マーケティング部門のIT投資、IT部門の投資を上回るか
米Gartnerは2012年、企業のIT支出について「2017年までにマーケティング部門のIT支出額がIT部門を上回る」との予測を発表した。その年が近づくにつれ、実際にマーケティング部門のIT支出額が増えていると感じる人も少なくないだろう。
日本マイクロソフトの相澤克弘氏は、マーケティングとITの両部門へソリューションを提供する企業の見地から「概ね予測どおりになっていると捉えている」と語る。
「むしろ、2012年時点で想定されていたより、加速している印象もあります。別の調査では、IT専門調査会社のIDC Japanが、『IT部門の回答では、IT部門が予算の策定に関与“していない”IT投資が全体の40%以上存在する』という調査結果を発表しています(出典:IDC Japanプレスリリース「~ユーザー部門によるIT投資が加速~国内企業IT購買行動変化の調査結果を発表」、2015年5月12日)」。
IT部門が予算の策定に関与していないIT投資はすなわち、マーケティングや他の部門がその権限で投資をしているということだ。マイクロソフトでも近年、企業へのITソリューションを導入・運用支援をする中で、従来通り先方のIT部門と進める以外のケースが増えているそうだ。製品の特性にもよるが、導入検討段階から実際にビジネスを推進する部門とともに取り組まなければ、ソリューションを導入してもその後がうまく運ばないというのだ。
ビジネス基盤である「Microsoft Azure」
現在、マーケティング領域への活用事例が増えている「Microsoft Azure」(以下、Azure)も、そうした製品のひとつだという。クラウド型のプラットフォームであるAzureは、その幅広い機能と拡張性から、すでにグローバルで多種多様な業界で使われている。導入の目的や使い方も、企業によってさまざまだ。
相澤氏は、Azureには大きく2つの側面があると話す。ひとつは、これまで企業が自社サーバーで管理していた、いわゆるオンプレミスの環境をクラウド化するという側面だ。クラウドの種類の中でも、アプリケーションやデータ、ネットワークなどすべての環境をクラウド事業者が管理するSaaS(Software as a Service)型ではなく、部分的に企業側が管理するPaaS(Platform 以下同)型とIaaS(Infrastructure 以下同)型が融合した仕組みを提供しているため、クラウドの利便性とスピードを保ちながら、企業独自の柔軟な活用ができるのが特徴だ。
この特徴により、データバックアップの仕組みを作る企業もあれば、デジタルマーケティングプラットフォームを構築する企業も出てくる。フォーチュン500にランクインしているマーケティングエージェンシーの英HOGARTHは、後者で効果を出した企業の1つだ。ダイソンの新型掃除機のキャンペーンを担当していた同社は、イギリスで行っていたキャンペーンの結果が良かったことから、他国への展開を考えていた。その際Azureを基盤にしていたことで、コピーするかのごとく、他国へスピーディーに展開できたという。
もうひとつは、相澤氏が「当社としても今後より力を入れていきたい」と語る、マーケティング領域への活用だ。特に、高度なデータ分析機能を強みとしており、これによる精度の高いパーソナライズアプローチなどで成果を上げている企業も続々登場している。
10年以上も蓄積した分析ノウハウが集結「Power BI」
Azureの高度なデータ分析機能では、具体的にどのようなことができるのだろうか?
相澤氏は「特に優位な点は、素早くかつ多様な切り口で行える現状分析と、機械学習を通した精緻な未来予測の2つです」と語る。
「現状分析には『Power BI』というソリューションが有効です。Azureでの基本となるデータベースの『Azure SQL Database』とつなげることで、データ分析のための包括的なサービスを利用できます」。
これにより地域別や顧客層別など、さまざまな切り口でデータを即座に切り出すことができる。例えば良品計画では、「無印良品 ネットストア」などの利用者から日々集まる膨大なデータを分析。分析結果に基づいた割引などのオファーが、適切なタイミングで行えるようになった。また「Power BI」には、過去10年以上にわたってマイクロソフトが蓄積してきた分析のノウハウが反映されているため、直感的に使えるインターフェースでありながら、「分析の深さについては大きくアドバンテージがあると考えています」と相澤氏。
他方、未来予測とは、前述のパーソナライズアプローチなどを可能にするもの。こちらは「Azure Machine Learning」という機械学習ソリューションが有効に働く。データベースと接続することで精緻な予測分析を行い、適切なターゲットへ適切なアプローチをすることができる。
注目集まるマシンラーニングで予測分析に高い成果
そもそも、この機械学習機能は、マイクロソフト自体が自社製品の潜在顧客へのアプローチに活用していたものがベースになっているという。「当社の研究開発部門であるマイクロソフトリサーチで開発したのが始まりでした。その後、1998年にHotmailの迷惑メール除去機能に採用したのを皮切りに、最近では英語をはじめ6言語の音声認識と翻訳を行うSkype翻訳など自社製品のマーケティングに活用してきました。その仕組みを、体系立ったソリューションとして展開したのです」と相澤氏。
「Azure Machine Learning」でも、すでに複数の成功事例が挙がっている。例えば、全国でさまざまな講座を展開する朝日カルチャーセンターでは、ユーザーと講座のマッチングに導入し、効果を発揮しているという。各ユーザーの属性やサイト内行動を学習し、運営している相当数の講座の中から、そのときレコメンドするのに最適な講座をピックアップ。そして受講者に対して最適な講座が表示されるよう自動的に変更を行い、Web画面に反映している。
また、売上予測にも効果的だという。スマートフォンやタブレットを使った注文システムを飲食店などへ展開するIT企業のセカンドファクトリーは、現場で得られる知見を活かそうと、同システムを使って昨年から夏に江ノ島で海の家を自社運営している。今年は「Azure Machine Learning」を使って、昨年のデータを元に売上予測モデルを作成し、材料を過不足なく仕入れられるように試みた。すると、予測と実際の状況がかなり合致し、販売の機会を最大限に捉えられたそうだ。
CMOやマーケティング部門が課題とする領域をカバー
これらのソリューションはいずれも、Azureをプラットフォームに、その基盤上でスムーズに稼動する。さらにAzureには、データ分析以外にもマーケティングへ活用できる機能を複数備えている。
「Webの分析やコンテンツ管理、ソーシャルメディアの分析、CRMやECとの連携など……。現在CMOの方々やマーケティング部門の方々が大きな課題に感じていて、投資をしようとしている領域はほぼカバーしています。当然、今や欠かせないモバイルへのアプローチも可能で、モバイルアプリを簡単に作成することなどもできます」。
同時に、各種の分析やアプリ作成の際には直感的に利用できるパラメーター設定機能やテンプレート等がその作業をサポート。「多くのソリューションで、素早く使えるサービスを用意しています。一方で、データサイエンティストや専門の開発者にとっては拡張性があり、柔軟で自由に扱えて効率化も図れる環境を提供するよう努めているので、その点も幅広い業界や部門で使っていただいている理由だと思います」。
スケーラブルなWebを展開
また、非常に多岐に渡る機能をひとつの基盤でスピーディに展開できるのは、やはりクラウドであることが大きいという。以前はセキュリティ上、自社内にデータプラットフォームを持つことが常識だったが、「技術の発展によってクラウド化する企業は増えていますね」と相澤氏。
クラウドなら、リソースの制限がほぼないことも、マーケティング領域には相性がいい。キャンペーン時には一時的にトラフィックが増えるなど、活動に波があっても、データ容量を懸念する必要がないからだ。
「データ容量の部分で、Azureを有効活用している事例も複数あります。例えば米DELLでは、年末商戦に向けた3日間限定のキャンペーンサイトをAzure上で作成しました。そのサイトには3日間で10億アクセス、同社のサイト全体のアクセスの60%以上を占めるほどのトラフィックが集まりました。この膨大に増加したトラフィックも問題なく処理し、期間が終わったらすみやかにサイトをクローズできたのです。Azureなら、運用負荷も最小限で済みます」。
ちなみに、既存のプラットフォームの多くが従量課金制をとる中、「企業によっては予算化しづらいから」という理由で、Azureでは定額課金制の利用も可能にしている。日本特有の商習慣といえる請求書の発行にも対応。世界19カ所に有するデータセンターのうち、2カ所は日本の東西に設けている。
パートナー企業との連携を強化、認知拡大と導入促進へ
日本市場向けに機能強化を進めているAzureの今後の展望をうかがうと、「実際にクライアント企業へ展開いただいているパートナー企業との連携を強化し、また増やしていくつもりです」と相澤氏。冒頭の話のように、マーケティング部門のIT投資がますます増大する流れを捉えるべく、パートナー企業とともにAzureの理解と導入促進に力を入れていく。
次回以降は、マイクロソフトのパートナー企業を迎え、企業への導入事例を詳しく紹介する。