※本記事は、2019年4月25日刊行の定期誌『MarkeZine』40号に掲載したものです。
ハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセン教授によると、毎年3万種類に上るコンシューマプロダクトが誕生しているが、その95%は失敗に終わるという。またトロント大学のアイネズ・ブラックバーン教授によると、食料雑貨店での新商品の失敗率は70~80%に上る。どのようなプロダクトやサービスが消費者の心をつかむのか。それを正確に予測することは不可能に近い。これまでは統計や聞き取り調査などから消費者の嗜好を分析し、それをもとにプロダクトやサービスの開発が行われてきた。それでも、上記のようにプロダクトやサービスがヒットする確率は非常に低い。
その理由の1つは、消費者がなぜ特定のプロダクトやサービスを選ぶのか、既存のマーケティングではその意思決定プロセスを把握するのが難しいからだ。消費を含め人間の行動の95%を無意識が決めているといわれている。既存のマーケティングで行うような聞き取り調査では、残り5%の潜在意識にしかアプローチできないのだ。消費者がなぜ特定の商品を選ぶのか。価格や機能だけでなく、形、色、香り、音楽など、無意識下ではこのような外部刺激が加わり、消費行動を促している。
このような消費者の無意識にアプローチするのが脳神経科学の手法を活用する「ニューロマーケティング」だ。現在、多くの有名ブランドが導入、ニューロマーケティングを専門とするスタートアップも増えており、盛り上がりを見せる分野となっている。今回は、ニューロマーケティング分野の海外最新動向を紹介しながら、その期待される効果とリスクについてお伝えしたい。
脳神経科学とマーケティングの融合で誕生した「ニューロマーケティング」
「ニューロマーケティング」という言葉が登場したのは2002年頃。オランダ・エラスムス大学のエール・スミス教授が作りだした造語といわれている。マーケティングやニューロ・エコノミクスのサブカテゴリーとして研究が進められている比較的新しい分野だ。
脳神経科学で用いられる機器や手法を活用し、消費者の脳が広告や商品などにどのような反応を起こしているのかを分析する。
ニューロマーケティングを含め脳神経科学分野の研究が近年急速に増えている理由の1つは、脳波(EEG)測定機器が容易に入手できるようになったためだ。脳内活動を測定するもう1つの手段としてfMRIがあるが、巨大で高価な設備のため、利用できる人は限られていた。一方、脳波測定機器はfMRIに比べコンパクトかつ安価。また、広告を見た瞬間の脳内反応をリアルタイムで測定できるため、特にニューロマーケティング分野で重宝されている。fMRIでは遅延があるためリアルタイムの脳内反応を測定することはできない。
2002年に登場した「ニューロマーケティング」という言葉だが、広くマーケターたちにその可能性を知らしめたのは、2004年に発表されたコーラと意思決定に関する研究といわれている。この研究では、コカ・コーラとペプシ、2種類のコーラを使い、ブランド名が消費者の意思決定にどのような影響を及ぼすのかが分析された。
被験者は、ブランド名が伏せられた状態とブランド名が知らされた状態で、2種類のコーラのどちらかを選択。
ブランド名が伏せられた状態では、味のみで好きなほうのコーラを選択。このとき、コカ・コーラとペプシを選んだ割合はほぼ半分ずつだった。
しかし、ブランド名が見える状態では、圧倒的にコカ・コーラが多く、脳内の活動領域でも大きな違いが見られた。
味のみで好きなコーラを選択したとき、前頭前野腹内側部と呼ばれる領域が活発化していた。一方、ブランド名が見える状態では、背外側前頭前野と海馬によって、記憶内にあるブランド情報が呼び起こされ、選択にバイアスがかかった可能性があるという。
この研究では、ブランド認知やブランドイメージの重要性が示された形となった。