SHOEISHA iD

※旧SEメンバーシップ会員の方は、同じ登録情報(メールアドレス&パスワード)でログインいただけます

おすすめのイベント

おすすめの講座

おすすめのウェビナー

マーケティングは“経営ごと” に。業界キーパーソンへの独自取材、注目テーマやトレンドを解説する特集など、オリジナルの最新マーケティング情報を毎月お届け。

『MarkeZine』(雑誌)

第107号(2024年11月号)
特集「進むAI活用、その影響とは?」

MarkeZineプレミアム for チーム/チーム プラス 加入の方は、誌面がウェブでも読めます

BOOKS(AD)

「使い続けたい」と思われるマーケティングができているか オイシックス・西井氏が語るサブスクリプション

 サブスクリプションは単なる月額定額制ではない。『サブスクリプションで売上の壁を超える方法』で西井敏恭さんはそう断言しています。鍵となるのは使い続けたいという気持ちを作ることで、そのためのマーケティングが必要だとのこと。今回は本書から、数々のデジタルマーケティングを手がけてきた西井さんがサブスクリプションをどう捉えているのかを解説した「第1章 サブスクリプションとは何か」を抜粋して紹介します。

本記事は『サブスクリプションで売上の壁を超える方法』の「第1章 サブスクリプションとは何か」からの抜粋です。掲載にあたり一部を編集しています。

サブスクリプションの定義

サブスクリプションは「使い続けたい気持ち」をつくる

 みなさんは現在、どのようなサブスクリプションのサービスを使っていますか?  ネットフリックス(Netflix)に代表される動画配信サービスや、スポティファイ(Spotify)などの音楽配信サービスでしょうか。

 たくさんの雑誌から読みたいページだけを読める、雑誌読み放題のサービスも人気ですね。

 ファッションや鞄、時計のサブスクリプションには、好みが変わっても借り換えができる柔軟なサービスもあります。

 では、それらのお気に入りのサービスはどのくらいの期間使っていますか?  初月無料の期間から有料会員になったばかりの方や、1年近く使っていてもう手放せない、といった方もいると思います。そこにはどのような気持ちがあるでしょうか。

 おそらくシンプルに、「商品・サービスを使い続けたい」という気持ちがあるはずです。

 この気持ちは、サービスの提供側からすると、顧客生涯価値(LTV:Life Time Value)という言葉に置き換えて考えることができます。

1回目の購入から始まるサブスクリプション

 LTVとは、顧客が生涯を通して企業にもたらす利益のことです。顧客との関係性が強まれば強まるほどこのLTVは伸びていき、確かな収益につながります。

 従来のビジネスの大半は、顧客は1回購入すれば終わりだったので、購入1回目までの顧客獲得単価(CPO:Cost per Order)が着目される傾向にありました。しかし、LTVが重要な指標になると、話は違ってきます。

 企業は、顧客に「この商品・サービスを使い続けたい」と思ってもらえるようなマーケティングをしていかなければならなくなりました。

SEI、S&P500構成企業、米国小売業の売上高成長率の比較

 つまり、サブスクリプションとは、顧客と継続的につながってLTVを伸ばし、ビジネスを成長させることなのです。

なぜ今、サブスクリプションなのか

 サブスクリプションを管理するプラットフォームを提供しているズオラ(Zuora)の調査によると、同社が独自に定めているサブスクリプション・エコノミー・インデックス(SEI)という指標から、サブスクリプション・エコノミーが急速に発展していることが読み取れます。

 ではなぜ、サブスクリプションが注目され、ビジネスとして伸びているのでしょうか。

 企業は、サブスクリプションがつくる顧客との関係づくりに、商機があると捉えています。

 その理由を、フィリップ・コトラーが提唱するマーケティング1.0から4.0までの変遷を参考に考えてみましょう。コトラーのマーケティング論をざっくり説明すると、次のようになります。

コトラーのマーケティング1.0から4.0までの変遷

 マーケティング1.0とよぶ時代(1900年代から1960年代)は製品を安くつくり、大量に売ることが主流の製品中心のマーケティングでした。

 マーケティング2.0の時代(1970年代から1980年代)になると、顧客のニーズにそった製品をつくり、競合と差別化を図る、顧客中心のマーケティングに移ります。

 マーケティング3.0時代(1990年代から2000年代)では、デジタルが登場し、広告や製品の利便性以外の価値が求められる、価値重視のマーケティングとなってきました。

 そしてマーケティング4.0時代(2010年代~)をむかえ、製品やサービスによって得られる体験から、顧客自身が満たされる、自己実現のマーケティングへと変貌しています。

 このように、マーケティングの変遷のもとには、顧客が求めるものの変化があることがわかります。

 ここでちょっと考えてほしいのですが、日本企業のマーケティングは、この1.0から4.0のどこに位置しているでしょうか。実は多くの企業がマーケティング2.0で止まっているといわれています。

 私は「はじめに」で、「マーケティングとは、売れ続ける仕組みづくりと、買いたい気持ちづくりである」とお話ししました。

 でも、従来のマーケティングは、企業が主体となり「どう売るか」を考えてきたように思います。そして、「売りたい」「買ってほしい」という気持ちを、テレビCMなどのマス広告やメディアを通して発信していたんです。

 それがデジタル時代となったことで、消費者は企業からの情報をただ一方的に受けとめる立場ではなくなりました。

 商品が気になったら、広告など企業が発信している情報以外のことを簡単に検索して、情報が正しいのかどうかを比較しますし、SNSや友人からの口コミも参考にします。

 すると、企業の「売りたい気持ち」は見透かされてしまうんですね。だから、マーケティングで「売れ続ける仕組み」と「買いたい気持ち」をつくらなければならないのです。

 ところが、いまだに「◯◯の機能でこんなに安い」「◯◯が今までのものよりさらに美味しくなった」「あの商品とは◯◯が決定的に違う」などといった他社との差別化や、機能性を押し出したマーケティング活動を展開している企業が多く、商品やサービスの開発においても、それらが重視されているように感じられます。

 では視点を変えて、グローバル企業のスターバックスコーヒー(Starbucks Coffee)やアップル(Apple)、パタゴニア(patagonia)はどうでしょう。

 これらのブランドは日本でも強く支持されていますが、顧客は価格や機能性だけで選んでいるとは思えません。

 たとえばスターバックスコーヒーだったら、「コーヒーが美味しいから」「価格相応だから」などの理由よりも、「スタバで過ごす時間が好き」という気持ちで顧客から選ばれていることの方が多いのではないでしょうか。

 言葉にはしないけれども、「スタバでコーヒーを飲むのが自分のライフスタイルに合っている」「スタバにいる人たちと自分は同じグループである」といった感情が心の中にあって、複数あるコーヒーショップの中からスターバックスを選んでいるのだと考えられます。

 もちろん国内企業にも、マーケティング2.0から抜け出している企業はあります。スノーピークや星野リゾートは独自の価値をもち、「このブランドを好む自分が好きだ」という顧客の自己実現を形にしています。

 でも、いうだけなら簡単で、マーケティング3.0や4.0の領域にたどり着くのは、並大抵のことではないんですよね。

 プロモーションで商品・サービスを買ってもらうだけではこの先のビジネスは難しく、それらを使い続けて満足してもらわなければ、顧客の支持は得られません。

 だから、顧客の「使い続けたい気持ち」をつくるサブスクリプションが注目されているのです。サブスクリプションは、顧客データをもとに商品・サービスの改善を重ね、使い続けてもらい、顧客との関係性を深めます

 すると顧客は、「このサービスを使っている自分っていいな」と感じることができるのです。

 そこで初めて「モノよりコト」、つまりマーケティング2.0から3.0や4.0への飛躍が実現します。「コトを実現したモノ」は、顧客にとってかけがえのない存在となり、まわりの人に「このサービスおすすめだよ」といいたくなります。

 おすすめされたまわりの人たちが気にいると、さらにそのまわりの人たちにおすすめしたり、SNSで広めたりしますから、同じようなコトを体験したい人がますます増えて、サービスが拡大しビジネスが伸びていくのです。

テクノロジーがマーケティングを変えた

 もちろんこれまでのマーケティングも、顧客にヒアリングをしたり、購買データを参考にしたりして、商品開発やサービス改善をやってきたと思います。でも、それだけでは「顧客を知る」とはいえなくなっているんですね。

 顧客に「うちの商品を使っていますか?」と聞いたとき、「はい」「いいえ」の回答を得るだけでは「顧客を知る」とは、到底いえません。顧客がその商品を「1週間でどのくらい使っているか」「1日のうちどのタイミングで使っているか」「1回あたりどのくらいの量を使っているか」「そのとき、どのような気持ちなのか」までを知らなくてはなりません。

 でもこれらを、顧客一人ひとりに聞くことは難しいものです。顧客がずっとサービスを使い続けていても、なぜ使い続けているのか、どうして解約したのかを毎回聞くことは、これまでできませんでした。

 また、人の好みの変化が早い現代では、顧客のことを知りたいと思い立って調査をしても、あっという間に使えなくなるデータとなってしまいます。

 サブスクリプションがこれまでのマーケティングと異なるのは、「顧客を知る」マーケティングができることにあります。

 それを可能にしたのが、デジタルマーケティングです。

 デジタルマーケティングというと、バナー広告を出すとか、ウェブサイトのSEO対策をするといったイメージがあると思いますが、それらはウェブマーケティングの範囲となります。

 ウェブマーケティングとは、マーケティングという大きな枠組みのうち、ウェブサイトを中心としたマーケティングを指します。

デジタルマーケティングとウェブマーケティングの違い

 さきほど例に挙げた、バナー広告やSEO対策のほか、SEM(Search Engine Marketing)やメールマガジン、アフィリエイト、アクセス解析などが代表的な手法です。

 デジタルマーケティングは、ウェブマーケティングを含むより広い概念です。デジタルマーケティングとウェブマーケティングは何が違うのかというと、データ活用の範囲に違いがあります

 インターネットのない時代、企業と顧客の接点は、広告・紹介(リアルな口コミ)・店頭などに限られていました。たとえ、一度顧客と顧客と接点をもてたとしても、継続的につながることは難しかったと思います。

 しかし、ネットが登場した今では、検索や双方向性のあるSNSなど、オンライン上に顧客との接点が生まれただけでなく、オンラインサービスの利用履歴から顧客の行動データを把握して、顧客の気持ちを考えやすくなりました。

 ECであれば、「この商品を買う前に違う商品ページを見ているな。きっと比較したのだろう」というふうに考えられます。

 さらにスマートフォンの登場が、顧客IDに紐づいた大量のデータを生み出します。キャッシュレス決済のデータや位置情報、どんな写真を撮影し、SNSで誰とつながっているか。これまで得られなかった、商品・サービスを使っていないときの顧客データも簡単に集められるようになりました。

 これらオンラインのデータと、実店舗への来店や店員との会話など、顧客のリアル(オフライン)の行動から得られるデータを使って、顧客に最適な打ち手を出していくのがデジタルマーケティングなのです。

 さらに、新しいテクノロジーが登場しています。モノのインターネットとよばれるIoTや、AIです。ソフトウェアも、パッケージで販売され各自がPCにインストールするのではなく、クラウド上で提供されるSaaS(Software as a Service)とよばれる形態に変わっています。

 サブスクリプションは顧客の使い続けたい気持ちづくりをするうえで、これらの新しいテクノロジーを利用していきます。スマートフォンやIoTで顧客データを取ったり、  AIで分析してパーソナライズにつなげたり、SaaSを通してサービスを提供したり、といった具合です。

 顧客との継続的な関係性づくりを前提とするサブスクリプションは、こうした新しいテクノロジーを組み合わせることなしには、成り立ちません

サブスクリプションは月額定額制ではない

サブスクリプションはなぜ失敗するのか

 さまざまな業種の企業がサブスクリプションに取り組んでいて、成功しているサービスもあれば、1年も経たずに撤退を選ぶサービスもあります。サービスを閉じた理由は、「会員数が伸び悩んだ」「ターゲットが違っていた」などいろいろと考えられますが、サブスクリプションにはある誤解がもたれているのではないでしょうか。

 何だと思いますか?  それは、サブスクリプションとは月額定額制のサービスである、という誤解です。実際にサブスクリプションと名乗る多くのビジネスが、その企業がすでにもっている商品やサービスを、月額ないし年間の定額料金で使い放題にしたモデルで展開しています。なので、サブスクリプションは定額利用や定期販売ビジネスだと思われている方が多いと思うのです。

 しかし、「定額利用・定期販売=サブスクリプション」ではありません。

 結論からいいますと、サブスクリプションとよべるのは、定期的な利用があり、かつデータが活用されている商品・サービスのみです。都度利用はサブスクリプションではないことは、おわかりいただけると思いますが、定期的な利用があってもデータが活用されていないものは、サブスクリプションではありません。

サブスクリプションの位置づけ

 その理由を、定期販売ビジネスの歩みとともにお話しします。

 定期販売は、新聞や雑誌の定期購読、健康食品などの定期通販、毎月違った品物が届く頒布会といったものに代表される、昔からあるビジネスモデルです。これらが支持されていた主な理由は、同じ物を何度も注文する手間が省けるからでした。

 さらに、単品定期通販(1商品や1ブランドの商品だけをあつかう通販のこと)であれば、年間契約をすると、毎回個別に購入するよりも価格が下がるという、お得感もあります。

 しかしそのメリットは、電話やハガキ、FAXで注文をしていた時代の話です。ECが当たり前となり、買い物はとても便利になりましたし、消費者は買う前に検索し、似たような商品や価格を比べます。

 そうすると、ほしいときに1クリックで注文できるだけでなく、オフィシャルショップや年間契約で買うよりもずっと安い価格でよそから買うことができるようになったのです。

 次第に顧客は、決まった間隔で同じ商品が繰り返し送られてくるだけの定期販売に、メリットを感じにくくなりました。また、商品を使い切っていなくても次の商品が届きますし、ライフスタイルが変わって違う商品に変更したいと思っても、商品のバリエーションが決まっているため、自分に合ったものを選ぶことができません。

 顧客は、定価より数パーセント安いだけの定期販売になんとなく不満をもち続け、ある日ふと解約をしてしまうのです。

 なので、たとえ紙のカタログをウェブサイトにのせて、購入方法を電話からネット申込みに変えても、定期販売モデルを続けているだけでは顧客数が伸び悩んだり、業績を落としてしまいます。実際に、そんな企業も多いのではないかと思います。

 つまり、今までの定期販売モデルには、顧客が商品やサービスを使い続けたいと思う要素が少ないのです。

広告の限界

 ここまでの話を読んで、「顧客が減ってしまうなら、広告で新規顧客を増やせばいいのでは?」と思う方もいるかもしれません。でも広告は、見られなくなっているだけでなく、そもそも顧客への影響度も下がっているんです。

 うなずいている方もいるのではないでしょうか。広告をどうしていくかは、マーケターの悩みともなっていますね。

 広告が効きにくくなった理由はいくつかありますが、大きくは商品・サービスの差別化が難しくなったからでしょう。企業にとって一番良いのは、広告を打たなくても商品・サービスが売れることです。そのようなものには、他社がマネできない独自性や利用するメリットがあります。そうでなくても、商品・サービスが差別化されていれば、広告でその独自性を訴求することができました。

 しかしテクノロジーが進化したことで、製造・生産にも変化が起こり、すぐに似たり寄ったりの商品・サービスが生まれやすくなりました。画期的な機能や価値をもつものが、あっという間にコモディティ化してしまうのです。

 たとえば、ユニクロのヒートテックが売れると、各社似たような保温性の高い衣類を販売しました。また、スマートフォン決済サービスもさまざまな種類が乱立していますが、機能そのものは似通っています。これが、商品・サービスのコモディティ化です。

 すると、広告だけでは商品・サービスの違いがわからないため、顧客は何を買ったらいいかわからない。さらに顧客は、企業からの一方的な広告を信頼しなくなりました。ネットで比較し、SNSや友人からの口コミを信頼するのです。このことは、マーケティングの定義をお話ししたときにもふれました。

 そもそも、広告を打って1回買って終わりの顧客を増やしても、ビジネスへの貢献はそのとき限りでしょう。売上の土台は、商品を買い続ける、サービスを使い続けてくれる顧客からつくられます。

 冒頭で紹介した前著で書きましたが、ECの場合は新規顧客の50%が翌年も継続していないと、ある一定の規模を超えたときから売上が伸びなくなってきます。

 とくに、ECや資料請求、各種の申込みなど、オンライン上で顧客に何かのアクションを求めるサービスは、商品やサービスを1件注文・契約するときのコスト(CPO)を重視します。

 たとえばCPOが1万円のとき、その顧客が1年かけて何度か利用し、1万円以上の利益を出して翌年も継続するのであれば、広告を出す意味はあります。逆に、利益を得られなければ、広告はコストでしかないんです。

 ちょっと強い言葉になってしまいましたが、私は「広告がだめだ」という話をしているのではありません。重要なのは、「差別化を伝えるだけの従来の広告は限界にきている」ということであって、ファンとよべる一定の顧客層に支えられたサービスであれば、広告の力は健在です。

 第2章でお話ししますが、ファンがいる商品・サービスは広告に信頼感が生まれやすく、まだ利用していない人への認知に効果があると思っています。

 逆にいうと、ファン層ができていない状態で広告を実施しても認知されづらいですし、まだ利用していない人に「使ってみたい」と思ってもらえることもなかなか難しい。実際に私が支援している企業においても、ファン層のある・なしで、広告の効果が2~5倍くらい違っています

すべての企業にサブスクリプションの可能性がある

従来のモデルからサブスクリプションに挑戦した企業

 モノが溢れている現代では、広告で機能の差別化を訴求しても顧客に振り向いてもらえません。顧客に買ってもらったら終わりではなく、商品やサービスを顧客に使い続けてもらう関係性をつくることが理想的で、それを実現するのがサブスクリプションだということをここまで見てきました。

 では、一体どうすれば、企業はサブスクリプションへシフトすることができるのでしょうか。

 みなさんがよく知っている、サブスクリプションで成功している企業を例に考えていきます。

 従来のビジネスモデルから脱却し、サブスクリプションへと大きく舵を切って成功したのは、アドビでしょう。1982年に創業し、長らくはフォトショップ(Photoshop)やイラストレーター(Illustrator)といったデザイナーやクリエイター向けのデジタル編集ソフトウェアを提供していました。

 彼らが事業を転換したのは、2012年のことです。自社の資産であるデジタル編集ソフトを、クラウドで提供するサービスのアドビ・クリエイティブ・クラウド(Adobe Creative Cloud)へと切り替えました。

 従来のモデルには戻らないと覚悟を決め、一時は売上が3分の1に減少してしまいましたが、今では業績を年々更新して、成長し続けています。

アドビの事業転換

 2018年には、マーケティングオートメーションツールのマルケト(Marketo)も買収し、こちらもサブスクリプションでサービスを提供しています。今やアドビは、マーケティング支援も担う企業なのです。

 また、ネットフリックスは動画配信のサブスクリプションの代表格です。1997年の創業時はDVDのレンタル事業をしていましたが、2007年頃から動画配信事業へとシフトしました。

 ユーチューブ(YouTube)のスタートが2005年ですから、私たちがオンラインで動画を見ることに慣れ始めた頃ですね。

 そして、巨大な動画配信プラットフォーマーとなったネットフリックスは、コンテンツメーカーに投資し、テレビや映画に引けを取らないオリジナルコンテンツを提供しています。

ネットフリックスの事業転換

顧客の期待以上のサービスを提供する

 この2社の軌跡を振り返ると、アドビは商品のパッケージ販売、ネットフリックスはDVDのレンタルと、既存のビジネスを大きく転換させて、サブスクリプションを始めたことに気づきます。

 両社ともに従来の都度販売というビジネスモデルを捨て、定期的・継続的に利用することを前提としたビジネスモデルに転換しているのです。つまり、顧客に商品・サービスを届ける方法として、サブスクリプションを採用しています。

 第5章でお話ししますが、サブスクリプションは、LTVが伸びて顧客から支持を得るまでの間、赤字に耐える時期が続きます。サブスクリプションに転換した直後は、企業として一時的な売上が下がるという痛みを伴いながら、商品やサービスを開発する体制を根本から変えていく覚悟が必要です。

 しかし、アドビやネットフリックスが既存の商品・サービスをオンラインで提供していただけでは、ここまでの成長は見込めなかったと思います。

 さらに参考にしたい彼らの共通点は、顧客が期待している以上のサービスを提供していることです。アドビのクリエイティブ・クラウドを契約すると、複数のソフトウェアを使うことができます。たとえ初めて使うソフトがあったとしても、ポップアップで使い方を教えてくれますし、オンラインセミナーなども用意されています。

 デジタル上でのクリエイティブの制作をクリエイターだけのものではなく、「自分でも編集をしてみたい」と思う初心者にも開放し、利用者のすそ野を広げているのです。ネットフリックスは、プラットフォームから好きなときに何度も見られる映像コンテンツを提供するだけでなく、レコメンド機能で顧客ごとに最適化された作品を楽しんでもらう体験を届けています。さきほど紹介したように、オリジナルコンテンツの制作にも力を入れ、顧客の楽しみを増幅させています。

 このように、オンラインのサービスにすることで顧客の利用状況を理解し、顧客の想像を超える体験を提供し続けていることが、両社の成功理由でしょう。顧客は、これまでにはなかった体験を味わい、やりたいことを叶えるために両社のサービスを選んでいるのです。

 まさに、サービスを使い続けることで顧客が自己実現するというマーケティング4・0を体現しています。

ユーザーのペインを解消する

 よく、「どんなビジネスがサブスクリプションに向いていますか?」と聞かれますが、サブスクリプションは業種を問わないと思います。むしろ、どんな業種が向いているかというよりも、「そこにユーザーのペインがあるか?」を考えます。

 ペイン(pain)とは痛み。つまり、商品やサービスを使っているときに感じる困りごとだったり、「こうだったらいいのに」という不満のことです。

 ユーザーのペインは、何も特別なことではなく、「そういうものだから仕方がない」と私たちが思い込んでしまっているところにもあります。オフィスの引っ越しを例に考えてみましょう。

 ベンチャーやスタートアップは成長に比例して社員が増えていきますので、これまではそのたびに新たなオフィスを探さなければなりませんでした。敷金・礼金を払って、家具を買って、オフィスレイアウトを整えて……と引っ越しを繰り返すのは、めんどうでしかなかったのです。でも、みんなは「そういうものだ」と思っていたんですね。

 そのペインをコワーキングスペースの貸出し事業によって解消したのが、ウィワーク(WeWork)でした。ウィワークは基本・追加料金だけで席を増やせます。家賃に比べて月額の利用料が多少割高でも、1年に数回も引っ越しをするような急成長中のスタートアップにとっては、大きなメリットなのです。

 このユーザーのペインの解消と、サブスクリプションを組み合わせてみる。たとえば、これまでの不動産は、売ったり、貸したりするところまでが仕事でした。でもサブスクリプションは、オフィスを使い始めてからのことを考えます。

 すると、「実はこんなペインが見過ごされていた」ということに気づけます。他の業種も、そのちょっとしたことに気づけば、サブスクリプションになるビジネスがあるんじゃないかと思います。

まとめ

 この章では、サブスクリプションとは定額利用・定期販売であるという誤解を解き、サブスクリプションの定義を確認しました。

 サブスクリプションとは、デジタルマーケティングによるデータ活用で、顧客が商品・サービスを使い続けたい気持ちをつくることです。顧客はもう、商品・サービスの差別化や機能性を広告で訴求しただけでは心が動きません。

 顧客は使い続ける中で「自分に合っている」と気づき、支持し、まわりに広めてくれるのです。そんな顧客との関係性をつくる一つの方法が、サブスクリプションであるとお話ししました。

 顧客との関係性をつくるサブスクリプションの肝は、マーケティングです。次の章では、このサブスクリプション・マーケティングのポイントを解説していきます。

サブスクリプションで売上の壁を超える方法

Amazon SEshop その他


サブスクリプションで売上の壁を超える方法

著者:西井敏恭
発売日:2020年1月23日(木)
価格:1,600円+税

本書について

「サブスクリプションをやっているがうまくいかない」「サブスクリプションのビジネスをもっと成長させたい」、このような思いを抱いている方のために著者が現場の第一線で培ってきた方法論とコツを徹底解説。

この記事は参考になりましたか?

  • Facebook
  • X
  • Pocket
  • note
BOOKS連載記事一覧

もっと読む

【AD】本記事の内容は記事掲載開始時点のものです 企画・制作 株式会社翔泳社

この記事は参考になりましたか?

この記事をシェア

MarkeZine(マーケジン)
2020/01/30 07:00 https://markezine.jp/article/detail/32759

Special Contents

PR

Job Board

PR

おすすめ

イベント

新規会員登録無料のご案内

  • ・全ての過去記事が閲覧できます
  • ・会員限定メルマガを受信できます

メールバックナンバー

アクセスランキング

アクセスランキング