データドリブン経営で成長を続ける一休のビジネス
まずは一休 代表取締役社長の榊淳氏が登壇し、一休のビジネスとこれまで行ってきた取り組みを紹介した。2000年の一休.com開設以来、一休の業績は右肩上がりに推移していったが2007年~2011年にかけては伸び悩んでいた時期があった。しかし2012年頃から再成長を続け、現在は年間取扱高10億円規模で売上・利益共に好調だ。同社ではロイヤルカスタマーを強化する取り組みを行い、顧客単価を上げていったという。
2016年に榊氏が社長に就任してから特に注力した施策は、「ロイヤリティプログラム」「One to Oneマーケティング」「リコメンド」の3つ。具体的には、ポイントプログラムの改善やメールマガジンの廃止、サイト上に貼っていた広告をすべてやめる、UIの改善、営業強化などを行ってきた。中でも特筆すべきは、パーソナルプライシングという取り組みだ。榊氏は、実際に確率予測のデモ画面を見せながらその内容を紹介していった。
榊氏によると、現在一休では、AIを用いてユーザーがなん%の確率でいくらくらいの価格帯のホテルを予約しそうかを予測。その予約確率・予想金額に応じて、最適なクーポンの発行を行っているとのことだ。一休.com上では、ページ遷移の単位で予約確率をリアルタイムで予測する仕組みが整っている。榊氏は、「我々はデータサイエンスを使って経営を行っている」と強調する。
マーケターの役割とは?
続いて、ゲストであるスマートニュース マーケティング戦略顧問の西口一希氏も登壇し、榊氏とのトークセッションがスタート。匿名で質問できるツールを用いて質疑応答も行いながら、議論が交わされた。モデレーターは翔泳社 メディア部門 メディア編集部 部長/統括編集長の押久保剛が務めた。以下、セッションの内容を対談形式でお伝えする。
押久保:まず、マーケターとひと口に言っても、いろいろな方がいて、定義がしづらくなっていますよね。これまでにマーケターの方を数多く取材してきた中で、西口さんにお話を伺ったときに「これこそマーケターの仕事じゃないか!」と感じました。
西口:マーケターの定義はこの20年で一気に広がりましたよね。マーケターの仕事は何かというと、既にある需要を満たすためにプロダクト・サービスを作って、それを満たすために何をするかというのを設計すること。さらに、まだ顕在化していない需要を作り出し、プロダクト・サービスと結びつけることの2つがあると思います。榊さんは、どちらも縦横無尽にされていますね。
榊:僕がマーケターと呼ばれるようになったのは、ここ1~2年くらいです。僕から見ると、マーケターの方はP&G系列の、ビジネス成果にコミットするマインドがものすごく強い方と、ごく一部の役割にフォーカスしている方の2種類の方がいるように思います。西口さんは、前者ですね。
鍵はPL経験
西口:僕が本当にラッキーだったと思うのは、P&Gが20代でPLを持たせてくれたことです。人事や営業のことまで考えることになり、擬似的に会社経営をするようなもので、極限状態まで追い込まれます。若い頃にPL体験をしておくと、自然と経営の方に向かっていきますね。一方で、マーケターの業務としては、あるテクノロジーや手法に特化していくということもあるでしょう。データサイエンティストの方などは一緒に働く上で欠かせませんし、それを否定するつもりはありません。ただ、テクノロジーの領域は際限なく広がっていますので、どこを追うのかは難しいところですね。
榊:僕も1つの事業を持つようになったときに、下の人たちがいかに自分のことしか考えていないかということがわかりました。僕ら経営者からすると、手段はなんでもよいので、結果として勝つことが大事なわけです。もちろん自分のポジションに一生懸命なのはよいことなんですけど、それと同時にビジネスのゴールを共有できている人の存在は重要ですね。PL体験をすれば、そういった考えも身につくでしょうね。
押久保:なるほど。会場からは、「広告運用がどんどんAI化される中で、マーケターは今後どのような経験を積むべきでしょうか?」という質問が来ています。
西口:やっぱりPLを持つことをお薦めしますね。今いる会社で持つことができないようでしたら、自分でお店を始めて、最初に投資した資金が減っていくというのを経験するのでもいいと思います。気力・体力は歳とともに低下していくので、ぜひ若いうちに経験してみてください。
榊:僕が昔働いていたBCGに卓越したマーケターがいたのですが、彼は元々南極探検隊で、ビジネスやマーケティングの知識などまったくなかったんですよ。ただ、とにかく考える力に長けていて、お客様のニーズとかもけっこう言い当てることができました。マーケターにとっての武器となるツールはコモディティ化していますので、より一層深く考える力が求められていくのだと思います。
データドリブンはプロダクトの魅力ありき
押久保:先ほど、一休でのデータドリブン経営の話がありましたが、一方でデータドリブンという言葉が先走りしているとは感じませんか?
西口:データドリブンにやったらビジネスが必ずうまくいくと思うのは、誤解ですね。一休の場合は競合との比較優位を作り、プロダクトをめちゃくちゃ磨きあげているから、データドリブンが活きてくるんです。プロダクトが弱かったらうまくいかないですよ。榊さんがやられているようなやり方は、あと3・4年のうちには全業種で行われるようになると思います。そうなると、今のマーケターの仕事は8割くらいなくなるのではないでしょうか。そのとき勝負所となるのは、プロダクト・サービスがどれだけ磨き上げられているかという差です。
榊:僕が好きだからデータドリブン経営をやっていると思われる方もいるかもしれませんが、そもそもの出発点は溜まったデータを活用してOne to Oneマーケティングをやりたいということです。方法はなんでもよかったのですが、一休がチームとして勝つための一つにデータドリブンがフィットしていたのです。
西口:スマートニュースでも当然データ活用をしていて、その人が興味を持ちそうな記事をアルゴリズムで分析してフィードに流しています。そうしたパーソナライズと合わせて、ディスカバリーというファンクションをあえて作って、多分この人はこれにも興味があるんじゃないかという目新しさのある記事も流しています。人間は成長や発見があるものなので、パーソナライズだけだと将来的に離脱してしまうと思うんですよね。データサイエンスを担う方って、技術面だけでなく自社の事業における顧客の行動や心の動きを想像できないとアルゴリズムを組めないと思うのですが、その点はどうされていますか?
榊:僕らは3つのバリューチェーンで考えています。最初にビジネスのアイデアを着想する人が、きっとお客様はこういう機能が欲しいに違いないということを考えます。次にそれを実際にモデルに組んでサービスに入れる人がいて、最後にそのモデルをめちゃくちゃチューニングする人がいます。そうやってグラデーションしてワークさせていますね。
経営層に顧客を理解させるためには?
押久保:また会場からの質問です。「経営層、特にCEOに顧客を理解させるベストな方法を教えてください」とのことです。
西口:僕は今、自分の会社で、スマートニュースの他にも10社ほどサポートさせていただいています。お仕事のご依頼をいただいても、お断りしている場合がけっこう多いんですよ。というのは、トップがその気にならないと企業は変えられないので、基本的にはCEOとやれる案件しか受けていません。そのときCEOの方に最初にやってもらっているのが、顧客インタビューです。それをやって、顧客のことを理解できてくると、ビジネスの成長が加速していきます。これはベンチャーのほうがやりやすいですね。
押久保:経営層と顧客との距離が離れている大企業では難しいものですか?
西口:1社だけ巨大企業でまだ直接CEOにも会えていないクライアントがあります。そこでは、部長クラスの方々と小さなサクセスを作ろうとしています。結果が出たらそれを全社にあげていけば、徐々に変えていけるのではないかと。ただ、時間はかかるでしょうね。質問の答えとしては、そうやって結果を見せることで、CEOが変われそうか見極めるとよいのではないかと思います。どうしても理解することが無理な人は無理ですよね。
榊:そういう経営層の方に「あなたは自社の顧客をわかっていますか」と聞いたら、「わかっている」と答えそうですよね。僕らは、「理解できていないから知ろう」と考えているじゃないですか。本当に顧客に興味を持っていたら、顧客インタビューでも、根ほり葉ほり細かいことまで、競合を利用したプロセスなども聞きたくなるものです。
西口:僕がロート製薬に勤めていた頃の山田会長は、N1(1人の顧客)インタビューをものすごくやっていました。あちこちで話を聞いて、とても現場を見ていました。しかし多くの大企業の経営層は、実際に自社の商品を使っているような顧客層と全然接点がなくなってしまっています。そういった方たちも、数十年前には顧客をものすごく理解した現場で有能な人だったのですが、そこから情報がアップデートされていないんですよ。僕は普段の生活の中で、飲み屋で会った知らない人とかにもインタビューしてみることが少なくありません。「スマートニュースを使っていますか?」と聞いて、もし使っていなければ、この人にスマートニュースを使わせるためには何をしたらいいんだろうと考えると、アイデアがたくさん湧いてきます。
今、何に投資するかを明確に決めるべき
榊:僕がお客様インタビューで気になるのは、この人はこうやったら自社のサービスを使ってくれるだろうとわかっても、その施策で刺さる人が日本に5人しかいなかったら、成果は大きくならいんじゃないかということです。そこは、どう判断していますか?
西口:もちろん定量調査を同時に行ったりもします。ただ、この1人に効くことが10人にしか効かないということはほとんどないんですよ。1万人に効く、10万人に効く、100万人に効くという差は確かにあるんですけど。そもそも「その人にしか響かないこと」なんて、むしろ考えつかないものです。N1を突き詰めていくと、自然と当たりが出てきます。
押久保:最後に、お二人から若手マーケターの方に向けて、一言ずつメッセージをお願いします。
西口:皆さんにやって欲しいなと思うのは、自分のビジネスは全部自分の責任だという気持ちで考え尽くして、とことんやりきることです。お店を始めるのもいいとお話しましたが、たとえば自身が担当している商品を、まだ使っていない身の回りの人に売ってみるということでもいいでしょう。どうやったらこの人に買ってもらえるかを考え抜くことで、擬似的なPL体験ができ、考えが深まっていくかと思います。
榊:今の時代、個の力でいろいろな機会を作っていくことができます。自分の力で自分の人生を作れるということです。上の世代の人がわからないAIやニューテクノロジーといった領域で活路を見出だせることもあるでしょう。今、何に投資をすべきか明確に決めてやっていかれたらいいと思います。一休ではマーケターやデータサイエンティストといった専門職を募集しているので、興味がありましたら是非一緒に働きましょう。
西口:一休のマーケターは榊さんの側で働けるんですよね? それは間違いなくPLの感覚を持てるでしょうし、素晴らしい環境ですよね。
トークセッションの後には、榊氏や一休社員も交えた懇親会も行われた。和やかなムードの中、来場者同士で情報交換する姿や榊氏に直接質問をする様子も見られた。
一休では現在、「マーケター」「データサイエンティスト」などの専門職を募集している。詳しくは、キャリア採用情報ページから。