第2回の記事では、顧客起点での目標設定の概要と、顧客体験を描く上で必要な3つの視点を紹介した。改めてポイントを振り返ろう。
第2回の振り返り
・「顧客起点での目標設定」を言い換えると、各組織の役割と目標を顧客体験全体の中で示すということ。
・しかし、顧客体験を描くにあたっては様々な落とし穴が存在する。その落とし穴を回避し、効果的な顧客体験を描くために必要な視点は3つ。
・視点(1):「ベネフィット」は何か?
→ブランドができることではなく、顧客が得たい・達成したいことを軸にする。ベネフィットの明示なしに、顧客体験を描くのは不可能。
→ベネフィットは、カスタマーにとってのサクセスとも言い換えられる。
・視点(2):顧客は「現状」どのような状態に置かれているか?
→顧客の行動や思考は、ブランドとの関わりを持つ前に始まっている。その状態を起点にしなければ、顧客視点に立った効果的な体験は描けない。
→「現状」とは、ベネフィットを得ようとして顧客が既に採用している解決策のことを指す。
・視点(3):顧客の行動に変化をもたらす「必然的な理由」は何か?
→行動だけを描写した顧客体験では、施策実行の際に成功/失敗の理由がわからず、有効な打ち手を導けない。また必然性が説明できない活動は、やみくもな「量」を追うことにつながり、部分最適を引き起こす。
・3つの視点を満たすことで、(1)顧客との摩擦を解消し、(2)顧客視点に立つが故に効果的な、(3)改善可能な顧客体験を描ける。
そして第3回では、解説した3つの視点を満たし、効果的な体験設計を可能にしてくれる「パーセプションフロー・モデル」という考え方を紹介したい。
パーセプションフロー・モデルとは
パーセプションフロー・モデルは、クー・マーケティング・カンパニーの音部大輔氏が考案したマーケティング活動の全体設計図だ。本稿の文脈においては、顧客体験の全体設計図として捉えていただくとよいだろう。
四半世紀ほど前に開発されて以降、多様なブランドにおいて実用に供され続けてきた考え方であり、それらの知見を基にテンプレートが確立されているので、その内容を紹介しよう。
顧客体験の全体像を可視化するものだけあって情報量は多いが、まずは詳細に囚われ過ぎず、その「構造」に主な着眼点を置いて理解を深めるとよい。また、同氏の著した『マーケティングプロフェッショナルの視点』(日経BP社)でのオリジナル解説も是非ご参照いただきたい。
パーセプションフロー・モデルの構造
パーセプションフロー・モデルでは、顧客の状態(縦軸)に対して、横軸に「行動」「パーセプション」「知覚刺激」「KPI」「メディア/媒体」という項目が左から順で並び、全体として構造化されている。
本モデル最大の特徴として、その名にも冠されるように「パーセプション」という項目が存在する。まずはこの「パーセプション」の定義と、「パーセプション」がモデル内でどのように中核的な役割を果たすかを解説する。
パーセプションとは
パーセプションとは、日本語では「認識」や「知覚」(※)といった形で訳される。もっと言えば「外部から得た情報をどのように解釈しているか」ということだ。
(※)補足:「認識」と「知覚」の違いについて
マーケティングにおいて両者の差は厳密に意識しなくてもよさそうだが、脳科学領域では区別があるようだ。たとえば、『シン・ニホン』(安宅和人著、NewsPicksパブリッシング)では「知覚から感覚を剥ぎ取った言葉に「認知」という言葉がある」と解説されており、これによれば「知覚=感覚+認識(認知)」という等式で整理できる。「認識(認知)」は主に言語領域をカバーし、「知覚」はそれに加えて五感から得た情報も含めた概念だと捉えればよいだろう。
そして、なぜ顧客の中での「パーセプション」に着目すべきなのだろうか。それは、人の行動が何らかの客観的事実によってではなく、その事実や情報をどのように「認識・知覚」するかによってこそ左右されるからだ。人は、モノを買うときには「よいモノ」ではなく「よいと思ったモノ」を選ぶし、逆に捨てるときにも「使えなくなったモノ」ではなく「使えなくなったと思ったモノ」を捨てる。
そのように、パーセプションこそが人の行動を左右し、その変化を導く理由・きっかけとなるという前提に立てば、行動ではなくパーセプションに基づいてマーケティングを管理・計測・改善することで、成功する「必然」のある活動を展開できる(同時に失敗する「必然」も減らせる)ようになる。そして、その「必然」の設計こそが部分最適を防ぎ、全体最適を実現するために不可欠であることは第2回で述べた通りだ。
またパーセプションの重要性については、本モデルと同様に四半世紀以上前に著された『売れるもマーケ 当たるもマーケ ― マーケティング22の法則』(アル・ライズ/ジャック・トラウト共著、東急エージェンシー出版部)の、第4章「知覚の法則/The Law of Perception」が詳しい。少し長いが、この引用をもってパーセプションに関する解説の結びとしたい。
マーケティングの担当者は(中略)「事実を把握すること」に没頭している。彼らは(中略)自分たちの商品こそベストであり、ベストの商品が最後には勝つとの満々たる自信を抱いて、市場での戦いに臨む。
こうした考えは幻想である。客観的な事実というものは存在しないし、事実というものも存在しない。(中略)マーケティングの世界に存在するのは、ただ、顧客や見込み客の心の中にある知覚だけである。知覚こそ現実であり、その他のものはすべて幻である。
(中略)
心の中で知覚がどのように形成されるかを研究し、マーケティング計画の焦点をこうした知覚に合わせることによってのみ、あなたは基本的に間違っているご自分のマーケティング上の発想を正すことができる。
(中略)
マーケティングとは知覚をめぐる戦いであって、商品をめぐる戦いではないのだ。