“顧客ファースト”になっていない体験とは
CS Technologiesは、企業のデジタルコミュニティ活用の支援を手掛ける企業だ。独自のフレームワークでマーケティングやカスタマーサクセスの戦略を提案するコンサルティングに加えて、自社のデジタルコミュニティを簡単に作成できるSaaS「CSエリート」を提供している。
田中氏は冒頭、「その体験、顧客ファーストで考えられていますか?」と問いかけた。そして、同社のクライアントが過去に実施し、顧客評価が低かった施策を3つ紹介した。
まずは「ECの全会員にGPSプッシュ通知で来店を促進」。これは店舗の近くを通りかかった会員にプッシュ通知でクーポンを配布する施策で、店舗の来店率やECとの相互送客率の向上を狙ったものだ。しかし、来店率の増加には寄与せず、クレームだけが増えてしまった。
2つ目は「様々な部署から一人のユーザーに毎日届く大量のシナリオメール」。各部署がそれぞれKPIの最大化を目指すあまり、一人のユーザーに毎日大量のメールを送っていた。顧客からは不評で、全体のメール開封率は低下した。
3つ目が「1時間に1回の無料ガチャ機能」だ。スマホゲームのアプリを提供する企業が、翌日起動率や再ログイン率を高めるために高頻度でユーザーに特典を提供。ある顧客は「寝る間も惜しんでガチャを引いていたが、生活リズムを崩してやめてしまった」と言う。初月の継続率は向上したが、2ヵ月目以降は低下。全体の継続率も下がってしまった。
田中氏はこれらの共通点として、「顧客の状況やそれに応じたニーズを捉えておらず、企業側の都合のみで設計されている」と指摘。同社ではこのような事象を「デジタル化の誤作動」と呼ぶ。
「デジタルツールを導入することで、様々な体験の提供や施策の実施ができるようになりました。しかし、誤った使い方をすると顧客からの信頼を失い、いずれ淘汰されてしまいます」(田中氏)
デジタル時代の競合優位性とは
そうならないために、時代背景を正しく捉えた適切なデジタル活用が必要になる。田中氏が最初に挙げたポイントが「デジタル時代の競合優位性」だ。
これまで企業はリアルでの顧客体験(UX)を中心に構築し、その付加価値としてデジタルの活用を推進してきた。しかし、昨今その主従関係が逆転。デジタルがリアルを包含し、リアルの接点でも常にデジタルの活用が可能になっている。
また、プロダクトライフサイクル(製品の寿命)もどんどん短縮化。商品やサービスがどれだけ優れていても、模倣されたり、顧客ニーズの変化で飽きられたりする。
このことから田中氏は「事業や商品・サービスは競合優位になり得ない」と指摘する。では何が競合優位性となるのか。それは「データ」と「UX」だ。この2つは模倣されにくい。
私たちは日々の生活の中で、状況やニーズに応じて、最適で質の高いUXを提供するサービスを選ぶ。そのため、企業同士が「UX競争」を行うことで、人々の生活や社会がアップデートされていく。顧客は、企業が提供する体験が快適である限り使い続けるのだ。
「企業はタッチポイントから得られるデータをもとに顧客の状況を正しく捉え、適切な人に適切なタイミングで最適なコンテンツを提供し、より良い体験を提供し続けるのが責務です」(田中氏)
ここまでの話について田中氏は、「デジタル化の目的は、単なる自動化やデータ取得ではなく、『取得したデータのUXへの還元』と捉えることができる」とまとめた。
優れたUX作りに必要な3つのプロセスとは?
田中氏によると、優れたUXとは「顧客の状況を適切に捉え、不幸せな状況を幸せな状況に変容させる体験」だ。それを作るプロセスは3つに分解できる。
最初のステップは「顧客状況の把握」だ。顧客の属性データだけでなく、状況データ(時系列に並んだ行動データと心理データ)を分析し、ターゲットとする“状況”を決定する。
ここで重要な状況データとは何か。これまで多くの企業は属性データを様々な手法で分析してペルソナを作り、地域、年齢、職業などの属性に応じたターゲティングを実施してきた。一方、人はビジネスの場、家族といるとき、友達に会うときなど、状況に応じて求める体験が変わる。
そのため、状況を視野に入れたターゲティングをすれば、解像度が高まる。たとえば「30代主婦・子持ち+買い物」「40代男性+通勤途中」というように、「買い物」や「通勤途中」などの属性に状況をプラスした市場定義が効果的だ。
2つ目のステップは「UXの企画」。ターゲットとなる“状況”において、ペインポイント(顧客の悩み)をゲインポイント(利得)に変容させる、あるいは改善する体験を決定する。その大きな方向性は2つ。顧客の心を動かす「Emotional」と、不便からの解放につながる「Frictionless」だ。
体験を決定したら、最後のステップ「UX施策の実行」となる。外部環境や自社都合による制約を考慮してUX改善施策とその実行方法を検討し、実行する。
同社が支援したチェーン系喫茶店の事例では、顧客のロイヤルカスタマー化という課題に対して、公式アプリの利用率が低いことや、顧客調査で抽出した弱みを不調要因として特定。具体的な1to1の施策を提案した。
「ペインポイントに対しての代表的な顧客状況と体験(解決策)のセットが“方程式”。この方程式をいくつ作っていけるかが今後のデジタル時代ではとても重要です」(田中氏)
実行後は、効果検証のために1つ目のプロセスに戻り、繰り返し状況把握、企画、実行と進めていく。
UX作りで企業が直面する3つの難題
しかし、このプロセスを進める際、多くの企業がステップ1の状況把握において複数の問題にぶち当たる。
顧客の状況把握には2つの前提条件が必要になる。まず、データ量を担保するための高頻度な接触だ。状況を正確に把握するためには一定のサンプル数が必要。「タッチポイントの数×各タッチポイントの利用頻度」が少ないとデータ量を担保できない。
次に、データの質を担保するためのID統合。タッチポイントには、ハイタッチ(リアルの1対1のコミュニケーション、コールセンターなど)、ロータッチ(リアルの1対nのコミュニケーション、店舗など)、デジタルタッチ(デジタルで量産可能なタッチポイント、ECやWebなど)がある。これらを1つのIDで時系列に並べて統合する。
田中氏は「IDデータが統合されていても、時系列で見られなければまったく意味がない。状況は前後の行動に起因して変わるからだ」と話す。
この2つの前提条件をクリアした後、2つ目の問題として挙がるのがGAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)の存在だ。WebやSNS、広告、メールなど、高頻度でデータを取得できるデジタルタッチポイントの多くは、外資プラットフォーマーが独占しており、多くの企業は状況データを獲得しにくい状況にある。そのため、十分な状況データが得られず、満足いく効果検証が難しくなっている。
3つ目の問題は、顧客の本音を聞き出すタッチポイントが少なくて状況が把握できない、あるいは分析に多くの時間を要することだ。本音がわかるデータが少ないと、属性データによるシーケンス分析、カスタマーサポートの分析、NPSスコアの参照といった工程が必要になる。
「以前は弊社もこういった分析手法を駆使しており、工数がかかっていました。また、売上やログイン率などの間接的なデータで仮説検証をしていましたが、顧客に直接聞いたわけではないので本当にそうだったかはわかりません。このように、属性データだけで分析して結論を出すのは『妄想分析』に過ぎないのです」(田中氏)
顧客接点を網羅する「コミュニティタッチ」
こういった問題をすべて解決する新たなタッチポイントとして、田中氏が提案するのが「コミュニティタッチ」だ。
コミュニティタッチは、1つのデジタルコミュニティを中心に、ハイタッチ、ロータッチ、デジタルタッチのすべての要素を詰め込んだタッチポイント。機能例として、チャットによるカスタマーサポート(ハイタッチ)、リアルイベントへの送客やオンラインイベント開催(ロータッチ)、メディアや掲示板、アプリ、EC連携(デジタルタッチ)などがある。
その中心となるデジタルコミュニティは、「クローズドなSNS」「メディア」「テクノロジー」の3つの機能を含む。コミュニティの中で、顧客同士の交流や企業からのコンテンツ提供のほか、データ取得・統合やポイントプログラム、会話のテキストマイニングなどが可能になる。それが顧客理解、相互コミュニケーション、顧客ニーズに応えるコンテンツ提供につながる。
「デジタルコミュニティを顧客と企業の中心に置いて、コミュニケーションのハブにする。そして、コミュニティ内での活動や会話のデータをフィードバックし、新商品開発やプロモーションに反映させるエコシステムの構築を目指しています」(田中氏)
デジタルコミュニティの“型”
デジタルコミュニティの活用方針は4つある。1つ目は事業として、サブスク制のファンクラブや情報メディアを運営し、収益を上げること。2つ目はセールスの領域で、取引先との関係構築や見込み顧客の育成を目的としたコミュニティ活用。3つ目がマーケティングとカスタマーサクセスの領域で、アップセル・クロスセル、継続率の向上などを目的としたコミュニティ活用。最後の4つ目は、社内のエンゲージメントを高めるための社内交流コミュニティだ。
同社の事業としてのデジタルコミュニティ運営には、プロゴルファーの片岡尚之選手のファンクラブ事例がある。顧客データ分析によってファンのタイプを6タイプに分類。それぞれのタイプに応じたコンテンツを提供している。
他の3つの活用方針では、目的や課題に応じて一定の型を用意しており、それを基本にカスタマイズしていく。たとえば、マーケティングとカスタマーサクセスの領域で、エンゲージメントを目的としたコミュニティの型には「サポートコミュニティ型」と「レビュー・共創型」がある。
前者の一例が、AWSのユーザーコミュニティ。サービスの理解促進、情報共有などの施策を用意する。後者にはコメダ珈琲店のファンコミュニティがある。顧客と一緒に新しいフードサービスを開発する施策などを実施している。
最後に田中氏は「アメリカで生まれたデジタルコミュニティという概念は、日本だとアメリカより早く浸透している。“Nice to have”から“Must have”へとニーズが変化しています」と強調。認知度の高まりや導入企業の増加に期待感を示した。
コミュニティやカスタマーサクセスに課題を感じている方におすすめ!
コミュニティマーケティング成功のポイントや、ロイヤルユーザー増加による売上アップ方法など、様々なコンテンツをご用意しています!詳しくは特設ページをご確認ください!