キーワードは「Endless Cycle」
TikTokは単なる動画視聴プラットフォームではない。「私達が提供しているのは、循環型のエコシステムです」と語るのは、TikTok Japanの佐藤友浩氏だ。
佐藤氏曰く、循環型エコシステム「Endless Cycle」とは「ディスカバー(発見)」と「コミュニティ形成」がエンドレスに循環する構造を指す。
ディスカバー(発見)の具体的な要素の一つが、パーソナライズされた「おすすめ」フィードだ。TikTok Japanが実施した調査によると、67%のユーザーが自分に合ったコンテンツを、82%が新たなコンテンツ、ブランド、商品を発見した経験があると回答している。
一方のコミュニティ形成についてはどうか。ユーザーは発見した動画へのコメントやシェア、さらに共通のハッシュタグや音源を通じて交流を深めることができる。実際、先の調査では約72%のユーザーが「他のユーザーとのつながりや一体感を感じている」と回答したそうだ。また「ユーザーが自ら動画を投稿することで、コミュニティはますます拡大していく」と佐藤氏は語る。
「ディスカバー(発見)とコミュニティ形成がエンドレスに繰り返されることで、購買などのアクションを生み出すことができるのです。『TikTok売れ』と呼ばれる現象や音楽のヒットなど、社会的・文化的なインパクトも期待できます」(佐藤氏)
では、どのようにしてアクションにつながる循環を回すことができるのか。まずはディスカバー(発見)の具体的な成功事例を見ていこう。
ユーザーに発見されるための冒頭2秒とテーマ設定
配信開始から4ヵ月でSNS総フォロワー約35万人、SNS総再生数約3億回を記録している縦型ショートコントコンテンツ「本日も絶体絶命。」をご存知だろうか。実力派コント師が書き下ろした様々なシチュエーションのオリジナルコントを配信するプロジェクトだ。
このアカウントを企画・プロデュースするQREATION(キュリエーション)の代表・米永圭佑氏は、TikTokでディスカバー(発見)されるコンテンツをつくるにあたり、意識しているポイントを三つ挙げる。
第一のポイントは「直感的に見たいと思える冒頭2秒」だ。動画の冒頭2秒でユーザーの興味を引くことが重要だという。
「TikTokのコンテンツは『おすすめ』フィードを通じて不特定多数のユーザーに届けられます。加えて、投稿者はプロのクリエイターから一般ユーザーまで様々です。このように多種多様なコンテンツが同じフィードに存在する前提を踏まえ、ユーザーの関心を瞬時に捉えることが求められます」(米永氏)
米永氏は「見続けてもらうための『裏切り』」を第二のポイントとして挙げる。最後までユーザーの心を惹きつけるためには、予想外の展開や意外性のある裏切りを効果的に組み込むことが重要とのことだ。
「最後までユーザーを惹きつけることができたかどうかを測る重要な指標が、視聴ユーザーによる発話です。コメントやSNS上の投稿を分析することで、意図した展開や裏切りが効果的であったかどうかを検証し、それを次のコンテンツ制作に活かすという仮説検証のサイクルを回しています」(米永氏)
第三のポイントは「TikTokの『マス』を捉えたテーマ」にあるという。TikTokは幅広い年齢層のユーザーが利用している。そのため「あらゆる世代の感覚や経験に寄り添わなければならない」と米永氏。たとえば学生にはあまり馴染みのない「物件の内見」などのテーマよりも、多くのユーザーが経験しているであろう「授業参観」などのほうが、共感を呼びやすくコンテンツの訴求力も高まるようだ。
「松本まりかチャレンジ」で形成されたコミュニティ
2024年7月期にテレビ東京で放送されたドラマ『夫の家庭を壊すまで』の番組宣伝においても、TikTokの循環型エコシステム「Endless Cycle」が大いに活用された。
従来の番宣だけではリーチできない視聴者層へのアプローチを目的として、TikTok専用のオリジナル切り抜き動画を制作。TikTokの切り抜き動画がヒットしたことでドラマの認知が広がった結果、TVer再生回数3,000万回という同局史上最高記録を達成したほか、これまで難しいとされてきたF1層(※)の視聴者増加にもつながったという。
※20~34歳の女性を示す区分
この経験を踏まえ、同局の前田有花氏もTikTokでディスカバー(発見)されやすいコンテンツ制作のポイントを紹介する。
第一のポイントは「TikTokユーザーの共感を意識」だ。プロデューサーが見せたいシーンではなく、視聴者がスカッとするシーンを切り出して動画を制作した結果、当該動画の再生数は1,600万を超え、コメント欄も盛り上がったという。
「得られたのは定量的な成果だけではありません。視聴者の方が切り抜き動画をアレンジしたミーム動画を投稿して楽しむ『松本まりかチャレンジ』なる現象が生まれているのです。この現象をきっかけにドラマを観るようになった方もいることから、TikTokのコミュニティがもたらす影響力を実感しています」(前田氏)
第二のポイントは「トレンドやコメントを活用してユーザーを引き込む」だ。『秋山ロケの地図』というバラエティ番組の公式TikTokアカウントでは、TikTok上で流行しているストリートスナップ形式の動画を制作し、多くの視聴者をアカウントへ誘導。動画の最後に視聴者目線のコメントを表示し、ユーザーの投稿を促すよう工夫したという。
バズりやすく制作の手離れが良い「フォトモード」とは?
漫画出版社のコアミックスでは、TikTokの「フォトモード」を活用して、漫画作品の告知を行っている。フォトモードとは、最大35枚の画像と文字で投稿できる機能のことだ。コアミックスの伊藤拓也氏は、フォトモードのメリットとして「漫画のデータをそのまま活用できる」「動画制作に比べて圧倒的に手間がかからない」「バズりやすい」などを挙げる。
同社でもQREATIONと同様、TikTokで発見されるコンテンツをつくるために「最初の2秒」を重視。たとえば漫画の7ページ目に最も魅力的なシーンがある場合、TikTokのコンテンツでは7ページ目を冒頭に持ってくる構成としている。
またフォトモードを効果的に活用するため、ユーザーがコメントを残したくなるようなテーマやエピソードを意識的に選んでいるそうだ。たとえば「生理痛」「子育て」など、悩みの当事者が発話したくなるテーマやエピソードを漫画から抽出しているという。これは、コメントが多く付くコンテンツほどヒットを生みやすいTikTokのレコメンドシステムの特性を活用した工夫とも言えるだろう。
薬剤師の主人公が登場する漫画『アンサングシンデレラ 病院薬剤師 葵みどり』をTikTokで告知した結果、投稿開始前後30日間の比較において、電子書店での売上が3.5倍に増加。「既に一定の売上実績がある作品でこの伸び率を達成したことは、社内でも特筆すべき成果として評価された」と伊藤氏は振り返る。さらに注目すべき点は、読者層および課金層の年齢が若年層を中心に多様化したことだ。
「デジタルプラットフォームが中心になりつつある出版業界において、TikTokは『作品の認知拡大』と『作家先生へのロイヤリティ最大化』という出版社のミッション達成に貢献すると感じています」(伊藤氏)
『しかのこ』公式がふざけることで参加を促す
TikTokの循環型エコシステム「Endless Cycle」を回すパワーとして、ディスカバー(発見)に加えて欠かせないのがファンコミュニティの形成だ。TikTok Japanが実施した調査によると、TikTokをきっかけにドラマや映画やアニメ、漫画を見始めたことがある人は71%もいる。しかもそのうち58%は、コミュニティ内で投稿された動画がきっかけだったという。
企業がTikTokでコミュニティのパワーを効果的に活用するためには、二つの重要な仕組みが存在する。「参加を引き出す仕組み」と「参加を応援する仕組み」である。これらをうまく取り込んだのが、アニメ『しかのこのこのここしたんたん(以下、しかのこ)』の事例だろう。
同作品を手掛けるツインエンジンでは、ユーザーの参加を引き出すため、思わずツッコミを入れたくなる動画を制作している。奈良県のマスコットキャラクター「せんとくん」とのコラボ映像や、主人公の被り物を被った人物と実際の鹿が踊る動画などを投稿することで、TikTokのコメント欄ではツッコミという名の参加が生まれたわけだ。
制作チームではコメント欄や「おすすめ」フィード、ハッシュタグをチェックし、視聴者の反応や傾向を継続的に観察している。当初は「踊ってみた」などの振り付け動画が中心だったが、次第にイントロ音源を活用した様々な創作動画が投稿されるようになった。この流れを受けて、公式アカウントでも企業CMのミーム動画や、マッチョな被り物が音源に合わせてポーズをとる動画などを制作。これにより、音源を自由に活用して楽しめる、参加自由なコンテンツであることを明確に打ち出していった。
ファンの参加を応援する「再投稿」機能
ユーザーの参加を応援する仕組みとして、ツインエンジンが活用したのはTikTokの「再投稿」機能だ。コミュニティユーザーの投稿を公式アカウントが再投稿することで、公式アカウントのフォロワーの「おすすめ」フィードにも表示される機能である。
なお、再投稿したコンテンツは、公式アカウントの投稿タブとは別タブで表示される仕組みになっている。ツインエンジンの宣伝プロデューサーを務める岡野亜耶氏は「公式の投稿とユーザーの投稿が混在すると、混乱を招く可能性がありますが、この表示形式によって積極的な再投稿ができています」と語る。
再投稿の対象を著名人やクリエイターに限定せず、一般ユーザーの投稿も含めて幅広く取り上げることで、コミュニティ全体の活性化を図ったツインエンジン。秩序を維持するため「再投稿しない基準」のみを明確にした。ファンの自由な表現活動を応援し、現在までで655本もの投稿を再投稿したという。自身の投稿が公式に再投稿されているのを見て、盛り上がったユーザーも多くいたようだ。
このように、TikTokでファンコミュニティの形成・拡大に成功したツインエンジンだが、結果的にビジネスにはどのような影響があったのか。同社の企画プロデュース部長を務める藤山氏は、グッズやコラボの相談の多さから、ビジネスインパクトの大きさを実感しているという。
「しかのこの場合は日本だけでなく海外のファンも多く、特にラテンアメリカのファンが多いんです。作品の持つ陽気な雰囲気が、ラテンアメリカの方の気質と親和性が高かったのかもしれません。TikTok上で話題を集めたことは、海外の方に作品を知っていただく大きなきっかけになったと思います」(藤山氏)
TikTokが提供する循環型エコシステム「Endless Cycle」は、ユーザーのアクションを生む。この循環のパワーを最大化するためのヒントが、4社の事例から示されたセッションだった。