マーケターやWebプロデューサーなどの移住が再び目立ち始めた
ここ最近また、僕の周りで移住者が増えていました。それも、マーケターとかWebプロデューサーとかデザイナーとか。そこで僕は日本広報学会の募集する“学会助成研究”に応募することにしました。採用されれば、研究取材に行く時の交通費や宿泊費の一部を助成してもらうことができます。学会研究の題名は、『クリエイティブ・クラスの移住と自治体広報』です。
僕は、米国の都市経済学者リチャード・フロリダが2002年に提唱した「クリエイティブ・クラス」の概念を活用しようと考えました。フロリダ教授によれば、クリエイティブ・クラスとは“意義のある新しい形態を作り出す”仕事に従事している人々のこと。具体的には、「科学者、技術者、大学教授、詩人、小説家、芸術家、エンタティナ―、俳優、デザイナー、建築家のほかに、(中略)たとえばノンフィクション作家、編集者、文化人、シンクタンク研究者、アナリスト、オピニオンリーダー(中略)、ソフトウエアのプログラマーないし技術者、映画製作者(中略)、ハイテク、金融、法律、医療、企業経営など様々な知識集約型産業で働く人々である」としています。MarkeZine読者のみなさんも、クリエイティブ・クラスに含まれるでしょう。
クリエイティブ・クラスの概念は、まさしく、自分の周りで増えている移住者たちの特性と合致しています。その後学会助成研究に採用され、僕は、既に長崎県の壱岐島に移住したデザイナーU氏を訪問。続いて長野県御代田町(軽井沢の隣)に移住したWebプロデューサーI氏も取材し、U氏とI氏の紹介で複数の移住者と行政の方にも取材を行いました。
その取材の調査結果は、2021年秋の日本広報学会全国大会で発表をする予定ですが、ここでは感じたことを2点だけご披露しておきましょう。1つ目は、U氏もI氏も、東京で“人並以上”に活躍されていた方で、東京から地方への移住にともなって以前は時折り口にされた“都落ち感”はまったく感じられず、「東京脱出」というよりは「BEYOND東京」というイメージを感じたということ。つまり、東京暮らしも十分に楽しんでいたのだけれど、さらにもう一歩先を模索して移住したというニュアンスです。
もう1つは、こうした動きは、必ずしもコロナ禍以降急に起きた流れではないけれど、コロナ禍でのリモートワークの一般化が移住の追い風になっていることも確かだ、ということです。
プチ移住のきっかけは、旧知の“フリーのマーケター”の投稿
そんな中、2020年12月に、旧知のフリーのマーケターである原敬輔さん(30代後半)のSNSの投稿を見ていたら、なんだか北海道の美瑛町というところに1ヵ月暮らしてみている、と言います。本格移住ではないにしても、これは自分の研究テーマである『クリエイティブ・クラスの移住と自治体広報』に関係すると考えて、早速オンラインでの取材を申し込み、12月中旬に話を聞きました。
原さんの話をかいつまむと、「美瑛町役場のテレワークモニターというプログラムに応募し採用されて来ている」「泊まっているのは5LDKの2階建て一軒家で無料」「その家はWi-Fi完備、プリンターも用意されている」「SNSで美瑛町の魅力を発信する」「プチ移住終了時に町に移住促進に関する提言をすることが義務」といったこと。
面白いなぁ、と感じました。町の魅力を一方的に告げるだけではなく、発信力のある人に体験して発信してもらう。これは、なかなかに優れた戦略です。今すぐ移住すると決断しているわけではないけれど、移住になんらか興味がある人にとってはピッタリの施策です。さらに、総務省のサイトでもその活用が勧められている「関係人口(移住未満、旅行以上)」増加施策としても有効だと考えられます。
さらに、もう1つ、大学教員は(少なくても僕の場合は)、3月と8月は講義が行われないので大学に行く必要がなく、研究期間と考えられています。また、昨今では会議があったとしてもオンラインで可能です。そこで原さんに「3月と8月なら僕も行ってみたいな」と告げたのです。すると、原さんが町役場の方に話をつないでくれました。諸事情で3月は枠が空いていたようで、滞在中にどういった業務を行う予定かを書き記した「事業計画書」を町に提出。無事に認められて、3週間の滞在となったというわけです。
何を酔狂な!と思う方もいるかもしれませんが、この歳になって(今月美瑛町にいる間に62歳になります)、縁もゆかりもない場所で3週間過ごすなんて(そしてその間に滞りなく仕事ができるなんて)、素敵な体験じゃないですか!