チャネルごとに「どんな体験がうれしいか?」を考える
安成:前編では、実店舗やスタッフさんの強みを活かしてオムニチャネルに取り組む堀田さん、100%オンラインの事業体でロイヤル顧客のさらなる伸長に注力する榊さんに、それぞれの事業における新規と既存の捉え方や育成、また各チャネルの位置づけの変化などをうかがいました。
たとえば一休では、メールを中心としながらLINEやポップアップもタイムリーに活用されているそうですが、伝えたいメッセージの量によっても使い分けていますか?
榊:そうですね、当然それぞれのチャネルへの接触態度が違うので、普段メールで表現しているリッチなコンテンツをLINEで長々送るといったことはしませんが、伝えたい量というのは意識していません。
重要なのは、提案の精度が高いか、ニーズとどれだけ合致するかだと思います。それをLINEなら端的にしたりするし、逆にメールで「お探しの『東京から2時間以内に行ける露天風呂付きの宿』のお勧めはこの宿です!」とだけ届いても顧客の期待値とは違うので、ランキングにしたり。チャネルによって、どういう体験がいちばんうれしいか、という考え方をしていますね。
一休 代表取締役社長 榊 淳氏
銀行でのトレーディング業務を経てボストンコンサルティンググループへ。次のアリックスパートナーズ勤務時に一休を担当したことから、2013年に正式に一休へ参画。2016年に代表取締役社長に就任、ロイヤル顧客をさらにロイヤル化する戦略で大きく事業を成長させている。
安成:なるほど。パルでは、50ものブランドの価格帯や顧客層がかなり幅広いので、各チャネルの効果的な使い方も違いそうですね。
堀田:はい、概して手頃な価格帯のブランドは店頭でアプリのDLを勧めても難しかったりするので、QRコードからLINE登録を促したり、といった違いはあります。また、ブランドを問わずヘビーユーザーはアプリの利用率が高く、ミドルからライトはアプリだと接触が難しいといった傾向もあります。メールも、メルマガ配信を長く続けていて知見がありますし、チャネルが増えたとはいえ全体売上の少なくない割合を占めているので、重要なチャネルです。
メールマーケティングで強化すべきはクリエイティブ
北村:他のチャネルと比べて、メールはどう位置付けられていますか?
堀田:メールはやはり数が多いので、ボリュームが出ます。また、読み物風のコンテンツをいちいちクリックさせずにさらっと見てもらうにはメールが適しているので、そういった接触に使っています。また、先ほど(※前編)榊さんも中高年の顧客が多いのでメールが中心と言われていましたが、パルでも年齢の高い方のほうがメールをしっかり読んでいただいている印象はあります。
パル 執行役員 WEB事業推進室 室長 堀田 覚氏
新卒でアパレル企業に、次にメディア企業でECの立ち上げなどに携わり、2014年にパルへ参画。近年ECに注力する同社でWeb事業全体を統括し、直営サイト「PAL CLOSET ONLINE STORE」のCX向上や店舗とオンラインの会員統合、店舗スタッフのデジタル活用促進などを手掛けている。
榊:一休だと、宿やレストラン予約の前日に、場所や時間や交通案内を一覧できるメールを送るのが喜ばれています。それから「読み物風のコンテンツを」というのもたしかにありますね、緊急性の高くない、リッチなコンテンツを送るのに適していると思います。
北村:なるほど。ちなみに当社のアンケートだと、メールマーケティングで強化すべきものとして1位に挙がっているのがクリエイティブなんです。
榊:それはよくわかりますね。一休はUXの一貫として、サイト自体のクリエイティブに非常に気を配っていて、それに即してメールでの表現にも注力しています。
堀田:当社も、クリエイティブにいちばん時間をかけているチャネルはメールです。HTMLメールで、ブランドの世界観や顧客層に合わせています。この調査結果も納得ですね、メールのフォーマットが最も自由度が高いからかな、と。ただ、メールは今や開いてもらうのがかなり難しいので、開いてもらうこと、そして開いたときに「あっ、いいな」と感じてもらうことが大事だと思っています。
複数ツールを組み合わせる「ベスト・オブ・ブリード」
安成:確か、パルではメルマガ会員とアプリ会員とLINE IDの紐付けにも取り組まれていますよね?
堀田:そうですね。それで顧客を一元管理して、分析や訴求の出し分けをしています。
安成:各チャネルを横断的に連携して訴求したり、会員IDを一元化したりするには、テクノロジーツールの活用が不可欠になると思います。たとえばアメリカでは、多くの企業が20以上のマーケティングテクノロジーを活用し、大企業ほど組み合わせての活用を進めているというデータもあります。
同一のベンダーの製品やスイート製品を使う「オール・イン・ワン」に対して、各分野で最良のツールを選択して組み合わせて基盤を構築することを「ベスト・オブ・ブリード」と呼びますが、アメリカの潮流は後者なのかなと。パルと一休ではそれぞれ、どのようにテクノロジー基盤を構築されているのですか?
堀田:当社は、ベスト・オブ・ブリードの考え方です。そもそもテクノロジー企業ではなく、原点は商品を作ってお店で売るというレガシーな会社なので、単一の最新システムで事業を大きく推進しよう、という絵は描けない。あくまで現状の課題に照らして、各領域のサービスをしっかり目利きして地道に組み合わせていっています。今は、基幹システムとしてのEC基盤に、顧客接点に関するいくつかのプラットフォームを導入しています。
北村:それは、ツール同士で連携しているんですか?
堀田:そうです、僕のほうでツールを提供する会社間をつなげて、要望を出してすり合わせることが多いですね。難しさはありますが、そうした調整を一生懸命やっています。
カスタマイズ範囲が広いか、他社とも組める柔軟性があるか
榊:それ、普通はもめますよね?
堀田:そうですね(笑)。やはりツールの思想もそれぞれ違うし、かみ合わない部分もありますが、そこはこちらから各社にどのような形で連携してほしいかを具体的に描いて。で、A社とB社のツールが連携したら、それをどうぞ他社にも売ってください、うちもリリースに事例協力します、という形で進めています。
同じ“CRMツール”といわれるものを2つ使っていたりするのですが、うちの観点だと役割が違っていて、やりたいことが単一ツールではできないからなんです。それと、高度でもエンジニアがいないと使いにくいツールだと、そればかりに頼れないという点もあります。前述のようにテクノロジー企業ではないので、エンジニア領域の人的リソースがほぼない状態で回せることも、ツール選びの基準です。
北村:ということは、運用は内部ですか?
堀田:そうですね。専門性が高いところでいうと、Webデザインは内製しています。今のところ、Webデザイナーが中にいるだけでも打ち手はかなりつくれているので、これ以上の専門人材を抱える予定もないですね。
北村:目利きとおっしゃいましたが、そもそも数あるツールの中で選定するのが相当タフですよね?
堀田:そうなんです。僕もIT領域の専門家ではないので難しいのですが、先ほどの専門人材がいなくても使えることに加えて、強固な内製の基盤があるわけではないので、自由度が高いのも重要な観点です。完璧だと謳うスイート製品より、デフォルトが粗削りでもカスタマイズ範囲が広かったり、それこそ他社とも柔軟に組める姿勢があるかどうか、そういった点が当社にとっては大事です。
ベスト・オブ・ブリード型が増えている理由
北村:一休では、システム基盤はどうされているのですか?
エンバーポイント CMO 北村伊弘氏
1999年に現エンバーポイントの母体となるベンダー企業に入社して以降、一貫してテクノロジーを追求したマーケティング支援に携わる。クラウド型メール配信プラットフォーム「MailPublisher」シリーズの各プロダクトを企画し、現在は同プロダクトのマーケティング責任者として従事している。
榊:当社は堀田さんの構築方法とは逆に、ECの会社なので基本的にすべて自前です。基盤としては、AWSやデータベースは当然使っていますが、あとはGoogleアナリティクスくらい。これも、ECのトランザクションデータを蓄積しているオリジナルのアクセス解析システムに接続しているので、今この瞬間に何人の顧客がどれを見ているかがすべてわかるデータウェアハウスができています。発信のところは外部ツールのほうが効率的なので、メール配信ツールを入れています。
北村:先ほど安成さんが紹介されたように、アメリカでは「ベスト・オブ・ブリード」の考え方と実践がかなり広がっています。以前はオール・イン・ワン型が主流だったので、だいぶ昔と変わったなという印象です。榊さんのところはIT系の企業の中でも特に先進的で特徴的だと思いますが、非IT企業にもスイート製品に頼らず、一部内製も交えて複数を組み合わせるような動きが出ていることを、どうご覧になりますか?
榊:そうですね、世の中の大きなトレンドとして、僕らを含めてEC系の企業は出尽くしていますよね。その浸透の過程で、非IT企業も簡単にECを運営できるようなツールやベンダーが急増しました。各顧客にカスタマイズしたモノを製造販売するD2Cプレーヤーが拡大しているのは、オンラインでそれができる仕組みが整ってきていることも要因だと思います。
モノを起点に、それを最適に届けるまでの足りない部分を補完するツールを必要に応じて当てはめると、おのずとベスト・オブ・ブリードになる。そういう、モノを競争力の源泉とするビジネスが増えているということだと思います。
各層の顧客と自社との心の距離感を測る
安成:長めの取材でしたが、あっという間に時間が経ってしまいました。充実したお話ありがとうございました、最後にお三方から今日の気づきや感想をいただけますか?
堀田:自社の立ち位置だと、休眠顧客にはリアクティブにならざるを得ない、という榊さんの話は印象に残りました。企業としてはもちろん戻ってきてほしいけれど、顧客の立場に立って、心が離れている前提でのアプローチを検討しないといけないですね。
榊:そうですね。その市場が成熟しているのか立ち上がり期なのか、また何がビジネスの競争力の源泉なのかによって、新規や既存や休眠への注力度合いは変わってくるでしょうが、どのお客様に対しても心の距離感を測ることが大事だと改めて思います。
北村:榊さんの言うリアクティブとは、文字通りの意味にとどまらず、ニーズを先読みして提案するということまでをも含んでいる訳ですよね。それが実現できている裏付けとして、システムの多くの部分を自前で構築されているということをお聞きし、なるほどなと思いました。多くの企業がそういったステージに進むために、当社としてどのような支援ができるかを考えるのが今後の大きな課題だと再認識しました。今日はありがとうございました。
後編のまとめ
こちらの記事の前編では、それぞれの事業における新規と既存の捉え方や育成、また各チャネルの位置づけの変化などをうかがっています。ぜひ合わせてお読みください!
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