このままではデジタルの担い手である若手が伸びない、という危惧
デジタル媒体への広告出稿増加のトレンドは続いており、広告・マーケティングの支援事業を手掛ける読売広告社でも、平均成長率18%と高い数字を示している。にも関わらず、実は同社全体の売上構成を見ると、デジタルに関連するのは全体の4分の1程度。つまり、同社内でもまだまだ伸びしろがあるのがデジタル領域であると言える。
同社でデジタル戦略デザイン部の部長を務める立田氏は、そんな領域を担うデジタル部門の人材について、「30代以下が7割と極めて若手中心になっています。そのため、早期にデジタル人材を育成していく必要がある。また、社内人事のローテーション制度などにより、今後も経験の浅い若手は増えていくだろうと考えています」と状況を説明。そして、望まれるデジタル人材を『データに触れる/デジタル領域に詳しいだけでなく、データやデジタルの力も使い、課題を発見し解決できる人材』と定義した。
しかし、そのような人材育成を実現するには、社内のワークフローや組織構造に課題があった。立田氏は、広告会社におけるワークフローとして、ピッチ(広告主による代理店選定)時を例に、その問題を解説した。
上図の通り、最初に目的や予算に関するクライアントとのオリエンテーションがあり、最後のプレゼンに向けて企画を作っていくというのが、ピッチ時の一般的な流れだ。その際、明確に区分されているわけではないが、上流と下流というふうに大きく2つに工程が分けられる。上流ではマーケティング戦略の立案やクリエイションなど、ゼロイチで企画を立ち上げる経験値が求められる。一方、下流には上流工程で決まったことを受けて、プロモーションやメディアプランニングなどで最適なものを設計する役割がある。当然のことではあるが、上流工程では経験豊富なベテランの力が必要なため、若手はなかなか入れないという壁がある。
前述の通りデジタル広告分野は伸びているため、大規模ではないが、業務としてのタスクは日々増えている。そうなると、どうしても若手がそうした小規模でゴールがほぼ決まっているような案件を担当することが多くなり、若手にとってはルーティンワークのようにタスクをこなす日々となってしまう。
「ワークフローの上流では経験値が必要という組織力学の観点から、経験値や実績が少ない人材はどうしても上流工程に入りにくい」と立田氏。もっとも、上流工程を経験できないまま年数が経ち、成長や学びの機会を逃すような事態は一番避けたいものだが、現状では上流に行きたくてもそのための経験や実績を積む時間が取れず、やがては身動きできなくなってしまうというわけだ。
そこで立田氏は、「この組織の壁をデータやデジタルの力で突破できないか?」と考える。組織作りにデジタルの力を活用するというアプローチを取ったのだ。
データ&デジタルの力で組織の壁を取り払う
若手が活躍できる場を作るために、既存のワークフローを変え、年齢や経験値の壁を超える――この命題に立って改めてワークフローを見直してみると、下流工程にデータやデジタルの力を入れることの障壁は少ないと判断できた。しかし、上流工程は、ここで決めたことが後のすべてに影響するため、そうは簡単にはいかない。
そこで立田氏は、「上流工程の前に入れてみたらどうだろう。それによって+αの価値が生まれれば、ワークフローを大きく変えずとも、データやデジタル力を加えた新たなワークフローが成り立つのではないか?」と考える。
そこで、「戦略を立てる際に使えるクイックなデータ分析が、上流工程の前段階で新たな価値を発揮する」と仮説を立て、インターネットのアクセスログ、SNS投稿の全量データや検索データ、企業のIRデータ、アプリストアデータなど、多種多様なデータを入手し、実験を進めた。そんな中で、250万人規模のインターネット・アクセスログを持つヴァリューズの「Dockpit(ドックピット)」に出合う。
新たなワークフローで用いているツール「Dockpit」とは
Dockpitは、250万人規模のインターネット・アクセスログをベースにした大規模な消費者Web行動ログ分析サービス。一般ユーザーから許諾を得て、検索やサイトの閲覧といった普段のインターネットでの行動データを収集・分析し、企業向けに提供している。たとえば、家を探す時にどんな流入経路で、どんなウェブサイトを、どのぐらい見たかといったデータを時系列で収集・統計処理し、その調査結果を“即使える”データとして活用することができる。
立田氏は、「Dockpitの良いところは、利用者の特性などが“見て”わかる点です。デモグラフィックやジオグラフィックで分析結果が表示されるほか、ライフスタイルや行動、価値観、個性、購買動機などで顧客を分類できるサイコグラフィックを使った考察もできるシステムになっています」と話す。
加えて、競合や間接競合と呼ばれる他社についても、推測しながら仮説出しをすることができる。若手だけでなく、立田氏自身も「日々の業務で非常に助けられているツールです」と語った。
Dockpitの利用登録(無料)はこちらから。また、Dockpitに関するより詳細な情報は、サービス資料(PDF)をダウンロードしご覧ください。
データを武器に、若手も積極的に案件に参加できるように
Dockpitを導入して以降、「若手が強い武器を持って案件に参加できるようになった」と立田氏は効果を示した。いち若手の主観的な意見ではなく、データという事実に支えられた意見が持てるようになったことで、若手もベテランに臆することなく発言できるようになっているそうだ。さらに、Dockpitにより大規模なデータ処理のハードルが下がり、分析や考察という部分にピュアに打ち込めるようになった。
こうした環境が、若手の案件への「参画度」に影響を与えたと立田氏は話す。参画度とは、オリエンテーションや会議にどれくらい積極的に参加しているかを示す独自の指標で、レベル1から5まで段階がある。参画度が上がるにつれてその人物の重要度も上がる設定だ。
レベル1:「自分としてはこう思う」という主観的な意見を述べる
レベル2:「AとBを比較するとこんな差が出ている」といった一面的な分析ができる
レベル3:「Aではこうだが、実はBではこうなっている」といった多角的な分析ができる
レベル4:「本当の課題はCにあるのではないか」といった仮説の提示ができる
レベル5:「総合的に判断して恐らくこうだ」と考察・判断ができる
Dockpitを用いて、若手に案件に参画し、自ら提案させることで、それぞれのレベルはどんどん上がっていった。「最終的には、冒頭に申し上げた目指すデジタル人材像に近づいてきました」と立田氏は、今日までの手応えを語る。
入社1年目の若手でも、データ・ドリブンな環境で鍛えれば大きく成長が可能
講演の中で立田氏は、新卒1年目・黒田氏のケースを紹介した。下図は、黒田氏が入社して1年間で担当した案件と、それに対して使ったデータ、そしてアウトプットの具体的なドキュメントを一部抜粋してまとめたものだ。
「作成したドキュメントは、入社1年目とは思えないレベルで、グラフィカルな分析がされており、打ち合わせなどでもしっかり提案ができています」と立田氏。データと人の考察を加え、案件に参加を繰り返すことで、1年目でもこれほどのレベルに到達できるのだ。
加えて、若手を育成する上で、立田氏自身がマネジメントの観点で意識的に取り組んでいることも紹介された。組織内での価値基準・マインドの醸成、ルール化を進めることで、個々人の成長に繋がっていくよう工夫してきたという。たとえば、分析業務においては、“何かと何かを比べて考える”ことを1丁目1番地として徹底させた。また、「安易に正解を調べるのではなく、正解に行き着くまでの過程こそが大事である」というチーム内での価値基準を作っているほか、「会議では必ず1回は発言するように。難しい場合は質問をするように」というルールも設けている。こうした工夫もあり、先述の黒田氏のような若手人材の成長があったというわけだ。
デジタルという新しい資源を取り入れるには、広い視野が必要
立田氏は、今回の事例はあくまで読売広告社で行ったものであるとした上で、「皆さんに共通するような形で抽象的に言えば、デジタルやデータといった新しい資源や新しい人材を円滑に業務に取り込むには、プロセスや価値基準の見直しにまで視野を広げてアプローチすることが大事だと思います」と話した。
プロセスとはワークフローであり、価値基準とは今まで正解としてきた基準を指す。つまり、データやデジタルの力を最大限に活用するには、従来のワークフローを崩すくらいの取り組みが必要ということだ。
講演の最後には、Dockpitを提供するヴァリューズ データマーケティング局 アライアンスG ゼネラルマネジャー 山本渚氏が、立田氏へ2つの質問を投げかけた。
1つ目は、「Dockpitのようなコストのかかるツールを導入する際、経営層にどのように意思決定を促したか?」という質問。これに対し立田氏は、「Dockpitのデータを使うことで、何がわかるのか、どんな価値が生まれるのか。それによって、どれほど自社のビジネスにプラスの影響があるのかを明確に示すことで、『なるほど、それは有効だね』と合意を得られる状態を目指しました」と回答した。
もう1つの質問は、「新しいデータソースが加わると、逆に分析業務の負荷が増えるという懸念があるが、実際に導入してどうだったか?」というもの。これについては、直感的に使えるDockpitのUIを評価し、「短い時間でクイックに仮説を出すことができているので、あまり負担が増えたという印象はありません」と答えた。
Dockpitのようなデータ分析ツールを、組織改革・人材育成に用いるという読売広告社のこの取り組みは、これまでにあまり見なかった斬新な事例である。これからツールの導入を検討している企業においても、すでにツールを導入している企業においても、新たな視点でデータやデジタルの力を見出すことができるのではないだろうか。
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