーケティングを支援している。同社の實川節朗(じつかわ もとほ)氏はサービスを成長させる秘訣について「大切なのは、部分最適思考から脱却し、顧客との長期的な関係を築くことだ」と話す。
「ユーザーから愛されるためには、認知からロイヤルカスタマー化まで一気通貫したシナリオを作り、最終的なゴールを追い求めることが必要です。『認知率』や『購入』など、一部のKPIが目的化すると、各フェーズのアクションはバラバラになり、行き過ぎた部分最適を招いてしまいます」(實川氏)
今、日本では人口減少によってユーザーの絶対数やニーズは減っているにもかかわらず、モバイル端末やインターネットの急速な普及にともない、情報量は指数関数的に増え続けている。その中で、自社が発信した情報を見つけてもらうのは非常に困難だ。そのため、新規ユーザーの刈り取りをメインに数字を追う時代は終わり、「これからはLTVの観点からKPIを追っていくことがデジタルマーケティングの成功の秘訣となる」と實川氏は述べる。
「情報が溢れかえっている今、自社の情報を見つけてもらうのは、世界中の砂の中からたった一粒の砂粒を見つけ出してもらうようなもの。デジタル広告が飽和していく中で、CPAやCVRの目標数字をいたずらに上げていく戦略は限界が来ています。
これからのデジタルマーケティングにおいて重要となるのは、一人一人のユーザーを大切にし、企業と顧客の関係を長期的に構築するエンゲージメントに取り組んでいくアプローチです。この考え方を、私たちは『カスタマーエンゲージメント』と呼んでいます」(實川氏)
カスタマーエンゲージメントを築くうえで重要な「モーメント」と「ジャーニー」
顧客と信頼関係を築いていくためには、良質な体験の積み重ねが必要となる。流れるようなシナリオを考えることも重要だが、一瞬一瞬のコミュニケーションで顧客の期待値を上回り、「この企業なら信頼できるコミュニケーションをしてくれる」と思わせるアクションを繰り返していくことが大切なのだ。
そんなカスタマーエンゲージメントを実現するために重要なのが、(1)モーメント、(2)ジャーニーだ。各企業の事例を通じて、實川氏が考えるカスタマーエンゲージメントの理想形について整理してみよう。
(1)モーメント
まず、日本最大級のコンテンツ数を誇るVODサービス「ビデオマーケット」のコンバージョンを改善した事例を見てみよう。ビデオマーケットでは、各動画の詳細ページを閲覧したユーザー経由のコンバージョンが芳しくないことが課題になっていた。そこで画面上のポップアップをいかに工夫するかが改善ポイントとなった。
「SEOから動画詳細ページへ流入したユーザーは、会員登録が必要なこと、初月0円で利用できることに気づいていませんでした。一方、トップページから動画詳細ページに流入したユーザーは、『初月無料はもう知っているから、どんなコンテンツがあるのか知りたい』という要望が高いことがわかりました。それまでどのユーザーにも同じポップアップを出していたのですが、ユーザーの特性や心理状況に応じてポップアップの出し分けをすることにより、大幅にCVRを改善することができました。サイト全体で有料課金のCVRを37%増加させ、無料ユーザーのCVRは1週間で2倍になりました」(實川氏)
この時重視したのは、微に入り細に入るパーソナライズではなく、「その瞬間にそのユーザーが何をしたいのか」を理解し、ユーザーの心理状況に応じて接客方法を変えることだったという。これは、ヤン・カールソンが提唱する「真実の瞬間」という概念に基づいている。ヤン・カールソンは当時、業績が悪化していたスカンジナビア航空の最年少CEOだったが、この「真実の瞬間」を徹底的に改善したところ、同社をV字回復させることができたという。
「『真実の瞬間』とは、お客様と従業員が触れ合うほんの十数秒間のこと。その満足度を高めることこそ、サービス全体の満足度を高める唯一の瞬間なのです。スマートフォンの利用時間が劇的に増えた今、ユーザーのリアルな体験とデジタルの体験を区別する必要はなくなり、いずれもサービス体験の一つとなっています。デジタル上でユーザーと接触したその瞬間も、重要な「真実の瞬間」だと捉えることができます」(實川氏)
この考え方は2005年にP&Gが提唱した「First moment of truth」(ユーザーが店頭にある棚の商品を初めて手に取った瞬間)という概念や、2011年にGoogleが提唱した「Zero moment of truth」(商品にたどり着く以前の、ユーザーが検索して調べる瞬間)という概念の延長線上にある。リアルとデジタルの境界線が溶け合う現代においては、検索はもちろん広告やソーシャルなどデジタル上のあらゆる接点が中長期的なユーザーとの関係性を作るのに重要なのだ。
「トップページを見た瞬間、SNSで口コミを見た瞬間、スマホアプリの広告を見た瞬間など、デジタル上のあらゆる接点が、これからの『真実の瞬間』となります。そのほんのわずかな一瞬(モーメント)をどう演出し、いかにユーザーの期待に応えるかが、カスタマーエンゲージメントを成功させる一つの鍵となります」(實川氏)
(2)ジャーニー
次に實川氏は、あるワイン通販サイトから送られてくるメールマガジンの事例を紹介した。そのメールマガジンは、写真も装飾もなくプレーンテキストだけ。オンラインショップへ誘導するリンクすら貼られていなかった。ところが實川氏をはじめとするコアなファンはそのメールマガジンを心待ちにし、そこに書かれたワインの情報を読み込んで、自らサイトを検索し、購入するのだという。一見、アナログな手法で作成されているメールマガジンだが、この通販サイトのユーザーがロイヤル化するための大きな鍵となっている。
「すべてのワインを店主が自分でテイスティングしていて、その感想や評価がメールマガジンにびっしり書かれています。店主のものすごい熱量と、それを裏切らない安さや美味しさがユーザーの期待値を超えているのです。つまり、ユーザーはマーケティングのセオリーに則っているから買うわけではなく、企業のサービスに対する熱量に感化され、購買意欲が高まるのです」(實川氏)
ユーザーと信頼関係を築く「真実の瞬間」であるモーメントを演出し、様々なモーメントを積み重ねて、ジャーニーを描く。その両輪が、深く、長く続いていくカスタマーエンゲージメントを構築させる秘訣なのだ。
「モーメントとは点による施策で、ジャーニーは点を線にしていくための考え方です。定性調査によってユーザーの声を聞くことと、定量調査であるデータを組み合わせて、ユーザーを理解した上で施策に落とし込むことが、長期的なリレーションにつながります」(實川氏)
AIを活用した行動分析によりマーケティングコストを85%削減
最近では、AIを活用したユーザーの行動分析も盛り上がる機運を見せている。Reproでは2018年7月に立ち上げた「Repro AI Labs」というAIを活用した研究開発組織を中心に、次世代型のデジタルマーケティングの実証実験も行っている。
「集英社の『少年ジャンプ+』との取り組みでは、一週間後に離反しそうなユーザーをAIで予測し、そのユーザーに対してピンポイントに施策を行いました。ユーザーの行動データと継続率の相関性を分析した結果、AIがユーザーの行動の90%以上を予測することに成功し、離反しそうなユーザーにだけプレゼントキャンペーンを展開することで、マーケティングコストを85%以上削減することに成功しました」(實川氏)
カスタマーエンゲージメントを高めるためには、ユーザー分析&効果検証のためのデータ取得と、施策を高速で回すためのオペレーションが必要だ。そのために、これからはデータ取得をゴールとした大規模な施策も登場するだろう。
「たとえば中国の無人コンビニ『jian24』は、店員を減らして人件費をカットした店舗を運営することではありません。カメラに写ったユーザーの行動や表情、購入したものなどのデジタルデータを取得・分析することで、コンサルティング活動やサービス開発・改善することを目的としています。中国では、いかに他社が持っていないリアルなデータを用いてPDCAを回すかが重視されており、データを牛耳る者が勝者になる状況になっています」(實川氏)
モーメントとジャーニーをかけあわせて施策を最適化していく
實川氏は最後に、これからの時代において効果的なエンゲージメントの作り方について、モーメントとジャーニーをかけあわせることによって、ユーザーと継続的に接点を持ち、いつ・どのユーザーにどんな施策を行うかを最適化することだとまとめた。
効果的なカスタマーエンゲージメントを構築するために、様々なソリューションを利用することも有効だろう。CE(カスタマーエンゲージメント)プラットフォーム「Repro」もその一つ。
「『Repro』はリアルとデジタルを接続し、Webサイトやアプリ上で表示されるメッセージやポップアップに至るまでユーザーの行動データを取得・分析ができます。マーケティングオートメーションツールやDMPなどと連携することもでき、タグを入れるだけで1to1マーケティングを実施することも可能です。エンジニアの手を借りることなく、マーケターだけで分析・施策・効果検証ができるのも特徴です」(實川氏)
こうしたツールを活用して、自社のカスタマーエンゲージメントを最大化すれば、デジタルマーケティング活動は飛躍的に前進するだろう。