背水の陣で1人EC店長に
高橋 飛翔(以下、高橋):井手さんがヤッホーブルーイングに入社された1997年は、国内が地ビールブームに湧いていた時期ですよね。
井手 直行(以下、井手):1994年に酒税法の改正があり、ビールの製造免許を取得するハードルが一気に下がりました。大手ビール会社の寡占状態だったビール業界に小規模醸造所が次々と参入し、全国各地で地ビールが作られるようになったんです。
大手ビールのほとんどは下面発酵でキレの良いのどごし重視の「ラガー」だったのに対し、ヤッホーブルーイングの作るビールは華やかな香りとコクがある上面発酵の「エール」。日本ではまだまだ個性派でしたが、創業時に作った「よなよなエール」はブームの後押しを受けて順調に売上を伸ばしました。
井手 直行(いで・なおゆき)
株式会社ヤッホーブルーイング 代表取締役社長。ニックネームは『てんちょ』。国立久留米高専を卒業後、電気機器メーカー、広告代理店などを経て、1997年ヤッホーブルーイング創業時に営業担当として入社。2008年より現職。フラッグシップ製品『よなよなエール』を筆頭に、個性的なブランディング、ファンとの交流にも力を入れ、クラフトビールメーカー国内約800社の中でシェアトップ。『ビールに味を!人生に幸せを!』をミッションに、新たなビール文化の創出を目指している。
高橋:新規参入が多いと業界が活性化する反面、品質にばらつきが生まれるリスクもありそうですね。地ビールブームはあまり長く続かなかった記憶があります。
井手:おっしゃる通りです。大手メーカーの発泡酒に価格で押されたこともあり、当社の業績は1999年を境に下降の一途をたどりました。やれること、思いつくことは全部やりましたが、突破口は見つからず……。最後の最後に手をつけたのが、開店休業状態だった楽天市場のネットショップでした。売上の低迷が始まって5年目になる、2004年秋のことです。
私は元々営業担当でしたが、背水の陣でWeb担当に鞍替えし、1人でネットショップのテコ入れを開始しました。
逆転の契機は「書き手の顔が見えるメルマガ」
高橋:まさに手探りで賭けに出たという感じですね。何から手をつけたのですか。
井手:当時、楽天が出店者向けに開催していた「楽天大学」に毎週通って、ネットショップの運営ノウハウを学びました。そこで、講師の方に教わったことを一つずつネットショップに反映させていきました。
同時に、メルマガの内容も見直しました。当時は注文してくれた方に必ずメルマガを送る仕様だったんですが、送るたびにメルマガ会員が減っていくんですよ。原因を探ろうと、優良店舗に贈られる「楽天ショップ・オブ・ザ・イヤー」を何度も受賞しているお店のメルマガを購読したのですが、とても驚きました。
ほとんど個人ブログのように店長さんの日常や趣味の話が綴られていて、新製品のPRは最後にちらっと書き添えられているだけだったのです。
対して、当社のメルマガは「夏はやっぱりビールですよね」とか、「よなよなエールはいかがでしたか」とか、当たり障りのない話題と販促のメッセージばかり。ここに大きな差があると感じて、書いている私自身の個性を出し、顔が見える方向に振り切ったことで潮目が変わりました。
高橋:なるほど。確かに、何の変哲もないメルマガが来ても、大体アーカイブするか消去するか……。でも、人の顔が浮かぶと無下にするのは心苦しいですもんね。
井手:実際、私がスノボに行った話とか、飲み会に行ってヘマをした話をメルマガでしてみたら、初めて返事が返ってきました。しかも、「すごくおもしろかった」「久々によなよなエールが飲みたくなって買いました」といったポジティブな反応です。それまではひたすら一方通行の発信で、しかも発信するたびに顧客離れが起きていたわけですから、純粋にうれしかったですね。