テレビも「視聴率」ではなく「インプレッション」で考える理由
MZ:2~3年前にGoogleがネットの効果測定で「アクティブGRP」という言葉を使ったとき、私は「GoogleもGRPという言葉を使うんだな」と思ったのですが、『新世代デジタルマーケティング』の中で、横山さんは「世帯GRPは広告取引の単位ではあるが、マーケティングデータではない」として、テレビの「個人インプレッション数」で考えることを提案していて非常に新鮮でした。
横山:アメリカは市場が大きいので、テレビもネットも全方位でわかるひとは逆にいないと思います。イギリスや日本のほうが、市場がコンパクトな分だけ全体を見れる人がいるんですよ。
MZ:イギリスだと、WPPのマーティン・ソレル卿でしょうか?
横山:WPPにいる知人によると、マーティン・ソレルは「会社に惚れるな、ディールに惚れろ」と言ってるそうです。つまり彼のレベルになると、考えているのはM&A、買収なんですよ。だからちょっと次元が違うというか、そもそもアドマンではない。

アメリカの話でいうと、向こうのほうが劇的にテレビの視聴率が落ちてしまったんですね。それで一番困ってるのは広告主。どのくらい到達させなきゃいけないというマーケティング目標がしっかりしてるのに、テレビをいくら買っても達成できない。アメリカで一番多くの人が見ている番組は、アメリカンフットボールの最終決戦「スーパーボウル」の中継です。かつては「視聴率」を発表していましたが、10年くらい前から「スーパーボウルは1億何千万人が見ました」という言い方をしてるでしょう。視聴率だけではなく、到達の絶対量を言うようになったんです。
MZ:確かに両方発表してますね。
横山:日本では個人視聴率の調査は日記式で行われていて、記憶に頼るので誤認が多かった。それが機械式になったとき、数字は7掛けになった。さらに1997年から2012年くらいの間に、M1とF1の日本の人口は8掛けになっている。人口動態は、みんなちゃんと見たほうがいい。すごい勢いで高齢化していて、若年層は少なくなっている。

なおかつ、視聴率は年齢層が上のほうが高くて下はより低くなっているから、ものすごい勢いで減っていく。人口という母数が減っているのに、パーセントでマーケティングするのっておかしいでしょ? そして、若年層はまったく見ない人が増えている。テレビを見てる人はそんなに視聴時間は落ちてないけれど、見る人と見ない人に二極化しているんです。
メディア接触の変化によって生まれる危機
横山:それで何が起こるか。これまでは子どももそれなりにテレビを見ていたから、大人に向けて化粧品のCMを打っていれば、子どもも「大人の化粧品のブランド」を知っていました。しかし、テレビ視聴の変化によってそのブランドとの接点がなくなると、その子が二十歳になったときに、その世代向けの商品を訴求しても「なに、そのブランド?」となりますよね。かつては、ブランド蓄積、コミュニケーション蓄積があったから、その対象年齢になったときのコミュニケーションも受け止められるんだけど、いまは接点がないし、テレビも見ていない。
それなのに、みんなまだ商品単位でコミュニケーションしようとしているでしょう。ブランドマネージャー制度の中では、担当ブランドのターゲットにしかコミュニケーションはしない。人口が減ってるので、ブランド側もLTVを上げろとか、クロスセル、アップセルということを考えていると思いますが、ブランドを次の世代にどう引き継ぐのか。かつてはブランドの力がそれを支えていたけれど、だんだん難しくなってくる。だからブランド横断で、DMPを使って、ユーザーベースで、ユーザーデータマーケティングしなきゃいけないといっているんです。
MZ:それは日本のマーケティングの危機というか、本質的な問題ですね。
横山:これはローソンの取り組みですが、ある店舗の商品の週売データを見ると、定番棚から落とさなきゃいけない商品があった。しかし、ポイント会員のデータを見ると、その商品は近所に競合のコンビニがあるのに、わざわざローソンに来てくれるお客さんが買っているらしい。あまり売れてないからとその商品を落としたら、その人の売上全部を失うかもしれない。だから、その店舗はその商品を棚落ちさせないと。これがユーザーデータマーケティングですよね。
テレビでもできる、ユーザーデータマーケティング
横山:同じことはメーカーでも、テレビ局でもできるはずなんです。いまはまだ、テレビ局は視聴率という「商品が、何個売れたか」というデータしか見ていない。でも、「誰が、何を何個ずつ買ったのか」という視点もあるでしょう。ある音楽番組ではテレビ端末の視聴時間で最も多いのは、なんと「8分」です。つまり自分の好きなミュージシャンだけしか見ていないから短い人が多い。いろんな人たちが入れ替わり立ち替わり番組を見ては出て行く。それで視聴率が10%というのと、ドラマのように7~8割の人が最初から最後まで見て10%というのは、同じ10%じゃないですよね。「視聴構造」が違うんです。
カメラで視聴者の視聴質を測定分析する手法の場合、そもそもテレビの前にいるのか、いないのかというビューアビリティが把握できる。さらに画面をちゃんと注視しているか、視聴している人の表情もわかります。それを分析すると、視聴率の毎分データとは別なところに山や谷が出る。「速水もこみちは強いな」「誰々は全然ダメだ」とか具体的にデータ分析することができる。
箱番組(1週間に1回放映)がワンクール13週あるとして、たとえば13週のうち8週まで見たテレビ端末はどのくらいあるのか。1社提供の箱番組の場合は、ちょっとでも見たテレビ端末を100%とすると、5%くらいという番組が多い。5%しかロイヤル視聴者じゃないんです。けれど、その視聴者がほかのどの番組のロイヤル視聴者かを紐づけていくと「視聴者クラスター」ができる。
MZ:ソーシャルメディアのユーザー分析みたいですね。
横山:あるとき、流入・流出をずっと見ていたら、朝からずっと同じテレビ局の番組ばかり見ている母親世代の女性がいることに気付いた。その人が唯一、チャンネルを変える可能性があるのが3時半から4時くらい。これは、おそらく子どもが学校から帰ってきたところなんですよ。その時間帯に合わせてティーン向けの番組をつくって、帰宅時のスマホに番宣広告を配信したらどうなるか。その家のチャンネルが他の局に切り替わる可能性がある。データ分析をして戦略的にそこを突くことが、これからの編成なんじゃないかと思います。
デジタルでやってきたデータ分析と改善の手法によって、マスのテレビを改善することもできる。もちろん、打ち手はネットだけでなく、マスやリアルなプロモーションもある。データやDMPというのは幅広く使えるし、そこをやらないとデジタルマーケティングというのは意味がないんです。
優秀な若者に、この業界の魅力を伝えたい
MZ:いろいろお話をうかがってきましたが、横山さんの知見を伝えるには、大学のコースでないとムリかもしれません。
横山:今年はそこもやろうと思っています。理系でデータを扱える人、左脳でインプットして、右脳でアウトプットできる人たちを、この業界に連れてくるために大学をキャラバンする。すでに、京大、九大、東大、立命館などで話をすることが決まっています。

「皆さんがデータを分析することで、こんなことができる」ということを伝えて、デジタルマーケティングの仕事や会社に目を向けてもらう機会をつくりたい。大学で教えるより先に、まずは気づきを与えないと。これは、僕の最後のミッションだと思っているんです(笑)。
MZ:若い人たちが横山さんから何を吸収していくのか楽しみです。今日はありがとうございました。
※インタビューの前編はこちらから。
取材:井浦薫(MarkeZine編集部)