セキュリティとコンプライアンス
Eltropyはシリコンバレーのスタートアップに典型的にみられるSaaS型のサービスであり、インフラとしてはAWSを利用している。それゆえ、利用する際にはセキュリティとコンプライアンスの観点からの事前検討が必要になる。大きく、次の3つの問題を考慮する必要があるだろう。
第一に、Eltropyのアプリケーションを利用してトラッキングコード付きのURLを送信するには、商品のパンフレットなどのコンテンツを一度Eltropyのプラットフォームにアップロードしなければならない。これらの情報は一般的に、不特定多数の顧客へ送付する情報であるため、第三者への提供が問題になることは少ないと思われるが、念のため確認する必要のある観点である。
第二に、より大きな問題になるのは、顧客IDや氏名、電話番号といった法的に個人情報に該当する可能性の高い情報をどうするかである。こうした情報までEltropyに提供することができた方が詳細な分析が行えるのは間違いないが、社内コンプライアンス上、個人情報の第三者提供のハードルが高いケースもあるだろう。もちろん、Eltropy側もセキュリティ対策は施しており、クラウド上に保存する個人情報データは、ハッシュによるトークン化または暗号化するという二つの方法を選択することができる。暗号化の場合、秘密鍵はユーザ側で保持することができる。
第三に、メッセージアプリを顧客とのコミュニケーションのチャネルに利用してよいのか、という問題がある。営業員が非公式に顧客とメッセージアプリのIDを交換しあって連絡を取るというのは、企業側が統制できない、いわゆる「シャドーIT」の一種であり、好ましい利用法ではない。ユーザの側から見ても、メッセージアプリの世界というのは友人家族だけで構成された親密な空間であり、そこに企業が踏み込んでくることには心理的抵抗があるだろう。これが、冒頭で「なぜ人々はメッセージアプリで企業とコミュニケーションしないか?」という問いに対する答えである。
この問題に対しては、LINE WORKSなど、ビジネスでの利用を想定したセキュリティの高いメッセージサービスが用意されており、こうしたビジネス用途のサービスを併用することである程度対処ができると思われる。
また日本では、SMSがスパムの少ないチャネルとして機能しているため、空電プッシュのようなSMS送信サービスと組み合わせるのも有効な方法であろう。
今後はRCS(Rich Communication Services)が普及するに伴い、SMSでは難しかった画像や動画といったコンテンツの送信も可能になるであろうし、EltropyとRCSの親和性は極めて高い。もちろん、Eltropyは電子メールと組み合わせることも可能であるが、電子メールはすでに多くのプロモーションメールやスパムで溢れているため、Eltropyの真価が発揮できるチャネルではない、というのがAshish氏の見解だ。
今後の展望と日本市場への進出
Eltropyは米国やインドで多くのクライアントを獲得しているほか、日本企業も金融機関を中心にEltropyとの商談に積極的だ。2019年3月には、オリエントコーポレーションが実証実験開始をアナウンスしたほか、富士通もEltropyとの提携を検討していることを公表している(注3)。
- 「オリコ、米Eltropyと顧客プロモーション高度化に向けた実証実験を開始」(日本経済新聞)
注3
Eltopyもまた日本市場を重視しており、実際に2019年6月に日本オフィスを開設した。日本語でコミュニケーションが取れるようになれば、日本企業への展開はさらに加速するに違いない。
Eltopyは、当初いわゆる「Fintechブーム」の中で米国で注目を集めた。確かに、多くの営業員を擁する保険会社、証券会社、銀行といった企業によくマッチするソリューションなのは間違いないが、原理的にはBtoCのプロモーションを行う業界であれば有用な可能性は高い。今後は不動産、自動車、観光、小売り、教育といった分野へのアプローチも検討していると言う。
また、外部のCRMソリューションとのAPIを通じたデータ連携も進めている。すでにSalesforce AppExchange から認証を受けており、今後もさまざまな有力なCRMやアナリティクスのソリューションとの連携を強めていく方針だ。
最後に、Ashish氏から日本の皆さんへのメッセージをお伝えして結びとしたい。
Eltropyは、ここ一年、日本企業との協業を通じて、日本企業が最新技術の採用に極めて意欲的であることに驚きました。多くの日本企業がシリコンバレーに拠点を持ち、自らインキュベーションの取り組みやラボ、技術アクセラレータの取り組みを開始しています。
我々は日本のシステム・インテグレータとも緊密に連携しながら日本市場へのさらなる展開を目指したいと考えています。