肖像権とは
肖像権とは、誰かに無断で自分の写真や動画を撮影されない、公開されないという権利のことです。肖像権を侵害することは、民法上の「不法行為」にあたるため、肖像権を侵害された場合、加害者に対して損害賠償請求をすることができます。
しかし、肖像権ははっきりと法で明文化された権利ではなく、過去の判例から憲法第13条に規定されている「幸福追求権」を根拠として保障される権利、と考えられています。また、肖像権を構成する要素には「プライバシー権」と「パブリシティ権」があるとされています。
プライバシー権とは、本人が公開されたくない私生活上の情報を勝手に公開されない、という権利のことです。氏名や住所などの個人情報はもちろん、家族構成や病歴、交際歴、プライベートの写真や動画などもプライバシーに関わります。
パブリシティ権とは、芸能人などの著名人が持つ権利のことで、顧客を惹きつける力があるからと勝手に写真や動画を商品・サービスに使われた場合、パブリシティ権の侵害にあたります。
肖像権侵害は犯罪になる?
前述のように、肖像権侵害は民法上の「不法行為」にあたります。これは、肖像権の侵害が刑法などに規定されていないためで、肖像権侵害によって何らかの刑事罰が科されるわけではないことから、犯罪行為にはあたりません。そのため、警察は肖像権侵害に関する争いには民事不介入の原則として関わらないのです。
ただし、犯罪行為ではないからといって、肖像権を無視していいわけではありません。後述する判例のように、肖像権侵害によって損害賠償請求を受けたり、社会問題になったりするケースもありますので、肖像権侵害にならないよう十分注意しましょう。
肖像権侵害にあたる4つのルール
では、どんな画像や動画が肖像権侵害に相当するのでしょうか。肖像権侵害にあたるかどうかの判断には、4つの基準があります。
1.個人が特定できる
1つめのルールとして、個人が特定できるかどうかが挙げられます。顔や服装がはっきりわかるように映っている場合、個人を特定できる可能性が高くなります。一方、写り込みが小さかったり、ピントがボケていたりする場合は、個人を特定できる可能性が低いでしょう。顔にモザイクをかけるなどの処理がされている場合も、肖像権侵害にあたりにくいと考えられます。肖像権侵害にあたるかどうかわからない場合は、後述するようにポイントをおさえて処理しましょう。
2.撮影された本人の許可がない
本人の許可なく撮影された写真や動画は、肖像権侵害にあてはまる可能性が高いと言えます。逆に言えば、撮影された写真や動画について、きちんと使用用途を説明した上で、撮影された本人が許可を出しているのであれば、肖像権侵害になる可能性は低くなるでしょう。ここで重要なのは、きちんと使用用途を説明することです。特にSNS上に公開する場合、どのSNSに公開するのか先に伝えておき、それ以外のSNSに勝手に投稿しないよう注意しましょう。
3.撮影場所がプライベートな空間である
画像や動画が撮影された場所がプライベートな空間である場合、肖像権侵害にあたる可能性が高くなります。例えば、自宅はもちろんホテルの個室や病室などがプライベート空間と判断されやすいため、これらを背景とした画像や動画には十分注意しましょう。一方で、公共施設や道路、公園など、誰でも自由に出入りできる場所はプライベート空間と判断されにくいため、肖像権侵害にあたる可能性が低くなります。
4.拡散性の高い場所に公開されている
SNS上に写真や動画を公開する場合、最も気をつけなくてはならないのがこのポイントです。SNS上は拡散性の高い場所と考えられるため、本人の許可を得ずに公開してしまうと肖像権侵害にあたる可能性が高くなります。特にマーケティングでSNSを利用する場合、そもそも不特定多数に拡散してもらうことを目的としているため、この基準には必ず引っかかってしまうと考えて良いでしょう。そのため、他の基準は確実にクリアするように、慎重に行動しなくてはなりません。
SNSに公開した写真を勝手に使ったら肖像権侵害?
では、SNS上に公開されている写真や動画をダウンロードし、他の場所で使う行為は肖像権侵害にあたるのでしょうか。この場合、当該写真や動画で撮影されている本人の許可がない場合、無断転載となり、肖像権侵害と判断される可能性があります。SNSマーケティングにおいて、フリー素材などで良い映像が見つからない場合、SNSなどからダウンロードしたくなることもあるでしょう。しかし、その場合は前述のように使用用途をはっきりさせた上で、本人に許可を取る必要があります。
肖像権侵害になりやすい例
ここでは、肖像権侵害になりやすい例として、3つの例をご紹介します。
プライベート写真がSNSに公開された
SNSマーケティングを行う際、良いフリー素材が見つからないと自分で撮影した画像や動画を使いたくなります。しかし、自分で撮影した画像や動画だからといって自分以外の人が映った画像や動画を勝手にSNSに公開してしまうと、肖像権侵害になってしまうケースがあります。自分で撮影した画像や動画であっても、自分以外が映っている場合、映っている本人の許可を得てからSNSに載せましょう。
自宅や病院での姿を公開された
肖像権侵害と判断される4つの基準にもありますが、自宅や病院、ホテルの部屋などはプライベート空間と考えられています。そのため、これらの画像や動画を勝手にSNSに載せてしまうと、肖像権侵害とみなされる可能性が高くなります。どうしてもこれらの画像や動画をSNSマーケティングに使いたい場合は、公開する場所や目的をはっきりと伝えた上で、映っている本人に公開の許可をとりましょう。
公開拒絶の意思表示をしたのに公開された
口頭や書面で公開拒絶の意思表示をしている場合はもちろん、カメラを手で遮る、顔を隠すなどの行動も撮影拒絶の意思表示をしていると考えられます。そのため、これらの写真や動画を撮影することはもちろん、SNSなどに勝手に公開してしまうと、肖像権侵害と認められる可能性が高いです。被写体が撮影されたくない、公開されたくないと意思表示している画像や動画は、勝手に公開しないよう十分注意しましょう。
肖像権侵害になりにくい例
一方で、以下の3つのような場合は肖像権侵害にあてはまりにくいと考えられます。SNSマーケティングで利用するなら、以下のような画像や動画を選ぶと良いでしょう。
人物を特定できない写真
2人以上の人が画面に入っていて、一人一人の顔が小さく誰か判別できないという場合、モザイクやぼかしなどで判別できないように処理されている場合などは、肖像権侵害にあたりにくいでしょう。ただし、画像の解像度を上げれば誰かわかってしまうのであれば、肖像権侵害になるケースもあります。画像や動画の写り込みをチェックするときには、拡大しても顔がわからないかどうか、よく確認することが。
公共の場で撮影された写真
道路や公園など、明らかに誰でも入れる公共の空間で撮影された画像や動画の場合、肖像権侵害にはあたりにくいと考えられます。例えば、スクランブル交差点の写真を撮影する場合、公園の全景を撮影する場合などが当てはまるでしょう。公共の場所では、一般的に自分の肖像を他人に見られることが当たり前である、本人もそれを許容している、と考えられるためです。
イベントスタッフの写真
何らかのイベントの出演者、コンパニオンなどのスタッフとして写真に撮られる場合も、前述の公共の場で撮影された写真と同じように、自分の肖像が他人に見られることを前提としていると考えられます。イベントの場合は撮影や公表もある程度は受け入れるべき、と考えられるケースが多く、肖像権侵害にあてはまりにくいでしょう。ただし、そのイベントが宗教やLGBTQ関連のものであるなど、社会的偏見につながりうる内容であれば、一般的に公表を受忍すべきではないとして肖像権侵害にあてはまるケースもあります。
肖像権侵害が認められた判例
では、実際に肖像権侵害が認められた判例について、4つの事例をご紹介します。
判例1:病院内での撮影
大手消費者金融の会長が、病院内の廊下を車椅子で移動中の姿を撮影され、入院した事実とともに週刊誌に掲載されたもので、肖像権およびプライバシーの侵害として認められました(平成2年5月22日)。病院内は自宅と同様に完全な私生活の場であること、入院の事実を報道するにあたって写真の掲載が必ずしも必要とは言いきれないことなどが裁判所の判断に影響したようです。
判例2:30年前の水着写真
夫を殺害した容疑で逮捕された女性が、逮捕報道の際、約30年前のコンテスト出場時に撮影した水着姿の写真を週刊誌に掲載されたもので、肖像権侵害として損害賠償請求が認められました(平成6年1月31日)。公共の利害に関する事実を報道するにあたり、原告の写真を掲載することは妥当であると考えられる反面、約30年も前の水着姿の写真を掲載することに必要性や相当性は認められない、というのが裁判所の判断です。
判例3:ストリートファッション
胸部に大きく「SEX」と書かれたデザインの服で横断歩道上を歩く女性の全身像を撮影し、あるファッション協会が運営するウェブサイトへ掲載したものです。掲載後、大型掲示板に同サイトのリンクとともに誹謗中傷コメントが書き込まれたことから、肖像権侵害であるとして損害賠償請求が認められました(平成17年9月27日)。裁判所は、当該写真は容貌がはっきりわかる撮影だったこと、服のデザインが撮影・公開されるには心理的負担を覚えてしかるべきものだったことを考慮したようです。
判例4:動画の肖像権侵害が認められた例
ある夫婦がプライベートな動画をSNSに投稿したところ、第三者が一部を画像として保存し、投稿した本人に無断で他のサイトに投稿したもので、肖像権侵害を理由にプロバイダへの発信者情報開示請求が認められました(令和2年9月24日)。裁判所は、当該動画は24時間限定の公開機能を使って投稿されていたこと、第三者に対して保存や転載の許可をしていないことなどから、第三者の行為は受任すべき範囲を超えたと判断しています。
肖像権侵害にまつわる疑問
最後に、肖像権侵害についてよくある疑問を3つご紹介します。
顔がわからなければ肖像権侵害にならない?
肖像権侵害にならないための対策として、顔がわからないようモザイクをかけたり、後ろ姿の写真にしたりする手法がよく用いられます。しかし、顔がわからなければ絶対に肖像権侵害を回避できるかというと、そうとも限らないことに注意しなくてはなりません。
肖像権侵害になるかどうかは、「個人を特定できるかどうか」が大きく関係してきます。そのため、特徴的な衣服を着ている、身体的な特徴がある、歩き方に強い特徴があるなどの理由で個人を特定できる場合、肖像権侵害になるケースが多いです。また、かけたモザイクが薄かったり、上から押したスタンプが小さかったりしても、同様に個人を特定しやすくなってしまうため、注意しましょう。
公務員や著名人でも肖像権侵害になる?
警察や消防などの公務員、芸能人など著名人の場合、撮影しても肖像権侵害になりにくいと考える人がいます。しかしこれは間違いで、どんな職業の人であっても、私的な空間やプライベートな場面を勝手に撮影することや、ましてその写真や動画を無断で公表することは肖像権侵害にあたる可能性が高くなります。
ただし、これらの職業の人が業務中、例えば消火活動時やイベント出演時などに撮影する場合は、受忍限度を超えないとして肖像権侵害にあたらないと考えられる可能性が高いです。しかし、著名人の場合は「パブリシティ権」が認められるため、写真や動画を勝手に公開したり販売したりして利益を得てしまうと、「パブリシティ権の侵害」とされる場合がありますので、注意しましょう。
似顔絵やイラストも肖像権の侵害になる?
似顔絵やイラストの場合でも、実在の人物をモデルとしたものであれば、肖像権侵害となる可能性がありますので注意しましょう。最高裁判所の判例でも、「人は、自己の容貌などを描写したイラスト画についても、これをみだりに公表されない人格的利益を有する」と判断されています。撮影した写真や動画がダメならイラストで、と考えている場合は、完全に架空のものを使いましょう。
SNSに画像や動画を投稿する際は、肖像権の侵害に注意しよう
SNSマーケティングを行うにあたり、画像や動画によるアプローチは非常に有用です。しかし、それだけに肖像権侵害と判断されてしまうと、損害賠償を求められたり、企業の信用が傷ついたりと多大な損害が生じることも考えられます。今回ご紹介した基本ルールや肖像権侵害になりやすい例、なりにくい例や実際の判例をもとに、肖像権侵害と判断されないような画像や動画を使いましょう。