アドテクノロジー混迷期に起業したジーニー
押久保:ジーニーは2010年4月に工藤さんが中心となって設立し、今日までに急成長を遂げてきました。アドテクノロジーの領域は、アドエクスチェンジにあわせてRTBの仕組みが誕生し、2011年からはDSPやSSPに関するニュースやトピックがMarkeZineでもよく出てきました。はじめに工藤さんには、アドテクノロジーについて振り返っていただきたいと思います。
工藤:2008年あたりからアドネットワークが出てきて、2010年頃からアドエクスチェンジが登場しました。その後、海外企業のアドエクスチェンジの到来に触発されて、私たちはジーニーを立ち上げました。
アドテクノロジーブームの火付け役ともいえるDSPとSSPは、先行市場のアメリカで既に2009年頃から出ていて、日本での普及も予見できましたが、国内に登場したのが2011年。当時は、弊社のようなアドテクノロジー企業から海外のプレーヤーまで、様々な企業がサービスをリリースし、混迷を極めていました。
押久保:カオスマップが広がった時期でしたよね。確か最盛期だと1,000社くらいでしょうか。
工藤:アメリカだと1,000社は超えていましたね。広告配信機能が専門化、細分化されていって、多くのプレーヤーが出てきた時代です。たとえば、ファーストパーティデータと呼ばれる企業内部のデータを使ってリアルタイムに広告配信する。これにより、サイトの来訪頻度に合わせた訴求などが可能になりました。
押久保:御社はSSPにフォーカスされて、実際に成長の要因にもなりました。SSPの開発、普及に注力したのはなぜでしょうか。
工藤:私を含めた創業メンバーがメディア向けに仕事をするのが楽しいと感じていたからですね。DSPが広告主のマーケティングを支援するのに対して、SSPは多くのメディアにマネタイズの機会を提供する、いわばインフラみたいな事業。そうしたことを私たちがしたいと考えていました。
継続的な投資で更なる拡大目指す
押久保:市場が拡大した一方で、2015年から2016年あたりは選別されて収斂していくフェーズに入ったと感じています。その中で生き残り、さらなる拡大を図る御社は、現状をどう捉えていますか。
工藤:この領域は進化が早く、新しい機能やサービスが次々と出てきます。最近ではアドブロックやアドフラウドへの対応をはじめ、次々にテーマが生まれ、進化が求められる。そうした状況に投資をし続けられる会社と、単体では投資できない会社に分かれていくでしょう。
その中で我々は、総合的に幅広いニーズに対応できるよう、新サービスの開発や既存サービスの改善を行っていきたいと考えていますし、今も投資を続けています。
押久保:細分化の道も模索できる中で、工藤さんは企業サイトのトップメッセージで、「アドテクノロジーで世界を変える。」と掲げていますね。御社の根底にある考えと思っていいでしょうか。
工藤:総合的に幅広く対応できる会社が海外企業だけになるのは、日本やアジアのユーザーにとってよくないことだと思っています。日本の会社が国内のルールを決められる環境は持っておきたい。
広告業界独自のルールや伝統の中には必要なものもあって、すべてがグローバルスタンダードになる必要もない。国内の特性を反映した、グローバルとは違う日本のルールをベースにしたプロダクトを実現していきたいですね。
テクノロジー企業に求められるエンジニアドリブン
押久保:なるほど、御社の成長マインドを支える背景ともいえますね。
工藤:ですので、エンジニアには投資してきました。自分でコードも書けますし、エンジニアと話をしていると様々な発見があっておもしろいですね。
押久保:海外では、よくエンジニアからサービスに関するアイデアが出てくると聞きますが、御社もそうした文化が根付いていそうです。
工藤:エンジニアが出す企画をレビューすることもあります。エンジニアが一番嫌うのは、企画してコードを書いたにもかかわらず、使われないこと。作業時間が無駄になりますからね。
素晴らしいコーディングのできるエンジニアは、ビジネスマインドや顧客のニーズをつかむ力に長けています。仕様だけを伝えて、その通りに開発できるだけでは意味がありません。
押久保:まさに“エンジニアドリブン”、“テクノロジードリブン”の実践ですね。
ユーザー体験とクリエイティブのリッチ化が必要に
押久保:昨今は動画やネイティブといった新たな広告フォーマットが出てきていますが、この状況を工藤さんはどうお考えですか。
工藤:鍵は“ユーザー体験”にあると思います。ユーザーが企業の広告に触れ製品を購入し、リピーターになっていく過程の中で、ブランドリフトなどを目指す時に、四角い静止画を見せるディスプレイ広告に比べて、ネイティブ広告のほうがユーザー体験として優れているのは明白です。
押久保:スマートフォンの浸透が進んでいるのを考えると、余計にネイティブに寄っていきそうです。
工藤:広告枠を提供するメディアサイドからしても、違和感を与えないので、良いユーザー体験を提供できます。競争力や企業の差別化も、広告主やメディアも、主眼はもっとそちらに移っていくでしょうね。
押久保:ただし、ユーザー体験を満たすのは「言うは易く、行うは難し」だと思います。何が100%の満足か、ゴールのない話だと思うのですが、いかがでしょうか。
工藤:ユーザー体験というのはゴールがない上に、PCやスマートフォンだけに限られた話ではありません。様々なIoTデバイスの登場によって、広告やコンテンツの表示が可能になってくるはずです。そうなった時に、我々だとどのように広告を差し込めるのか。それこそIoTデバイスに四角いバナーを出せるケースは少ないでしょうから、きっとアイデアが求められるはずです。
押久保:ちなみに、様々なデバイスでの広告表示などは、いつごろまでに進んでいると思いますか。
工藤:2020年までには進んでいると個人的には思っています。その頃には、様々なデバイスごとの広告配信の形が確立されているはずです。それと今は5G(第5世代移動通信システム)の実証実験中ですが、その普及もポイントになります。
現状の4Gから一段階速くなる5Gによって、テレビCMや映画と同じクオリティのクリエイティブが出せるようになる。ユーザー体験とリッチ化は避けられない、ブランドインパクトを伝えるための必須要素です。
人間が本来すべき仕事に戻ってくるとは?
押久保:最近ではIoTに加えて、AI関連のニュースも増えています。AIの活用に関してはどのように考えていますか。
工藤:より広告配信の自動化が可能になるでしょうね。これまで人間が判断してクリエイティブやターゲティングを変更していたのが、AIによって自動最適化が行われる。こういった動きが進むと思います。
これまでのネット広告全般の仕事は、ツールや広告を提供する会社が作ってきました。GoogleやFacebookなどがルールやプロダクトを作って、生まれた仕事です。それらをAIに置き換えることができれば、元々人間の力が必要なクリエイティブやコミュニケーションの企画に専念できる。奪われるのではなく、人間が本来すべき仕事が戻ってくるイメージです。
押久保:本来人間がするべき仕事に回帰できるということですね。
工藤:これにより、良いユーザー体験を考え、提供できる企業が勝ち残っていくようになるでしょう。また、ネット広告は2020年までに、DSPとSSPの混迷期からだいぶ整理されると予測しています。ネット広告運用の最適化を進めてきた時代から、顧客の中のデータと連携して、ユーザー体験最適化のためのアドテクノロジーという時代が訪れます。
弊社だと、MAJIN(マジン)という未来予測型のマーケティングオートメーションツールをリリースしています。同ツールは、マーケティング側と営業側との連携を目指したものです。ユーザー側の広告への接触や態度変容の情報を営業に渡し、営業が接客しやすくする。費用対効果があわなければ、広告でプッシュします。
広告とテクノロジー、両方の知識が求められる時代に
押久保:先ほどお話にもありましたが、昨今はアドブロックやアドフラウドへの対応も求められています。貴社でも対応を進めているのでしょうか。
工藤:私たちは、4月からアドフラウドに対応する専門の部署を立ち上げました。エンジニアなどによるチームで、兼務のメンバーもいますが現在は5名が在籍しています。
アドフラウドは巧妙化が進んでいます。ブラウザを動かし、サイトを一定時間滞在後にクリックして、遷移後のページでも一定期間滞在してから去る、と人に近い動きを見せるケースも出てきています。それを人力とアルゴリズムの両方でパトロールしていきます。
押久保:業界全体の活性化や健全化にもつながる動きですね。
工藤:これまではダイレクトレスポンスを目的とした施策が中心でデジタル広告市場は成長してきました。ただ、今後はブランディング目的でも活用が進むので、その時にアドブロックとアドフラウドは解決しておくべき課題だと考えています。
押久保:今後業界で必要となるスキルセットについて教えてください。
工藤:広告とテクノロジーの両方が理解できることですね。広告に関しては、ネット広告に限らずマス広告などこれまで普及してきた手法も含めて求められます。
また、5Gの時代が来れば、できることの選択肢がより増えるはずです。その際に、魂を込めてこだわるというマインドが求められると思います。
先日聞いた話ですが、映画監督が、画面には映らない場所に壺を置きたいと要望を出しました。それに対し、スタッフが「画面に映らない位置に用意しても無駄では」と言った途端、激怒したそうです。
監督は、「実際には映らなくても、置くことによって俳優陣が演技しやすい雰囲気を作ることができ、それが映像にも作用する」と語ったのです。このような話は、これまでのデジタル広告のクリエイティブではありえない話でした。ただ、今後クリエイティブのリッチ化が進むと、こういったマインドが求められるのではないでしょうか。
押久保:「魂を込めてこだわる」ことが問われる時代の到来を感じますね。本日はありがとうございました。