一部のiOSユーザーに過剰配信される広告の謎
ニールセン デジタルの宮本氏によると、クッキーレスの影響は既に出ているようだ。
デジタル広告の計測サービス「デジタル広告視聴率(DAR)」を提供する同社では、ある媒体におけるインプレッションの推移をOS別に分析。すると、2017年3月にはほぼ半々であったiOSとAndroidの比率が少しずつiOSに偏り始め、2021年9月は8割以上がiOSを占めるに至った。OS自体のシェアは変わらず「iOS:Android=50:50(ニールセン調べ)」であるにも関わらず、なぜこのような配信の偏りが生じるのか。
宮本氏は事態の背景にクッキーレスの影響を指摘。iOSユーザーはサードパーティクッキーによるトラッキングを拒否できるため「トラッキング拒否」を有効にしているデバイスではクッキーが常にリフレッシュされる。クッキーがリフレッシュされたデバイスは、広告配信側に新しいデバイスと見なされることから「ターゲティングできていない一部のiOSユーザーに対し、広告が過剰に配信されている」というのだ。
「ここまでインプレッションが偏ると知らずに広告の配信やプランニングを続けていては、広告効果に大きな影響が出てしまうのではないか」と宮本氏。実際ニールセンには「ターゲット層の含有率が下がっているのはなぜなのか」というクライアントからの問い合わせが多く寄せられているそうだ。
マーケターの意識と広告の現状に生じるギャップ
変化しているのはデバイスだけではない。「Nielsen Digital Consumer Database 2021」から得られたインサイトによると、インターネット利用者2,838名のうち「直近1年で何回も表示される広告が増えた/興味のない広告が表示される機会が増えた」と感じる人は44%だったという。また「自分に興味がある商品であっても広告が何回も表示されると嫌いになることがある」と回答した人が半数を占めたことにも触れ、宮本氏は「広告が過剰に配信されていると感じる消費者は多い」と述べる。
広告配信の偏りや消費者の嫌悪感を示すデータからわかることは、マーケティング担当者の意識と現実とのギャップだ。Google Chromeにおけるサードパーティクッキーのサポート終了が2023年後半まで延期されたことから「『対策はまだ大丈夫』という意識を持っている関係者は多い」と宮本氏。しかし現実を見ると、クッキーレスの影響は既に出ているといえる。
それもそのはず、クッキーレスは2017年3月にSafariのITP(Intelligent Tracking Prevention)1.0がリリースされて以来、少しずつ始まっていた動きだ。調査会社のFlurryによると、既にクッキーが使えないブラウザは3割を超えており、モバイルを含めると4割以上のデバイスのブラウザがクッキーレスになっているという。
またアプリに関しては、日本のスマートフォンのシェアを半分も占めるAppleデバイスのうち、9割近くでユーザーがトラッキングを拒否しているというデータも存在する。
花王とパナソニック コネクトが考えるクッキーレス対応
宮本氏はクッキーレスにより広告主が直面している課題として「リーチ」と「フリークエンシー」の2つを列挙。オンターゲット率が低下する、あるいはリーチが広がらないという課題に加え、当て過ぎ──つまり過剰フリークエンシーの課題を指摘する。
広告主として自社のマーケティングを率いるパナソニック コネクトの山口氏と花王の板橋氏は、クッキーレスの影響をどのように受け止めているのだろうか。山口氏は「何が起こっているのかという“ファクト”を正確に把握しなければ」と述べる。
日本アドバタイザーズ協会でデジタルメディア委員長を務める立場でもある山口氏。宮本氏が指摘したフリークエンシー課題について「我々事業主は、広告を介して適切な対象へメッセージを伝えたいのに、広告という手段そのものがユーザーに嫌われると、広告業界全体が発展しない」と危機感を示す。
一方の板橋氏は、2020年にGoogleがChromeでのクッキー廃止計画を発表した際「状況を整理した」と振り返る。当時は「そんなに大きな影響はなさそうだ」と社内に伝えていたものの、その後情報を収集するうちに影響が予想以上の大きさであることを認識。2021年は関係者とともに、フリークエンシー課題などの影響と代替手法について議論したそうだ。
一次メディアの強化とデータの着眼点が鍵
クッキーレスが進んだ後の対策や方向性について、山口氏は「ファーストパーティデータが重要になる」とした上で、次のように考えを説明する。
「デジタルマーケティングの利点は、ターゲティングができることにありました。ターゲティングを可能にしていたクッキーが使えなくなると、具体的に何ができるのかを考えた時、コンテンツでユーザーとつながっている一次メディアとの連携強化も必要だと思います」(山口氏)
山口氏の言葉を受け、宮本氏は「優良な一次メディア・専門メディアはたくさんあるが、広告主がメディア選定やプランニングをしようとした時にそれらのメディアが見える化できていると、打ち手を明確に選べるはず」とコメント。板橋氏はデジタル広告の関連ツールが次々と出てきていることに触れた上で、自身の考えを次のように示す。
「ツールを通じてデータをたくさん得られるからこそ『何を見るのか』を最初に決めておく必要があるのではないでしょうか。この20年でテクノロジーが進化し、データの収集・可視化の動きが加熱気味だったように思います。クッキーレスは、広告主が自社の振る舞いを見直す好機と捉えています」(板橋氏)
広告が嫌われないために何をすべきか
板橋氏が所属する花王では、クッキーレスの対応策としてコンテクスチュアルターゲティングを試しているところだという。3回ほど試した結果「思っていたより偏ったところに配信されるため、そんなに効率が良いものではない」という所感を抱いたものの「やりようはある」と前向きに語る。
宮本氏はクッキーレスに代わる手法として、ファーストパーティクッキーやコンテクスチュアルターゲティングのほかにも「ユニバーサルID」「ブラウザフィンガープリント」などを紹介。代替手法を検討する重要性を語るとともに、さらに重要なこととして「広告が嫌われないように努める姿勢が、企業に改めて求められている」と根本的な課題も提示する。
山口氏が参加する日本アドバタイザーズ協会では、2019年に「デジタル広告の課題に対するアドバタイザー宣言」を発表。その8項目目に「ユーザーエクスペリエンスの向上」を掲げている。
「テクノロジーの進化は正と負どちらの影響もあります。負の影響をできるだけ取り除き、広告主・代理店・メディアが一丸となって健全な業界にしていかなければなりません。そのためには現状を知り、専門知識を身につけた上で対策を考えることが重要だと考えています」(山口氏)
「人」ベースの広告効果測定を可能にするIDシステム
クッキーレスへ対応するにあたり、広告主はAndroidとiOSの割合をはじめ、ユーザーが実際に使用しているトランザクションの割合などまで考慮しなければならず、その作業は複雑を極める。メディアとデバイスの掛け合わせによって、広告接触は今後さらに複雑化するという予想の下、ニールセンは「ニールセンIDシステム」をグローバルでローンチした。
同システムでは、ニールセンが持つデジタル広告視聴率(DAR)の計測技術と、非デジタル識別子を含む外部データを融合。媒体社、プラットフォーマー、データパートナーとの連携により、日本国内1億2,000万以上のデバイス情報を活用した「人」ベースの広告効果測定を可能にする。日本でも2022年4月よりデジタル広告視聴率(DAR)での計測が強化された。
「クッキーや広告IDといったデジタル上の識別子ではなく、人にフォーカスすることでリーチとフリークエンシーの課題を解決できる」と宮本氏。プラットフォーマーやウォールドガーデンを横断したキャンペーン計測が可能なことから、同システムを「視聴者の顔が見える指標」と表現する。
「クッキーレスをはじめ、デジタル広告をとりまく環境はこれから先どんどん変化していくでしょう。当社では変化に対応しながら、質の高い計測サービスを引き続き提供していきたいと考えています」(宮本氏)
【ガイド】広告主にとって鍵となる5つの質問への回答
広告主の疑問にニールセンがお答えします。本ガイドでは、リーチと広告効果について広告主が知っておくべきことを丁寧に解説しています。是非ご一読ください。