「第4章 2つの変化」を抜粋した記事や、著者である福田康隆さんへのインタビューもぜひご覧ください。
優れたマネジメントは数字をどのように見ているか
市場戦略を策定して、どこに投資するかを決めたら、それが正しい方向に向かっているかを常に計測していく。「経営者は数字に強くなければならない」とよく言われるが、数字に強いとは、指標の意味がわかるということではない。大切なのはデータを鵜呑みにせず、数字から今何が起きているかを想像する力だ。この章では、どのようなKPIを見るかではなく、どのような点に注意してKPIを見るかに重きを置いて紹介したい。
以前、ある会社の社長と話した時に、「優秀な経営者は、皆驚くほど数字の詳細を把握している」という話題で盛り上がった。その方は盛和塾出身だったが、かの稲盛和夫氏は膨大なページ数の経営資料をぱらぱらとめくりながら、瞬間的に矛盾や気になる点を見つけ出すそうだ。これを「数字が泣いている」と表現し、自分で探すのではなく、数字のほうが自分に呼びかけてくるのだと表現している。
私自身の経験でも、米国本社の上司とビジネスレビューをしている際に、数週間前に話した説明との矛盾をものすごく細かい数字レベルで指摘されて「そんな細かいことまでおぼえているのか」と驚いたことがある。また、自分が参加したグローバルのマネジメント会議では、何十枚というスライドの途中で突然説明を止めさせて、5ページ前にスライドを戻させ、数字のつじつまが合わないと指摘をするマネジメントがいた。
最初は「この人たちは超人的な能力を持っている特別な存在だ」と思っていたが、後に「決して特別な記憶力を持っているわけではなく、どこに意識を向けているかの違いだ」と気づいた。優秀なマネジメントは例外なく、ただ漫然と数字を見るのではなく、「何を見るか」を強く意識している。そうすればデータを見た瞬間、異常値がパッと浮かび上がって見えるのだ。
自身の例を挙げると、マネジメントになりたての頃は、進行中の商談に関してはどの商談に変化があったかをすぐに把握できた。商談のフェーズに注目しながら、毎日毎日、常に商談のリストを眺めていたからだ。変化が起きた時にすぐに営業に質問をすると、「何百件も商談があるのに、なぜすぐにわかったのだろう」とよく驚かれた。特別なことは何もやっておらず、単に商談のフェーズに意識を置き、毎日見続けていただけだ。
ところがパイプラインに関しては、先週までいくつ作成していて、今週いくらまで積み上がったということを当月翌月までは把握していても、3か月6か月先のパイプラインが先週いくらだったかなどはまったく記憶になかった。先を見越してパイプラインを作らなければと営業に言いながら、目先の商談ばかりに意識が行っていたのだ。
絶対値ではなくトレンドを重視
第1営業部は受注率30%、第2営業部は受注率20%という数字を見て、第2営業部のほうに問題があると考えてしまう人がいる。しかし、担当するテリトリーが違えば、市場の成熟度、顧客、競合などの環境が変わる。また外部要因だけではなく、内部要因もある。第1営業部の営業はコンサバで、確度が上がるまで商談を作成しない傾向にあり、第2営業部の営業は少しでも可能性を感じると、どんどん商談を作成していたとすれば、単に分母の基準が違うだけなのかもしれない。
英語で「apple-to-apple」という言葉で表現されるが、同じ条件で比較しなければ意味がない。指標を見る時は、瞬間を切り取ったスナップショットではなく、トレンドを見ることを意識したほうがよい。当たり前のようだが、これができていない企業は多い。たとえば、第2営業部の受注率が昨年まではコンスタントに30%だったのが、今年20%に落ちたとしたら何か新たな課題が発生した可能性が高い。逆に昨年からずっと20%前後であれば、新たな課題というより構造的な問題があるのか、もしくは、そもそも第1営業部と比べて基準自体に違いがあるのかといった観点から分析していくことになる。
単一ではなく複数の指標を見る
あらゆる指標は、「件数」と「金額」を2つ並べて分析したほうがよい。「受注率」がそのわかりやすい例だが、件数ベースでの受注率が30%の営業が2人、20%の営業が1人いたとする。これだけでは誰が優秀か、どんな特徴を持っているかの想像もできない。ここに、金額ベースの受注率も加えてみると大きな差があることがわかるだろう。
上の表を見てほしい。この情報から推察されるのは、営業Aは金額の大きな商談を失注していることになるので、高度な提案力や価値訴求、周りを巻き込む力などに課題があるかもしれない。逆に、営業Cは大きな商談を受注しているが、件数では落としているものが多いので、取れそうな商談に集中するあまり、他をきちんとフォローできていない可能性がある。テリトリーを絞って、大型案件に集中してもらうほうがよいかもしれない。この中で、営業Bは非常にバランスが取れていると考えられる。
もちろんこれは想像であり、理由はまったく違うことも考えられるが、単一指標ではなく複数の指標を組み合わせることで何が起きているか想像しやすくなり、マネジメントとして何に対応するべきかの的が絞りやすくなることは理解してもらえるだろう。
別の例を紹介する。上の表を見て皆さんであれば、どの営業が優秀だと考えるだろうか。昨年の売上目標の1億円に達しているのは3名。しかし、受注率だけ見れば、営業Dと営業Eが高いレベルにある。また受注率だけではなく、新規顧客からの契約と既存顧客からの契約の比率に大きな差があることもわかる。ここから以下の点を検討すべきだろう。
- 営業のテリトリーアサインにばらつきが大きいのではないか
- 営業Dは受注率が高いが、ほとんどの売上を既存顧客から上げており、今期も同じ期待をするのは難しいのではないか
- 営業Dの新規に限った受注率は何%なのか。適正レベルにあるか
- 営業Eにより広いテリトリーを与えて商談数を増やすと大きく業績が向上するのではないか。テリトリーに問題がないとすれば、案件発掘のスキルに課題があるのではないか。他の営業と比べて商談作成の基準は同じなのか
数字と主観
よく「見える化」「可視化」という言葉が使われるが、数字を計測することと実態を理解することは、まったく別の次元の話だ。
数字には、「主観が入り得ない数字」と「主観が入る数字」の2種類が存在する。前者は、ウェブサイトのトラフィック、広告に費やしたマーケティング予算、営業の人数、受注件数、売上などが挙げられる。後者に該当するのは、インサイドセールスが営業にパスしたアポイントの数、商談件数、パイプラインの金額などである。
インサイドセールスが営業にパスする内容は、人によってばらつきが出る。BANT条件をすべて確認できているものもあれば、「ヒアリングしたんですが、訪問した時に説明すると言われているのでまずは訪問してください。アポは取れました」というものもある。
しかし、いずれも同じ1件としてカウントされる。商談件数も、営業ごとに何をもって商談とみなすかはいくら基準を決めても主観が入ることは避けられない。パイプラインの金額も、受注金額は動かしようがないが、商談進行中はコンサバに見る人もいれば、着地の数字より常に大きめに入力する人もいる。人間が関与する限り、すべてを標準化して同じ基準にすることは不可能である。
コラム:SaaS業界の「常識」を疑え
表面的な理解の危うさ
私が長年仕事をしてきたB2BのSaaS業界のビジネスモデルについては近年研究が盛んで、書籍やブログ、セミナーなどで情報はあふれている。しかしそれらを見ていると、表面的なことしか理解されていないのではないかと感じることがある。
「SaaSモデルでは利益は出さなくてもトップラインの成長率が大事」
「アメリカではACV(年間契約金額)がいくらだと、このくらいのリテンションレートというベンチマークがありますよね。うちの会社はそれを参考にして同じ数字を目標にしています」
「SaaSのビジネスを立ち上げたので、カスタマーサクセス部門を設立しました」
「これから事業を拡大していくので、インサイドセールスとセールスイネイブルメントの人員を拡大していく予定です」
どれも決して間違っているわけではないが、こうした要素は自社の事業内容によって変わる。「利益よりトップライン(売上高)のほうが大事だ」という考え方ひとつとってもそうだ。利用者が一定期間契約をして料金を支払うサブスクリプションモデルの場合、最低でも1年間、場合によっては複数年の契約を結ぶことも珍しくない。一方、P/Lに売上を計上できるタイミングはサービスの利用月なので、確定しているがP/Lに計上されない売上が存在する。その点ではP/L上の見た目の利益より、はるかに健全な経営と言える。
SaaSモデルのメリットとして言われているように、使ってもらえばもらうほどLTV(顧客生涯価値)が高まるのであれば、スケールメリットが働いて利益はどんどん増えるはずだ。実際、サブスクリプションモデルのメリットは、このような図で説明されることが多い。
しかし、主要なSaaSの上場企業の決算を調べてみれば、利益に関してこのような推移を見せる企業はほとんどないことがわかるだろう。トップラインの成長が鈍化してきたら、蛇口を締めるようにコストを抑えればいいという人がいるが、事はそんなに単純ではない。獲得してきた顧客を支えるために採用した社員にかかる人件費やサービス運用のコストは簡単に削れるものではないからだ。
TAM(Total Addressable Market)が大きい場合は、当面の採算を度外視してマーケットシェアの獲得を優先し、競合を排除した後にアップセル/クロスセルで一顧客あたりからの単価を上げていく方法が考えられるが、「SaaSモデルだからトップライン重視でいい」という考え方は危険だ。
意味のないKPIの見方
また、従来のPER(株価収益率)やPSR(株価売上高倍率)だけでは評価が難しいSaaS企業の価値を測るベンチマークとして「40%ルール(売上成長率+利益率が40%以上を目安とする)」が知られているが、そうしたルールと言われるものは、あくまでも「過去の企業を分析するとこんな傾向があります」という目安にすぎない。それを鵜呑みにせず、企業がどの成長ステージにいるのか。ターゲット市場はどこか。競合がひしめいているのか、独占なのか。成長余地はどこにあるかまで分析する必要がある。
ACVとリテンションレートの関係や、ASP(平均商談金額)との相関などの統計を持ち出して適正かどうかを判断しようとする人もいるが、SaaSというカテゴリでまとめてもほとんど意味がない。たとえば、大手企業をターゲットにしているベンダーのASPが1000万の場合と、大手企業も中堅企業もカバーしている企業のASPが1000万の場合では意味が違ってくる。
SFAやMAのように活用するのに一定の労力がかかり、会社によって活用の仕方が大きく変わる場合には「活用ができていない。効果が出ていない」ということが起きやすく、リテンションレートは低くなりやすい。一方、会計や人事、経費精算などの業務用システムの場合、一度導入したらわざわざリプレースしようと考えることは少ない。
市場はSaaSをどう見ているか
それでも多くの企業が過度にトップライン重視で経営しているのは、市場やアナリストがSaaSモデルの企業については、利益ではなく売上の対前年成長率を最も重要なベンチマークにしていることが大きいからだと思う。
適正な利益水準を目指すよりも、とにかくアグレッシブにトップラインの成長を維持することが株価の向上につながる。特にアメリカのIT企業は日本企業とは比較にならない報酬をストックオプションで支給するので、会社や経営幹部をはじめとする社員に大きなメリットがあるし採用にもプラスに働く。株価が上昇を描いているうちは。
しかし、売上の対前年成長率があるパーセンテージを切ると、市場は「その業界カテゴリは成熟してきた」とみなし、その瞬間から利益率を厳しく見るようになる。しかし健全な経営をしていなければ、いきなり蛇口を締めるように利益を絞り出すことはできない。こうなるとあらゆることが急速な逆回転を起こして、坂道を転がり落ちるように転落する企業が出てくるはずだ。