2014年のオムニチャネルを振り返る
2013年、セブン&アイとイオンがオムニチャネルへの取り組みを発表し、口火が切られた日本のオムニチャネル戦線。一部の先進企業では、海外事例を参考にしつつも、独自の戦略を先鋭化させており、2015年はいよいよ売上・利益といった業績レベルでの戦いが始まりそうな様相を呈しています。
今回は、2014年のオムニチャネル領域を、急速に施策を展開していくSPAや総合小売業、逆風にさらされている小売・流通各社の2つに分けて振り返り、来年以降の動向を占ってみたいと思います。
全方位戦略を進める急先鋒「United Arrows」
オムニチャネルに積極的に取り組んできたのは、自社で製造から販売までを手がけるファッションSPA(Specialty store Retailer of Private label Apparel)各社です。業態特性上、オムニチャネル化を進めやすい背景もあり、多くの会社が早期に施策を進めてきました。
なかでもUnited Arrowsは2010年ごろから試験的な活動を開始し、2013年には「O2Oリーディングカンパニーへのチャレンジ」(PDF)という経営方針を発表。在庫システム基盤整備、RFID(Radio Frequency IDentification)による店舗業務の効率化、組織体制のオン/オフ融合、店舗オペレーションの改善など、全方位的に本領域に取り組んできました。
同社にとって2014年は、オムニチャネル投資の効果を実感できた1年だったといえるでしょう。2014年1月にアプリ「UNITED ARROWS LTD. ONLINE STORE」をリリースすると、同年5月にはモバイル端末による閲覧比率は約70%程度まで上昇、オン/オフ両チャネルを利用する顧客がオフライン限定顧客の2.9倍購入するといった実績を発表するなど、インフラ投資が結果となって花開く姿が多く見られました。
一方、他のファッションSPA系各社も、負けず劣らずオムニチャネルへの投資を進めています。私が聞き及んだ限りではありますが、2014年は大手各社が基本的なシステム基盤の整備を完了させた1年だったようです。これまでオンラインで絶対的な存在だった「ZOZOTOWN」への依存度に関する議論も活性化している一方、ZOZOTOWNも「WEAR」を中心としたプラットフォーム戦略を強化することで求心力を強化しており、ファッションSPA周辺の戦局は益々激化していきそうです。
オムニチャネルでの顧客理解を追求する「無印良品」
同じく製造から販売までを手がける良品計画の「無印良品」も、この領域を語るうえではずせない存在でしょう。無印良品は、2010年からグローバルMDシステムの整備を行い、2013年には各国への導入を完了。2013年5月には、アプリ自体が会員証となり、買い物の際にポイントやクーポンを利用できる「MUJI passport」を発表。2014年8月時点で約213万ダウンロード、利用者は200万人を突破し、アプリ利用者とそうでない人の購買単価が2倍に達するなど、熱狂的MUJIファンとの顧客接点形成に成功しています。
無印良品が他社と一線を画すのは、アプリをはじめとする各チャネルが「利便性向上ツール」として機能するだけでなく、顧客理解のための「マーケティングツール」として活用されている点にあります。2014年8月のリニューアルでは、アプリ・購買データ・Webサイト・ソーシャルサイトの連携を実現。チャネルを横断して顧客の購買行動を分析できるようになり、バラバラだった顧客像をひとつのペルソナへ統合することに成功しています。
こうした取り組みは、今後オムニチャネル化していくなかで必須であり、無印良品をベストプラクティスとした取り組みが各社で始まっているようです。
流通の支配者をめぐる戦いが本格化
SPA系が実店舗という地の利を活かしてオムニチャネル化を進める一方、セブン&アイとイオンの二大勢力による競争も本格化しています。購買行動のオムニチャネル化は、小売・流通業界が、ネット業界と同様の"Winner Takes All"、たったひとりの勝者がすべてを手にする世界へとルールチェンジすることを意味します。購買行動がネットと融合することで物理的距離や仕入れで差別化できる要素は少なくなり、大きなプラットフォーム数社が小規模業者の売上を併合し、独占的な立場を持つ築くことはまず間違いありません。
この背景を鑑みると、2013年のセブン&アイとイオンが示し合わせたように同時期に行ったオムニチャネル宣言は、一企業の戦略発表ではなく、流通・小売業界の支配者への名乗りであると捉えるべきものであることが理解できます。
両社は宣言どおりに多くの施策を打ち出しました。セブン&アイはネット通販の強化(ニッセン買収)、業態のさらなる多様化(バーニーズ ニューヨーク、バルスの買収、天満屋との資本提携)、ネットで購入した商品のセブン‐イレブン、イトーヨーカドーをはじめとする各店舗での受け取りサービスなどを開始しました。イオンも店内にイオンのタブレット端末を40台配置し、店頭にない商品を取り寄せるサービスを開始。キャンペーン情報などを提供するスマートフォンアプリ「イオンお買い物アプリ」をリリースし、商品やセールスの情報を集めたポータルサイト「イオン おトク!」をオープンするなど、集中と選択ではなく考えうる施策を全方位的に打っています。2015年以降は、その中で成功したものを本格化させていくと思われます。
この戦いは2015年にいよいよ本格化し、その他の小売・流通各社による生き残り戦略が打ち出されることでしょう。
黒船、Amazonも宣戦布告
この戦いに、割って入ろうとしている第三極が、黒船 Amazon.comです。過去、ECと実店舗の流通には明らかな隔たりがありましたが、2014年はその境界線があいまいになってきました。Amazonがニューヨークに実店舗を展開したことは前回ご紹介しました。
日本では今年7月、Amazon.co.jpのDIY・工具ストアに「プライベートブランドストア」をオープン。有名小売店・卸売店が独自開発した「プライベートブランド(PB)商品」を取りそろえることで、今まで知る機会のなかったPB商品との出会いを演出しています。
Amazonの戦略は、ECで培った物流システムを活用して実店舗に負けない流通力を実現すると共に、スマホやガジェットで、実店舗よりも顧客に近い立ち位置を築き上げることにあります。要はニーズが上がった瞬間に自社ネットワークに誘導し、実店舗に行くことなく決済させてしまおうというもので、顧客との距離を縮めるための施策は、現在開発中のドローンを使った配達システム「Prime Air」、マンハッタンで始まった注文から30分以内で日用品を届ける「Prime Now」など意欲的に行われています。
ものが欲しいと思ったとき「いかに店に来てもらえるか」ではなく、「いかに家の中にいるときのお客さんのニーズを捉えるか」。これは購買行動を根本的に変える提案です。独自スマートフォン「Amazon Phone」が不調であること(前回記事参照)などを鑑みるとたやすい道のりではなさそうですが、お客様が提案を受け入れた瞬間、指数関数的に伸びて勢力図をひっくり返す可能性を持っていることも否定できません。
川上から川下までタテ軸で統合されたSPA、川下を幅広く展開してきた総合小売業各社にとって、独占性の高いゲームへとルールチェンジを促す購買行動のオムニチャネル化は、シェアを高める追い風です。各社はこれを機として一気に投資を進めており、2015年はますます競争が激化していくことが予想されます。