野球との相性が良いアクティブサラリーマンをターゲットに
高橋 飛翔(以下、高橋):ご経歴を拝見すると、同年代なんですよね。私は1985年生まれです。
林 裕幸さん(以下、林):まさに同年代、私は1986年です。当社では過去に、私たちの世代を「アクティブサラリーマン」と言っていました。これは成績も観客動員数も低迷していた時代に、効果的な集客を行うためのターゲットとして定めた「20代から30代くらいの働く男性で、会社帰りや休日をアウトドアやイベントごとに費やすのが好きな人たち」のことです。
それまでのプロ野球は、チームが勝てば会社が儲かるという考え方が主流でした。しかし、チームが年間最下位になることもあったベイスターズの場合、勝利を待っているだけでは球団の存続に関わります。
そこで、まずは動員数を増やして成果を出すために、アクティブサラリーマンとその周辺層に向けたアプローチを始めたんです。
林 裕幸(はやし・ひろゆき)
横浜DeNAベイスターズ 取締役 ビジネス統括本部 本部長。事業計画策定、「コミュニティボールパーク」化構想(球場改修企画)策定、マーケティング分析・顧客戦略策定などを担当。2017年より経営・IT戦略部部長を担当。2020年からビジネス全般を統括。
高橋:野球にスポーツビジネスの考え方を持ち込んだことが、ベイスターズ再生の端緒だったわけですね。20代から30代は所属するコミュニティも多様ですし、波及効果を考えるとマーケティング施策の投資効率も良いですね。
林:そうなんですよ。それと、私たちが小さい頃は野球がもっと身近でしたよね。地域の野球チームもたくさんあったし、高校野球も盛り上がっていました。私は横浜生まれ横浜育ちですが、1998年にはベイスターズが優勝して、横浜高校が甲子園を春夏連覇してと、そのように熱狂を肌で感じて育ったわけです。
そういう野球の素地があると、その後のコミュニティでも野球に触れる機会が生まれやすいと思うんですよ。
ハード面の改善で来場ハードルを下げる
高橋:小さい頃、親に連れられて行った球場で野球のおもしろさを体感していると、やっぱり違いますよね。根本的に野球が好きになっているから、成長とともに変わるコミュニティの中で、観戦に誘ったり誘われたりする機会が増え、球場の楽しさが拡散される。また、結婚して家族ができたら今度は自分が子供を球場に連れて行く。そういった感じで楽しさは巡り広がっていくわけですね。
林:その通りです。ですから、ターゲットを定めた後はパーセプションチェンジに取り組みました。球場を「野球を見る所」から「野球を中心としたエンタメ空間」へと変化させていったのです。
高橋:具体的にはどんなことをなさったんですか。
林:昔の球場って、「トイレが汚い」とか、「酔っ払いが多くて、子供を連れて行きにくい」といったイメージがあったと思うんです。まずはそこから変えていこうと、ハード面の改善をしました。
はじめにトイレをきれいにしました。続いて「パノラマカウンター」やクッション性の高い床とソファを備えた「リビングBOXシート」など、アクティブサラリーマンの周辺にいる人たちを念頭に置いて座席のバリエーションを増やしました。リビングBOXシートなら、小さなお子さんが寝転がっても問題なく、「子供が小さいから球場へ行きにくい」という層の来場ハードルを下げられます。
高橋:選手の一挙手一投足に注目している熱心なファンもいれば、ホームランを打った瞬間だけ野球を見て、あとは喋ったり飲んだりしている人たちがいてもいい。アクティブサラリーマンという新たなターゲットを据えて、ターゲット周辺のライト層にもアプローチしていったんですね。
ターゲットをコアユーザーに絞るとファン層拡大にはつながりにくいので、ライト層に向けて戦略的なコミュニケーションをしていくのは大切ですよね。
林:そうですね、サッカーやバスケほどプレーに集中しなくても流れについていけるという、野球ならではの特性もこうした取り組みに向いていました。野球は攻守交代する時間のように、目を離しても問題ない場面があるんです。そうすれば「さっきのって、どんなルール?」「今のはどうすれば良かったの?」など、野球がわからない人にもワイワイ談義しながら楽しんでいただけるわけです。そういう意味では初めての人も楽しみやすいスポーツだと思います。