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MarkeZine Day 2025 Retail

シリコンバレー直送便~世界を変えるスタートアップたち~

シリコンバレーのスタートアップ「Eltropy」 誰も気づかなかった顧客エンゲージメント向上の秘策

メッセージアプリ――第四の顧客接点

 保険や銀行、あるいはリテールの企業が顧客に対して営業やマーケティングを目的にリーチしようとするとき、従来使われていたチャネルは、電話(または対面)、電子メール、そして郵送のダイレクトメールである。しかしAshish氏は、これらのチャネルはいずれも非効率で、洗練されていないと考えた。

 例えば電話や対面での応対は、1対1のコミュニケーションであるため、基本的にコールセンターや営業員が一人ひとりの顧客に対して話す必要がある。きめ細やかなフォローが可能な反面、顧客の数に比例して営業にかかるコストも上がる(注1)。一度に10人と話せる営業員はいないので、基本的には住宅や高価な金融商品など顧客単価の高い商品でないとペイしない方法だ。

注1

 電話によるセールスには、米国特有の問題もある。

 米国では「Robocall」というマーケティングやフィッシング詐欺目的での自動音声による無差別なテレアポが横行しており、FCC(連邦通信委員会)が消費者向けの対策ガイドラインを出すほどの社会問題になっている。このため電話でのセールスにまったく信用がなくなっており、消費者もまじめに相手をしない。

 著者もこのRobocallを何度も受けたことがあるが、出た瞬間に自動音声で金融商品の勧誘が始まるのを聞くとかなり腹立たしい気分になる。

 電子メールやダイレクトメールは1対多で送付することが可能であるため、コミュニケーションのコストは相対的に低いが、一方で受け取った顧客がどのような行動を取ったか、どのような商品に関心を持ったか、という情報を追跡する手段が限られている。しかもコストが低いということは多くの企業にとって便利なチャネルということを意味しており、情報の洪水の中に埋もれることになる。

 「たいていのダイレクトメールは開封されずにゴミ箱に捨てられますし、プロモーションのメールもスパムフォルダに仕分けられて終わりです。しかし、送り手である企業の側に、それを知るすべはありません。結果として、効果が検証されないまま非効率なプロモーションが続けられているのです」(Ashish氏)

比較表
コミュニケーションチャネルのメリット/デメリット

 しかしメッセージアプリならば、これらの問題を解決することができる。電話と違ってコンテンツのファイルやURLを一斉送信するコストは低いし、受け取り手が承認した相手としかやりとりしないため、スパムやノイズが少なく、きちんと読んでもらえる可能性が高い。残る問題は、ユーザの行動をどう追跡するかである。誰が何の保険商品に興味を持ったのか、誰が商品カタログの中のコーヒーテーブルや最新モデルのエアコンに興味を示したのか。その行動データをどう把握するか? Eltropyは、この問題を解決してみせた――それもひどく単純な方法で。

イノベーションは既存技術の組み合わせ

 Eltropyはどのようにしてコンテンツを受け取った顧客の行動を把握するのだろう。Eltropyのアプリケーションは、顧客に送付するコンテンツのURLに{送り手, コンテンツ, 受け手}の3つのキーをもとに生成されたハッシュコードを付与する。顧客がこのトラッキングコード付きURLにアクセスすることで、従来は取得できなかった行動に関する情報がEltropyのプラットフォームに送信される。

Eltropyのアプリケーションから顧客に送付されるコンテンツURLの一例。一意なトラッキングコードが付与されている
Eltropyのアプリケーションから顧客に送付されるコンテンツURLの一例。一意なトラッキングコードが付与されている

 現在取得可能なデータは、クリックまでの時間、滞留時間、ロケーション、参照されたコンテンツのページなど、24個に及ぶ。これらのデータをAIによって分析することで、有望な見込み客のランキングが算出されるという仕組みである。

 「特にエンゲージメントに強い相関のあるデータポイントは、滞留時間、再訪率、およびロケーションです。移動中に流し読みする人よりも、家で腰を据えて読む人の方が真剣ですからね」(Ashish氏)

 あとは、営業員がレコメンデーションをもとに、適切な顧客に対して適切なタイミングで興味のある商品を売り込むといったフォローアップが可能になるわけだ。

Eltropyの分析ダッシュボードのサンプル。滞留時間の長い顧客が一覧化されている

Eltropyの分析ダッシュボードのサンプル。滞留時間の長い顧客が一覧化されている

 この説明を聞くと、おそらくエンジニアの読者は「Google Analyticsと同じ発想ではないか」という感想を持つと思う。実際、著者もそう思って聞いてみたところ、Ashish氏もうなずいてこう言った。「メッセージアプリは誰でも使っている。トラッキングコードを利用した行動追跡もみなやっている。顧客データの分析もCRMの基本だ。しかしその3つを組み合わせようと考えた人間は、誰もいなかった

 コロンブスの卵、あるいは枯れた技術の水平思考(注2)。Eltropyのソリューションにはそのような言葉がぴったりくる。イノベーションとは必ずしも最新技術を駆使することで生まれるのではなく、既存技術を新たな文脈に転用したり組み合わせたりすることで生まれることがある、というのは歴史が証明することである。

 しかし、いざ目の前で実例を見せられると、ちょっと拍子抜けしてしまうのも事実である。特に著者のようにエンジニアあがりの人間には、どうしても「技術的に難しい方が偉い」という先入観が抜きがたくある。しかし、ビジネスにおいて本当に偉いのは、「顧客の課題を解決する」ソリューションを生み出すことであって、難解な技術を振り回すことではない。

注2

 任天堂で「ゲームボーイ」「ゲーム&ウォッチ」などの開発をリードした横井軍平の開発におけるポリシーを表す言葉。

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セキュリティとコンプライアンス

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この記事の著者

ミック(ミック)

日本では、主にBI/DWHの設計からチューニングまでを専門とするデータベースエンジニアとして活動。2018年より米国シリコンバレーに活動拠点を移し、技術調査とビジネス開発に従事している。

主な著書・訳書:
達人に学ぶSQL徹底指南書 第2版』(2018)
SQL実践入門』(2015)
Joe Celko『プログラマのためのSQL 第4版』(2015)

翔泳社 - 著者ページ:
https://www.shoeisha.co.jp/book/author/3964

著者個人ページ:
http://mickindex.sakura.ne.jp/

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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MarkeZine(マーケジン)
2019/07/17 09:00 https://markezine.jp/article/detail/31547

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