※本記事は、2023年11月刊行の『MarkeZine』(雑誌)95号に掲載したものです
「Teslaはスパコンの会社である」
見出しは筆者のTeslaに対する自説であり、Teslaをクルマの会社ではなく、スーパーコンピューター(以下、スパコン)の会社とたとえるものだ。その背景には、次のような(既に起こりつつある)近い未来が見えている。
“クルマは「命に関わる重たいデータ」のエッジ(末端)デバイスであり、走行中の周辺情報はクラウドのスパコンによって即時に高速解析・強化され、ユーザーに共有される。クルマというデバイスを通して、ユーザーはあたかもVRゴーグルを被ったようなデータ環境の中で、「1人称(ワタシ)」として過ごす。移動空間は高度に安全で快適に過ごせる情報空間になり、社会で共有されるデータ・インフラとなる”
Starlinkの通信衛星パイプを経由し、ナノ秒単位の即時データがTeslaデバイスからスパコン(呼称は道場)に蓄積され、これが鍛え上げられていく。もはやここに他社は追いつけない。Teslaによる新ウォールド・ガーデンが構築されつつある。
もちろん、トヨタや日産・ホンダ、Ford・GM・Mercedes、さらにApple(Apple Car Play)やGoogle(Android Auto)も車を「デバイス」と捉えたサービスを提供しており、競争は高まっている。自動運転レベル2(ハンズオフ)の搭載車など、サービスは増える一方だ。Amazonも自動車産業のIoTに特化したクラウドサービス「Fleet Wise」を提供している。
これらのサービスはセンサー(例:レーダー、LiDAR)や地図データ(例:Googleマップ)が起点であるのに対し、Teslaが特異なのは「クルマの目(高解像度のライブカメラ)」の即時データを解析・積み上げることで事業モデルを構築している点である。センサーによる単純な「近い・遠い・どこ」などの“軽い”データとは違い、ライブ映像のデータならば「前を走っている車の運転の仕方はアブナイ」など、命に関わる“重い”判断もできる。この目(=カメラ)からの大容量映像データこそが、「安全・快適を作る新コンテンツ」のビジネスだ。
これまでオンライン映像コンテンツ(完パケ番組)においては、ユーザーの行動データは第三者側(SNS事業者やNetflix側)に帰属していた。その分、ユーザーはSNSを無料で、Netflixは月額790円程度の軽い課金で利用できている。第三者が蓄積できる程度の容量で、データの価値も軽いからとも言える。
ところが、Teslaデバイスが集積する「生命の安全に紐づく刻々と蓄積される重たいデータ」は、「ワタシ」のためのデータだ。今後は「家賃」や「電気・水道」のように基礎的なインフラ(蛇口をひねって出てこないと困る価値)と同等に、クルマデバイスからのライブデータの価値が急上昇する可能性もある。車がEVや自動運転になるとは、クルマデバイスを起点に「重たいデータ」が爆発的に増え“コンテンツ”に順次変換されることを意味する。