これからのビジネスは共感力とリフレーミングがキーになる
小山:実は本書を使うとき、注意すべきポイントが2つあります。1つは、顧客プロフィールを描く際、本当に顧客の気持ちになれるかどうかです。顧客に共感できる人でないと、本書を使いこなすのは難しい。共感力はこれからのビジネスでは必須になるでしょう。
いままでは共感力を必要としない、別のアプローチがありました。物事を分析して問題点を見つけ、解決する、という問題解決型の方法です。これに対して、共感力をベースとする方法は課題発見型です。前者は顕在している問題を解決するのに対して、後者はまず共感をもって課題を発見するところから始まります。
もう1つは、従来の思考のフレームから自由になるということです。顧客プロフィールにもとづき、新しいバリュー・プロポジションをデザインするときには、既存の発想からの飛躍が必要なんです。人はつい、いままでどおり馬車を作ってしまいます。そうした思考のフレームを外して存在しなかった自動車を作るためには、発想をリフレーミングしないといけないんです。
本書は新しいものを作るときに有効ではありますが、より効果的に使うためには共感力とリフレーミングする力をトレーニングして鍛えなくてはいけません。実際にやってみて「難しい」と感じる人はわりといらっしゃいます。
『ビジネスモデル・ジェネレーション』のときは「分かりやすい」という声が多かったんですが、『バリュー・プロポジション・デザイン』でセミナーをするとなかなかそうもいかない。「顧客に共感してニーズを書き出してみてください」と言っても、「テレビを観たい」というところで留まってしまう人が多いんです。テレビを観たい人が実際には何を求めているのか、そこまで想像がつかないようです。
――では、「顧客に深く共感できない」と諦めてしまう方はどうすればよいのでしょうか。
小山:1つには、傾聴が重要です。傾聴のレベルには1から3まであります。レベル1はインナーリスニングといって、自分の思考に集中すること。よくありますよね、他人の話を聞きながら自分ならこうする、と考えることです。レベル2はフォーカスリスニングといって、相手の話を聞くだけの状態です。レベル3はグローバルリスニングといって、相手の言葉だけでなく雰囲気も感じ取りながら聞くことです。インタビューをするときに、雰囲気までキャッチして潜在的なニーズを発見するのが重要です。
もう1つは、その人がどんな人間関係の中にいるのかを意識することです。顧客の個人的なニーズに対して、ソーシャルジョブ(顧客が社会的に求められていること)という考え方があります。40代の男性が情報収集のためにテレビを観るという行動には、自分がそうしたいだけでなく、会社の仕事でテレビを観ざるをえないこともあります。社会的な関係性の中で、無意識のうちに行動が制約されているのです。
「顧客の仕事」を見つけ出したいときに、なぜそれをしたいのか、ここでは例えば「上司に話を合わせないといけないから」といった事柄が出てくると、より深い課題を発見することができます。
別の言い方をすれば、「Doing」から「Being」へ課題を深掘りするということです。「顧客の仕事」は「やりたいこと」を意味するので「Doing」といえますが、問いを深めていくと「Being」、つまり「どうありたいか」ということに必ず辿り着きます。物知りでいたい、博識で頼りになると思われたい、誰かの力になりたいなど、存在意義にまで発見を深めていけるわけです。そこまで意識しながら話を聞き、想像することが重要です。
専門領域にこだわらず、新たな商品・事業に取り組むために
――読み込んでトレーニングすることでより効果的に利用できるという本書ですが、具体的にはどういった方におすすめの本なのでしょうか。
小山:『ビジネスモデル・ジェネレーション』のときは、主な読者はビジネスモデルに関われるような、役職にある方々でした。ですが、本書は「虫の目」ということで、より現場に近い方々、企画部門の方やマーケティング部門の方にとってヒントになることが書かれてあります。どんなゲインを増やし、どんなペインを減らすと顧客の心に響くのか、それを掴むことができます。
最も効果を発揮するのは、ビジネスモデルキャンバスと併用して事業開発を行うときです。単なる商品の企画レベルではなく事業全体で変革をもたらすのに使うのがよいと思います。価値を届けるためにビジネスを変えよう、というときですね。
――それは最近よく耳にするような、ある事業に専念していた企業がまったく別の事業を始める、ということも当てはまる気がします。例えば、これまでECサイトを運営していた楽天が実際の土地に店舗を構えてカフェ事業を始めました。
小山:Amazonもそうですよね。当初はショッピングサイトだったのが、Kindleを発売してコンテンツプロバイダーになり、さらにメーカーにもなりました。こういうふうに、自分たちの領域はこれだと限定するのではなく、自分たちが提供できる価値を届けるための、最適なビジネスの形態を考えなければなりません。
『バリュー・プロポジション・デザイン』では価値主導のビジネスモデル構築の方法が大きく打ち出されていますので、本書を読んだあとに『ビジネスモデル・ジェネレーション』を読み、その価値提案を実現できるビジネスモデルを考えてみると、さらに商品や事業の実現性が高まると思います。
――最後に、本書を職場で使いたいという読者のために、周りの同僚やチームにどうやって本書の方法論を勧めるのがよいのか、アドバイスをいただけますでしょうか。
小山:こういった方法論を導入しようとするとき、「実績はあるのか」と言われます。『ビジネスモデル・ジェネレーション』はいまや世界中で使われ、多くの実績があります。しかし、『バリュー・プロポジション・デザイン』は原著も昨年発売されたばかりですので、まだ実績といえるものは多くありません。
ではどうすればいいのか。やはり、自分で使いながらいいアイデアを出して、小さくても実績をこつこつ作っていくことです。そうすればどうやってアイデアを出したのか話すきっかけもできるでしょう。そこで本書やツールを紹介して、導入していく。自分なりのコツを掴んでからのほうが、チームでやるときにもファシリテーションしやすいと思います。
――小山さん、『バリュー・プロポジション・デザイン』と『ビジネスモデル・ジェネレーション』についてたいへん参考になるお話、ありがとうございました。
『バリュー・プロポジション・デザイン』は好評発売中です。企画やマーケティングで行き詰まっている方、本書を利用し新しい発想で仕事をしてみませんか?