博報堂プロダクツの「ハブ」的機能を担う部門
MarkeZine編集部(以下、MZ):はじめに自己紹介をお願いします。
熊谷:博報堂プロダクツ デジタルプロモーション事業本部のテクニカルディレクションチームに所属し、テクニカルディレクターという役割を担っています。デジタルハリウッド大学で領域横断的に学んだ経験があり、自分の強みとして「デジタル」と「テクノロジー」がバックグラウンドにあります。
MZ:熊谷さんが所属するデジタルプロモーション事業本部は、博報堂プロダクツ内でどういった役割を担っているのでしょうか?
熊谷:これまでの広告は、マスメディアのコミュニケーションを軸として派生的にデジタルに落ちていく形が多かったですが、最近はプロジェクトのスタート時点でデジタルを組み込むのが当たり前になっています。これを受けて、“デジタルプロモーション”を担う我々も、昔に比べると、マーケティング戦略のより上流のところから関わるようになってきている。
博報堂プロダクツには様々な領域のプロフェッショナルがいますが、デジタルプロモーション事業本部はその中でハブとなって、総合的かつ本質的に企業のコミュニケーションを支援する役割を担っています。デジタルと一口に言ってもその領域は広いので、プロジェクトの内容に応じて各領域で専門性を持ったメンバーが集まり、1つのチームを編成して動くイメージです。
DX後進国・日本の現状と課題
MZ:ハイブリッドな専門性を持ち、チームの核となってDXを推進するのがデジタルプロモーション事業本部、ということですが。DXは言葉が先行し、企業によってその定義や中身がバラバラになっている印象があります。デジタルプロモーション事業本部で目指すDXとは、どういったものでしょうか?
熊谷:DXの定義がバラバラになるのは、ある意味必然だと思っています。というのも、DXの対象となる領域は、企業によって様々ですよね。ビジネスモデルがBtoCかBtoBかでも大きく異なりますし、変革したいのが社内業務なのか社外業務なのかでも違ってきます。ですので、定義や中身が違ってくるのは当然のことです。
ただ、どんな領域でも共通しているのは、「トランスフォーム=何かを変える」ということ。DXの前に使われた言葉として「デジタルシフト」がありますが、「DX」は単に既存の何かから置き換えるのではなく、根本的なトランスフォーメーションを推進するものです。つまり、「DXの先にある変化」を意識することが非常に重要です。
MZ:よく日本はDX後進国と言われますが、DX推進における企業の課題をどう捉えていますか?
熊谷:大きく2つの課題があると思っています。1つは、「ビジョンを具体化できていない」ということ。多くの場合、最初にソリューションのほうに目が行きがちで、その先にあるビジョンを具体化しようとする人、実際に具体化できる人がまだまだ少ない印象です。
2つ目は、「実装フェーズをリードできる人材の不足」です。デジタルやテクノロジーの領域では、日々新しい手法やツールが生まれています。これらはキャッチアップするだけでも大変で、さらに理解するとなるとある程度の専門知識が必要になります。また、目的を実現する方法は必ずしも1つではないので、領域をまたいで手法やツールを選定し、実装していかなければなりません。こうしたDXのプロジェクト全体をリードできる人材が不足していると考えています。
そして、これからのDXでは、ダイバーシティやSDGsといった世の中の“風”を捉えた上でトランスフォーメーションを促すことが大切になってくると思っています。その点、デジタルプロモーション事業本部には、生活者視点を持ったPR領域のプロフェッショナルもおり、ここも我々の強みのひとつです。
DX成功の重要人物「テクニカルディレクター」とは?
MZ:熊谷さんが担っている「テクニカルディレクター」には、どのような役割があるのですか?
熊谷:DXのビジョンやゴールを定義し、その要件を満たすツールやソリューションを揃えたらそれで万事解決かというと、そうではありません。ツールやソリューションを取り入れた時のUI/UXなども考えなければいけませんし、コピーワークや発信方法などのコミュニケーションも重要です。要するに、テクノロジーとクリエイティブの領域を絡めて考えないと、ちぐはぐな変革になってしまう。
ですが、デザイナーがエンジニアのテクニカルな話をすべて理解するのは難しく、逆もまた然りです。そこで、テクニカルディレクターがプロジェクトチーム内でハブとなり、デジタルとクリエイティブを繋ぐ共通言語を作ったり、各領域からの意見を翻訳して伝えたりする役割を担います。
MZ:デジタルの専門知識を持ち、クリエイティブにも理解があり、各領域のメンバーを繋ぐコミュニケーション能力もある……。相当なスペックが求められると思いますが、テクニカルディレクターは、どういったバックグランドを持っている方が多いのでしょうか?
熊谷:デジタルテクノロジーへの理解は、テクニカルディレクターが共通して持っているベースの部分ですが、それ以外のバックグラウンドは人によって異なり、多岐にわたっている印象ですね。たとえば、僕はWebプロデューサーとしてキャリアをスタートしています。デジタルだけでなく、リアルも絡めた様々なプロモーションを担当する中で、いろいろな領域の知識や知見を得て、自分の得意領域を広げてきました。テクニカルディレクターにはそれぞれに色があって、XR領域が得意、AIが得意など、得意領域も様々です。
ただ、「何を実装するか」だけでなく、目的・ゴールにきちんと突き合わせて考えていけるコミュニケーション力は大切ですね。柔軟な判断が求められることも度々あります。
また、僕の周りにいる人がたまたまそうなのかもしれませんが、難しかったり、ややこしかったり、課題の多いプロジェクトほど燃えるメンバーが多いです。難題にもポジティブに、やりがいがあると捉えて食らいついていく。そんなアグレッシブさが、テクニカルディレクターに必要な資質かもしれません。
As is/To beを捉えると、DXのビジョンが見えてくる
MZ:具体的なプロジェクトプロセスをお伺いします。たとえば、「次世代店舗を作る」というプロジェクトがあったら、どんな流れで進めていくのでしょうか?
熊谷:まずは、「生活者にとってどのような価値をもたらすのか」という店舗のコンセプトを明確にします。具体的には、「As is/To be」を捉えることが多いです。ここでは、As isを「買いたいものを自分で見つける店舗」、To beを「買いたいものと自然と出合える店舗」としましょう。As is/To beを捉えると、DXによってどのような顧客体験を創造していくのかというビジョンが定まります。
これを定義できたら、次はシナリオを具体化していきます。たとえば、店舗を訪れたお客様がモノを作っている生産者や商品を仕入れるキュレーター、すでにその商品を購入した人などと店舗で対話できたり。その日のお客様の状況、時期、天候などからレコメンドして、商品との出合いを演出したり。それらを後日ECで買えるようにしたり。こういった体験のシナリオをコンセプトから下ろして考えていきます。
具体的なシナリオまで決まったら、実装です。実装のフェーズでも、「これでビジョンを実現する店舗ができるだろうか?」と何度も問い直し、PDCAを回しながら進めていくことが大切です。
MZ:今のお話にあったコンセプトやシナリオを作るのは、テクニカルディレクターの役割になるのでしょうか?
熊谷:起点となるアイデアやヒントを出していくことは多いです。ただ、すべてをテクニカルディレクターがリードしていくわけではありません。先ほど申し上げたPRプランナーをはじめ、ビジュアルコミュニケーションに関わるデザイナー、アートディレクターとチームを組み、一緒に進めていきます。
テクノロジーを彩るクリエイターを有する「TOYOSTREAM」
MZ:博報堂プロダクツが昨年開設した、次世代型のライブ配信スタジオ「TOYOSTREAM」は、テクノロジー×クリエイティブの象徴的な存在だと思います。開設した背景や狙いについてお聞かせいただけますか。
熊谷:この1~2年で、オンライン映像コミュニケーションの需要が一気に増えました。オンラインゲームやライブ配信などのBtoC領域はもちろん、ウェビナーなどBtoB領域も同様です。これを受け、オンライン映像コミュニケーションをリードする拠点が必要だと考えて開設したのが「TOYOSTREAM」です。
最新の設備が搭載されているのはもちろんですが、「TOYOSTREAM」は単なる“箱”ではなく、その中を彩るクリエイターがいることに特長があります。XR領域が得意なクリエイターが新しい表現を試みたり、ソーシャルの領域に精通するプランナーがSNSを通じたインタラクティブな動画視聴を企画したり。最新のテクノロジーにクリエイティブを掛け合わせるクリエイターがいて初めて新しいオンラインライブ配信が生まれるので、クリエイターの数だけ可能性があると思っています。
学びを広げられる機会と環境を。産学連携で人材育成に注力
MZ:最後に今後の目標をお話下さい。
熊谷:やはり一番は人材育成ですね。はじめから「私はテクニカルディレクターです」と言える人はなかなかいません。テクニカルディレクターにおいては、スタート地点はどこでもよく、興味のある領域で軸足を作った後に、徐々に領域を広げていくことが重要です。領域を広げ、それを繋げていくと必然的に知識や知見が広がっていきます。この繰り返しを後押しするような人材育成が必要だと思っています。
また、2018年から母校であるデジタルハリウッド大学で教鞭もとっています。昨年秋からは映像クリエイティブを学ぶ学生が所属するゼミのサポートもしているのですが、彼らには、映像表現にユーザー体験を絡めて考える視点を養ってもらいたいですね。視覚は人に与えるインパクトが大きいので、その分、見た人の感情を動かしたり、行動を起こしたりする力も大きくなります。映像クリエイティブに精通する人が、いろいろな領域で広くユーザー体験を見られるようになると、映像が持つ力や可能性はさらに広がっていくと思うのです。
社内だけに限らず、こうした社外の場でも、知見や知識が広がるような環境・機会を作り、与えることを意識していきたいです。
豊洲オンライン配信スタジオ「TOYOSTREAM」について、詳しくは公式サイトをご覧下さい。