あの商品はなぜヒットしたのか、その仕掛けに迫る
――本書『ECzine 売れるECサイトのすごい仕掛け』は刊行前にAmazon本ランキング2部門で1位、売れ筋ランキングで90位台になるなど、注目を集めました。ECzineはWebメディアですが、紙媒体で刊行することにはどういった狙いがあるのでしょうか。
倭田:本書は、年4回の季刊として発行する紙媒体の定期誌『ECzine』に先駆けて制作したものです。ECzineを知らない方にも手に取ってもらいたく、書店に並べられる本という形にしました。
内容については、ECzineをまだ知らない方、特にこれからECに取り組もうとしている方がECについてどんなことを知りたいのかを考え抜きました。
まだECに取り組んでいない方・企業にとって、ネットショップをやれば必ずいいことがあるのではないか、ネットには夢があるのではないか、という印象があるかもしれません。
なので、本書では書名のように「売れるECサイトのすごい仕掛け」を取り上げました。「Chapter1 ヒット商品の編み出しかた」で最近のヒット商品を五つ紹介し、それがどうやって売れるようになったかという特集を組んでいます。
具体的に取り上げたのは業種の異なる5社です。Amazonプレイムデー1日で240万食分以上の「フルグラ」を売り上げたカルビー。OEMメーカーにも関わらず自社ブランドの「Senbei Brothers」を立ち上げた笠原製菓。市場ではなくたった一人の人を観察することで化粧品ブランド「Coyori」を開発したJIMOS。
そして、アパレルやコスメなど女性向けが多いECで、男性をメインターゲットとした藤巻百貨店。最後に、累計320万足を突破した「ラクチンきれいシューズ」を当初からオムニチャネルで仕掛けたマルイ。いずれの企業も漫然と売っているわけではなく、仕掛けを考え、実践しています。その仕掛けの部分を、実際にものを売っている方々にうかがいました。
早くからECに取り組んでいたり、ネット専業で取り組んでいたりする企業にとって、EC業界はレッドオーシャンだと捉えられ始めています。しかし、まだ取り組んでない、取り組み始めたばかりという企業はネット専業ではなく、実店舗を有する企業がほとんどでしょう。そういう企業にとってチャンスは充分にあります。
実店舗中心の企業がECで仕掛けるために
――ということは、本書は店舗があってもECはやったことがない企業の方に読んでいただきたいということでしょうか。
倭田:メインはそうですね。本書はあまり個人向けではなく、企業として取り組んでいく際に役立つ情報を掲載しています。定年で引退したあとにECをやりたいという方が買ってくださったそうなんですが、そういう方にも役には立つだろうと思いつつ、規模的にできないことも多いかもしれません。
また、既にECに取り組んでいる企業にとっても、次のビジネスのための大きなヒントを見出だせるのではないかと思います。どうやって商品を開発するか、どう売っていくかという「仕掛け」を主に取り上げているので、マーケティングの面はかなり強いです。ただ、ECには絶対にマーケティングが必要ですから、押さえておいてもらいたいですね。
――実店舗だけだった企業がECに取り組むうえで、課題となることは何ですか?
倭田:担当者がいない、会社全体でバックアップしてもらえない、といった課題があると思います。とにかく社内の誰もやり方を知らないでしょうし、担当者の孤軍奮闘になりがちです。
あるいは、実店舗とECで担当部署が異なり、売上を取り合ってしまう企業もあるようです。本書やECzineで取材を受けてくださる企業はそうではなく、組織作りも現実に即した形で行われています。
このようにECに関しての成功事例は既にたくさんありますので、困ったらとりあえず情報収集をするとよいのではないでしょうか。本書もお役に立てると思います。
6月から定期誌『ECzine』も季刊で発行開始
――「Chapter2 定点観測」はどういった内容ですか?
倭田:EC事業者として知っておきたいトピックスを13個、数ページずつ解説しています。Google Analyticsやソーシャル広告の変化はとても激しいものですが、それを毎日追いかけられるのはアナリストや広告業者だけで、EC事業者が追いかけるのは難しいと思います。
特に実店舗からECに取り組み始めた企業にとって、いきなり最先端のテクノロジーを理解して、さらに自社で活用するとなるとハードルが高くなってしまいます。ですから、まずは本書で今最低限知っておくべきトピックスを押さえてもらえればいいですね。
6月から定期誌『ECzine』を年4回発行していきますので、3ヵ月間にどんな変化があったのかを知ることができます。まさに定点観測として、これらのトピックスの情報を定期的に手に入れておくと、世の中の変化にもついていけるでしょう(※定期誌の購読には申し込みが必要です。後日案内予定)。
トピックスとしてはやはり分析やマーケティングオートメーションなどテクノロジーが中心です。また、越境ECのような新しいビジネスモデルの項目もあります。ソーシャルメディアや運用型広告、動画はユーザーとのコミュニケーションをどうするかを考えるときに有用ですね。
「リアル体験」「楽しませること」の重要性
――MarkeZineでも定期誌を刊行していて、第16号(3017年4月号)の特集は「リアル体験価値」です。ECだけだとリアル体験は提供できませんが、今後EC事業者はどうしていけばいいと考えていますか?
倭田:まず、実店舗型の企業がECで販売することは当たり前になると思います。EC単体でどうするという考え方ではなく、今までやってきたリアルなビジネスとECを組み合わせ、さらにビジネスを大きく伸ばしていこうとする試みですので、ユーザーにも求められていることだと思います。
逆に、それはEC専業だと弱い部分です。冷蔵庫をネットだけで選んで決めて買う、というのはまだユーザーとしても難しいですよね。それなら利便性やオトクな価格を突き詰めていくことになるかもしれませんが、厳しい戦いになります。
レッドオーシャンになっていく市場で戦うなら付加価値が必要です。今キーワードになっているのは「楽しんでもらう」ということではないでしょうか。
――多くの企業がオウンドメディアやソーシャルメディアでユーザーを楽しませる施策を行っていて、商品と直接関係のなさそうに見えるコンテンツを提供している場合もありますよね。
倭田:どこの企業でも取り組むようになってきています。おそらく、今までそういうことができにくい風潮があり、技術面でも難しかったのかもしれません。誰でも動画を撮れるようになりましたし、マンガの記事も作れます。それをアップロードするのも簡単になりました。
テキストのリスティング広告しかなかった時代もありますから、手段が増えたことが楽しませる施策の充実につながったのではないかと思います。
――本書にもマンガのページがありますね。
倭田:近江商人の心得を紹介したネコ商人ハチさんのマンガです。ECzineで取材をしていると、多くの企業で「三方よし」の言葉を聞きます。売り手、買い手、世間の三方が幸せになる商売をしようという心得だと捉えられています。
これは「近江の三方よし」が元になっていて、実は正しく理解できている人がいないのでは、と考え、掲載することにしました。三方よしは商売人の心得であり、商売に対する考え方なんですよ。
「売手よし」は、質のいい商品提供や誠実な対応。「買手よし」は提供された品やサービスに満足してもらえれば確実な消費者となること。「世間よし」はリピーターとなった消費者が新たな顧客をともない、その動きが広がって利益につながることをいいます。
主人公をネコにしたのは、ECzineのキャラクターが招き猫だからです(笑)。
ECにラッキーはない、だから「仕掛ける」
――最後に、読者にメッセージをいただけますか?
倭田:ECの敷居は下がったとはいえ、ツールを使うだけでなく「仕掛ける」必要があります。いい商品なのに知ってもらえていないと感じているなら、本書を参考に仕掛けてみてもらいたいですね。
また、本書で気になるキーワードが見つかったら、もっと深掘りして調べてみてもらえればと思います。特に「Chapter1」で登場するヒット商品は一度買ってみてもいいですね。実際のところを体験できますし、もし自社と同じような商品を扱っていれば仕掛けのすごさに気づけるでしょう。
ECにラッキーはありません。どこにどんな仕掛けがあるのか、ぜひご自身で感じてみてください。